何か不満があるというのでは無いのです。
人生を天気に喩えるならたぶん今は春の穏やかな陽気にも似た
晴れた秋の日というところでしょう。
吹き付ける風はさほど冷たくもなく
日差しはおだやかで、回りの木々も花も親しげにその梢をよせてくる。
それなのにその緑の作る柔らかい影が何故か自分を憂鬱にさせるのです。

 

ミセスメランコリー3


 
関係ない
関係ない
関係ない

言うたびに心が痛む。

でも関係ない
関係ない
関係ない

そう何度でも繰り返す。

「まぁ、カミューさんのお友達なんですね」
「はい!」
ふわりとした警戒心のない笑顔にマイクロトフは逃げ出したい気持ちをなだめながらびしっと返事をする。

いったい何でなにがどうして…

燦々と降り注ぐ柔らかい秋の日差しの下。
綺麗に刈り込まれた芝の上には白いテーブルに白いレースのテーブルクロス。
その上にはやはり白磁のティーセット3つに手作りのクッキーや焼き菓子、完璧なアフタヌーンティの光景がそこにはあった。

何で、どうしてこんなことに。

なんで不法侵入者。見付かれば即騎士団除隊…までは行かなくても逮捕謹慎降格だってありえたこの状況で、自分はこんな場違いなところでお茶なんか頂いているんだろう。
目の前には自分用のカップ、そしてその向こうには柔らかい笑顔の女性と
…少し苦笑いの…でも楽しそうにしているカミュー。
まるで最初から用意されていたような、そんな錯覚にすら陥るほど自然な空気。
マイクロトフが少しばかり混乱するのは無理もなかった。

理解できないことばかり。
 
 
 
 
 

「マイクロトフ…」

意を決して隠れていた木からおりたった時見たのは、カミューと…そして予想通り綺麗な…綺麗な金の髪をした柔らかい雰囲気の女性…。
どこかで見覚えのある…。

「なんで…おまえがここに」

危険かも知れない侵入者から女主人…恋人を守るつもりでさきに近づいてきたのだろう。
木から降り立った人の姿を見て、珍しく言葉もないくらいに驚いているカミューを見て、まずマイクロトフは少しいい気分にすらなった。
気まずいことはもうどうしようもなかったが、まぁ珍しいものが見られた感じだ。
しかし隣にいる女性を見たとたんにそんなわずかないたずらっ子のような気持ちはふっとんでマイクロトフは硬直した。
この人が…カミューの恋人?
…でも…この人は…。

二人は、しかしかける言葉を見つけられないで立ちすくんだ。
そんな二人の硬直した空気を破ったのはそばにいた女性の緊張感の欠片もない呼びかけだった。

「どなた?」

はっと我に返った」マイクロトフは必至で言葉を探す。

ああ、何か言わなきゃ。
挨拶…でも
初めまして…でも…じゃない
はじめじゃない!

マイクロトフにはこの女性ははっきりと見覚えがあった。

「カミューさん?カミューさんのお友達なの?」

「あ、はい…あ、えと」
「まぁ、そうならお客様ね。ちょうどよかったわ。これからちょうどお茶にする所なの。ご一緒にいかが?」
かすかな風にすらふわりと流れる柔らかい長い髪をゆらして女性は親しげに笑いかけた。
「あ、…えと、え?え?…俺は…」
どうしろというのだろう。
はっきり言ってマイクロトフとしてはここから前全開ダッシュで逃げ出したかったが、もちろんそういうわけにはいかない。
目の前にカミューがいる。
大体今逃げたってどうせ騎士団に帰ればカミューにあうに決まっているし、まさか騎士団から脱走するわけにもいかない。
でも、引くに引けず、推すに押せず…、本気で一瞬騎士団脱走を頭に思い描くくらいマイクロトフは混乱していた。

「………来たんだからよばれてけよ」
そして呆然としていたはずのカミューが驚いたことにぶっきらぼうにそういって…マイクロトフは急遽お茶に呼ばれることになってしまった。
 
 
 

紅茶は最高級のロイヤルティングレン。カミューの一番好きな紅茶。

柔らかい金の髪を風にふくらませて、小柄な女性は思いもかけないお客様に、ただ純粋に嬉しそうにお茶を勧める。
 

「あ、クッキーはいかがですか?先ほど焼けたばかりですのよ」
「は…はいっ頂きます!」
「マイクロトフさん、お茶のおかわりはいかが?」
「はい!」

焼き菓子は完璧。
甘過ぎもせず、さっぱりとした一つはジンジャーのクッキー。カミューの好み。
優しく美人の女主人。
20代まだ前半か…後半でもとっかかりといったところだろう。年上になるが明るく善良で控えめな雰囲気がいい。

これがカミューの恋人。
 

「ふふ、本当にマイクロトフさんは真面目な感じの方ね。カミューさん本当にあなたのお友達なの?」

「そうですよ。こうみえて一番の友達なんですから。見えませんか?」

「そうねぇ。全然見えないわ。本当にこんな真面目でしっかりした雰囲気の方が…」

「おや?それを聞くと私が真面目でしっかりしていないように聞こえますが?」

楽しそうに、親しげに会話を交わす二人。
本当に仲が良さそうだ。似合いの一対といっても過言ではない。
カミューもマイクロトフという邪魔が入ったにしてはとても楽しそうに…いや本当に楽しげに浮かれてすら見える。
 

カミューが隠してまで大事にしようと思った人。
 

そうだろう…確かに隠しておかなければならない。
 

だってこの人は…
 

「ミセス・ロスターシュ、あ…あの」
「なぁに?」
「あの…俺はここにいていいのでしょうか…」

だって自分は招かれざる客だし、不法侵入だしなによりも…目の前の二人は…

「気にしなくてもいいのよ。お客様がたくさんいらっしゃるのは嬉しいわ。それが夫の部下ならなおさら…ね」

「ミセス…」

そうなのだ。目の前の女性はミセス・ロスターシュ。赤騎士団第3部隊ロスターシュ隊長の奥方なのだ。
カミュー自体は第一部隊所属で直接は関係ないが、色々目をかけてくれて人で、ロスターシュ隊長の第3部隊はただいま長期の国境警備にでていて後半年は帰らない。
見間違えようもない。
だって自分は結婚式に呼ばれたんだから。
しかもほんの3ヶ月ほど前に。
若く美しいよくできた鼻と目だと評判で…回りからもうらやまれ、本人も惚気まくっていた…そういう人。
その人が今目の前に…。

だからマイクロトフは逃げたかった。
自分の置かれた状況の所在なさよりもなによりも目の前の現実から。
…やっぱりこれは…
 

不倫…
 

カミューが…

とりあえずこのたった2文字の単語がでてくるのにたっぷり紅茶一杯分の時間を費やし、
出てきたら出てきたで今度はその単語が頭の仲をぐるぐる渦巻いてはっきりいって落ち着いてお茶を楽しむという気持ちには到底なれない。
いくら何でもこれは止めなければならないのではないのだろうか。
というか止めたい。体を張っても止めるべきだと思う。
しかしそれを考えると…脳裏によみがえるのはあの言葉…。
 

『お前には関係ない…』
 

しかしこれは人として…
 

『確かに私のしている遊びというのはおまえからみれば問題があるのかもしれない。
でもね私には必要なことだ。』
 

でも上官の奥さんだ。
ばれたらどんなことになるのか。
どちらにも不幸な結果しかもたらさないのは目に見えている。
 
 

『それは双方ともに納得ずくのことだ.。
お互いが必要としていることに何も知らないそんなおまえに横から言われたくはない』
 

納得ずくならば…いやしかし…。
 

そもそもそういう問題ではないのだが…。
 
 

関係ないじゃないか。
関係ないじゃないか…
 

繰り返される言葉。
あまりに混乱しすぎて見事に表情に出さずに住んだマイクロトフはとりあえずポーカーフェイスを名乗ってもよいほどで。

本当に、あんな茶番に乗らなければよかった。
こんな状況に追い込まれるくらいならあのまま木の上で夜明かしした方が何十倍も心が楽だった。
いくら何でもこれは無い。
冷静だって納得ずくだって赦される事じゃない気がするのは、自分が子供だからだろうか?
 

関係ない
関係ない
関係ない
 

「ところで、どうしてマイクロトフはここに来たの?」

「あ、ああ、えっとカミューが最近休みごとに誰にも行き先を告げずに消えるのは…その…
カミューにホンメイができたからだって噂が立ってて…」
嘘をついてもしょうがない気がしたのでとりあえずかいつまんで喋る。
「それが気になったマイクロトフは今日俺をここまで追いかけてきたわけね」
一瞬怒られるかとマイクロトフはひやりと首をすくめたが、カミューはその台詞を怒るでもなく楽しげに
「やられたなぁ、全部まいたつまりだったんだけどな」
と笑う。

「あ、あのへん…は、俺の…子供の頃の遊び場で…」

「なるほどね…」

何でカミューが笑っていられるのかマイクロトフには分からない。

「で、どう?」

「どうって…」

「つけてみてその結果…」

「結果って…」

マイクロトフは必至で頭の言葉を探しながら、関係ない関係ないと心の中で呟やく。
そうでしかこの状況をのりきれそうにない。
でないと怒鳴ってつかみかかってしまいそうな気もする。
とにかく自分はこの理解できない状況から目をそらしたいのだ。
それなのに。

「どう?俺の恋人。美人だろう?」

なんて言うもんだからつい怒鳴ってしまう。
 

「カミュー!!おまえやっぱり!!」

なんてことなんてことなんてことを!
 

やっぱり駄目だ。
こんな現実を目の前にして何も言わずにいることなんて出来はしない。
 

でもこれ以上言っては駄目。
またあの時の繰り返し。
これ以上言いつのってきっと無くすのは友人。
マイクロトフはそれ以上の言葉を呑み込むようにうつむいてぎゅっとつめを立てて手のひらを握りこんだ。
涙まで出てきそうになるのをぐっと堪える。
ナサケナイ…。
 

「…マイクロトフ…」
 

「なんだ!」
 

「もしかして本当にこの方が私の恋人だなんて思ってやしない?」
 

「…へ?」
 
 

 
関係ない
関係ない
関係ない

言うたびに心が痛む。

でも関係ない
関係ない
関係ない

そう何度でも繰り返す。

それは思いっきり目をつぶる行為に似ている。
大事な友人を失いたくないために今目の前のお前を見ないようにするだなんて…

でもそれがお前の望みなら…。


 
 

続 



 

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いらないことたくさんかいた感じ
あと?もうちょっと…