何か不満があるというのでは無いのです。
人生を天気に喩えるならたぶん今は春の穏やかな陽気にも似た
晴れた秋の日というところでしょう。
吹き付ける風はさほど冷たくもなく
日差しはおだやかで、回りの木々も花も親しげにその梢をよせてくる。
それなのにその緑の作る柔らかい影が何故か自分を憂鬱にさせるのです。
ミセスメランコリー2
自分は正しい。
でもただそれだけ…。
。
とりあえず茶番だった。
好奇心からか、仲間の話につい頷いてしまった次の瞬間、カミューの本命とやらを見るためにチームが組まれた。
方法はこっそり後をつける、という原始的かつオーソドックスな方法だった。
実行は次の週。その日もばかげて綺麗な秋晴れの日だった。
朝も早くから起き出して、数カ所に展開。
門を出たところからゆっくりと尾行開始。
数チーム合図を送りながら代わる代わる後を付け、あとは先を読み回り込む。
しかしあのカミューに何も気付かれないわけもなく…。
気がついたらカミューの後を付けているのはマイクロトフ1人だった。
要するにまかれてしまったのだ。
マイクロトフを除いて。
カミューは下町のある一角にはいると一気に走り出した。
そして入り組んだ路地を右に左に、まるで昔からそこに済んでいた可のように薄暗い路地を駆け抜ける。
後を付けていた少年達はそれに対処できなかった、マイクロトフ以外は。
マイクロトフがまかれずに済んだのは別にカミューの方に何らかの意図が働いたわけではない。
カミューはこのチームにマイクロトフがいることには気付かなかった。
マイクロトフが見付からなかったのはひとえにその裏路地の構造とマイクロトフ自身にあった。
ここはマイクロトフの遊び場だった場所。
もし、もう少し日が高ければ、ここに住む住人が、たとえばマイクロトフにいつもお菓子をくれたおばちゃんや、うるさく走り回る悪ガキどもを楽しげに怒鳴りつけていた爺さんがで通りにてきていて、マイクロトフに気付いて親しげに声の一つもかけただろう。
しかし、まだ人も少なく隠れるところも通りのつなぎも、マイクロトフを遮るモノなど一つもなく、ただその染みついた地形と感覚がマイクロトフを助けた。
マイクロトフはこれ以上ないほどうまく、そして細心の注意を払って建物の影を渡る。
彼にとっては目くらましにも近い通り道もマイクロトフにとっては近道をするにはうってつけの道であり、最後の方はただ1人だけカミューの先を読み、その道に沿ってあるくだけでよかった。
それでも走り抜けるカミューについていくために同じチームのみんなを振り落とすことにはなってしまったが…。
逆にカミューにとっては不幸なことに細く入り組んだ下町はマイクロトフをよく隠してくれた。
街を抜ける頃には全てまいたと思ったのだろう。
すっかり気を抜いて歩調ものんびりとしたものになり
すっかりマイクロトフに気付かないまま目的地に着いてしまったのだから。
そこは郊外の小さな屋敷だった。
古く、品のよい門と手入れ伸された庭木は深く、そしてここではあまり見ない花々がいい香りを放っていた。
ここの主人はガーデニングが趣味のようだ。
カミューは当たり前のようにその門からまっすぐ家に入り…
そこでやめておけばよかったのかも知れない。
場所は分かったのだからそこでとって返して仲間に報告をすればいい。
それが分かっていながらマイクロトフの背中を押したものは何だったのか、マイクロトフにも分からなかった。
だが、マイクロトフはまっすぐ、ほとんど躊躇わずに壁を越え、忍び込んだ。
たぶん不法侵入なんて物心ついてから初の快挙。
そしてマイクロトフは庭から少し中をうかがおうとして、その家の飼う番犬に見付かり庭の奥においこまれ…そして木の上でどこにも行けずに丸まるハメになったのだ。
浅はかすぎた。なにもかも。
どうしてこんなにムキになって追わなければばならなかったのだろう。
どうして何も考えもなしにこんな真似できたんだろう。
何のために?
。
「本当に関係ないじゃないか」
呟く言葉はもればっかり。
いうたびに心のどこかが痛むのに。
自分は正しい。
たぶんきっと間違えてはいない。
あたりまえで一般的で子供ですら知っているつまらない常識しか口に出来なくとも、
それだからこそ普遍的に間違いにはならないのだ。
でも…それだけ。
たぶんそれではすまされない事情というものが大人にはある。
自分が大人ではないと思いたくはないが
知らないことだらけなのも理解できないのも本当だから
きっと自分はまだまだ子供なのだ…。
カミューの言うとおり。
だから自分はあの言葉に何一つ言い返せなかったのだ…。
『おまえには…関係ない話だろ…?』
イタイ…。
そういわれたのは果たしてどれくらい前だったか;…。
『確かに私のしている遊びというのはおまえからみれば問題があるのかもしれない
でもね私には必要なことだ。』
何のこなしに注意した言葉に帰ってきたのはいっそ嘲笑とも呼べる表情と拒絶の言葉だった。
お前には分からないだろうけどね。そんな上から見下げるようなそんな態度。
『しかし、騎士として夜遊びなど…しかも相手が…』
『あのね…俺が夜出かけていくからって、複数の女性とつきあっているからって業務に支障を出したことってあるかい?そんなことはないよね。ものによってはおまえより成績はいいよ。
書類だって次の日に残したことはない。騎士の業務にもなんらし問題はないし。
それに複数の女性とのつきあいだが、それは双方ともに納得ずくのことだ.。
お互いが必要としていることに何も知らないそんなおまえに横から言われたくはない』
腹が立った。
でも、ぐぅの音もでなかった。
つまらない噂。現実に目にする色とりどりの女性。
道徳的にみて、騎士としてのそれとしてはどうだろうと思って言った。
悪気があったわけではなかったが確かに口うるさかったかもしれない。
なまじっか憧れずに入られないほどあざやかでできる奴だったからくだらない傷なんかつけて欲しくないだけだった。
しかし完全な拒絶。
自分の言った言葉は相手の心には何も届かなかった。
相手に分かってもらえない。
あたりまえだ、相手のことなど自分は理解できていないのだから。
『…そうだな、関係ない…』
返す言葉などあろうはずもない。
だってマイクロトフはカミューの言った必要性なんて全く理解できなかったし、
彼がそれでほかに迷惑をかけたことなど確かに髪の先ほどもないのだから。
『…マイク?』
『うるさくしてすまなかった…』
ならばリスクも何もか本人が納得してやっていることならばそれでいいということにする…しかない。
関係ないというのもそれがカミューとその相手の婦人との問題だということなのだろうから…。
『もう、2度とうるさくしないから許して欲しい…』
『………』
だから頭を下げてちゃんとわびて引き下がった。
『ただおまえはもうすこし早く寝た方がいいと思う』
この一言を付け加えてだが…。
それなのに…
「関係ないじゃないか…」
こんな茶番にはつきあいたくはなかった。
だれとカミューがつきあおうと彼がと相手が納得しているなら何も言うことはない。
そりゃぁ、人妻だったりしたら問題だろうけれども…。
体を小さく丸めるようにしてマイクロトフは嘆息した。
つきあいたくない、プライバシーに立ち入るのは失礼だ。
それなのに結局ここにいるのはマイクロトフ自身のせいだ。
断ればよかったし、かえれば良かった。
そのチャンスはいくらでもあったのになぜか自分はここにいる…。
だってあの時から…。
「…ふぅ」
金色の小花が降り注ぐ木陰で幾度目ともつかないため息をつく。
「ここで見付かりでもしたら、もう最悪だろうな」
こんな勝手なことをして
カミューの一番嫌いなプライバシーにかかわるようなことを。
もう口もきいてくれないかも知れない。
ただでさえ、あのときからなんとなく二人の間はぎくしゃくしているのに…。
それはマイクロトフのせいじゃない、たぶんカミューのせいだったと思う。
マイクロトフは元々こだわらない性格なので謝って引き下がった段階で納得して吹っ切った。
というか吹っ切ることに決めた。無理矢理でも。
釈然としないところもあったがプライバシーという奴だから、立ち入るなと言われればそれまでである。
一抹の寂しさはあってももともとまだ理解できない世界のことだ。
不埒な友人が先を走っていて入れない世界があるという、そういう寂しさだろうと、そのうち
ちゃんと理解して酒でも酌み交わしながら笑い話にできるだろうとそう笑ってすますことにした。
多少心配になるのはたぶん自分勝手な感情で、心配するのは他人に頼まれてするわけでもないから、今更どうしようもない。
それを押しつけずにただ彼が手助けを必要としているときに、すぐに駆けつけられるように心構えをしておこう。
そう妙な誓いをしてマイクロトフはちゃんとそうしたのだ。
言いたい言葉なんて全部の見込んで、無視して。
元々人の距離感をはかるのが苦手なマイクロトフでもこの件に関してはそう難しいことではなかった。
どういう話になったら席を外せばいいのだ。
何かあってもカミューの部屋には夜には行かない。
カミューが女性と一緒にいる時には近づかない。
女性がそばにきたら席を譲る。
それ以外はいつも通り。
一緒に食事もするし、稽古もする(したがるのはほぼマイクロトフの方だが)。
二人でお茶もすればたわいない話もたくさんした。
それなのにカミューの態度がどこかおかしくなった。
あのとき以来、マイクロトフはカミュー以外にもそういう話にはなるべく関わらないようにしてきた。
噂も耳に入れないようにしたし、プライベートなカミューにもあまり関与しないようにした。
というより、プライベートにおいて会いに行こうと心がけなければ、あまり顔を見ることもない程度の距離は赤騎士と青騎士の間にはあった。
実際しばらくの間耳に入ってくる噂は華やかでろくなものでなく、そんな話をちゃんと聞いてしまえば、何か一言言わずにはいられなかっただろうひどく荒れたものだった。
だけれどもマイクロトフは何もしないように勤めた。
関係ない関係ないと自分に何度も言い聞かせてカミューにあったときも何も言わなかった。
いつも通りの会話、それだけ。
いっそ誉められてもいい潔い態度だと思う。
それなのにカミューからの視線はあの時からきつい。
それでもマイクロトフは耐えてそしてなにもいわなかった。
それほどマイクロトフはカミューのことを大事にしたかったのだ。
それなのに…。
そのうちそんな話はぴたっと止まった。
マイクロトフが話に乗らないのでだれも聞かせなくなっただけだろうと思っていたら、どうもこの話からすると本当におとなしくしているらしい。
しかもそれが今度の本命とやらのためであるなら…
「いいことじゃないか…かまわないでいてやればいいのに…」
だれも大事に隠しておきたいものを暴かれたくはないだろうし自分もそんなに無神経になりたくない。
もうあんな風にいわれたくないのだ…
『お前には関係ない』
空を仰ぐ。
木々の隙間からのぞく空は青く日の光はやさしい。
地面に作る木の、花もぼんやりとかすんで大地にほどよい影を投げかける。
風もすこしひんやりやさしく、どこか暖かい。
絶好の訓練日和だ。カミュー流なら昼寝日和でもいい。
それでも悪くないともえる日。
マイクロトフは木陰からそっと庭の様子をうかがう。
きれいに刈り込まれた芝の庭にはまだ大きな犬が2匹うろうろしている。
どうやらまだでるわけには行かないようだ。
「ここで見つかったら言い訳のしようがないもんな…」
不法侵入か泥棒か…どちらにしろ騎士団にいられなくなりそうな不祥事クラスだ。
しかも恥ずかしすぎるその罪状にマイクロトフは必死で知恵を絞るが、いいわけなんてそれこそかすっかすのスポンジのごとく水一滴でてこない。
「この家にカミューが入っていったのは確かなんだが…」
一瞬カミューの顔もうかんだが即考え直した。
関わられるのをいやがっていたカミュー、立ち入らないと約束したマイクロトフ。
それなのにこんなところで目を合わせればせっかくぎくしゃくしているとはいえ、どうにかうまくやっている関係にひびを入れることになる。
嫌われたくはない…と思う。
それでなくとも最近のカミューは特に態度がつっけんどんで…
そのくせなにかにつけて睨み付けてくるのだ。
まるで何かもの言いたげな風にすらとれるそんな目で…。
ワンワン!
ぼうっと考え事にふけっていたマイクロトフはとうとう侵入者を突き止めたらしい優秀な番犬の吠え声に体をすくませる。
気付けば犬は木の根本にいて…もう逃げ場が無い。
「…あ、…まずい」
「アンリ?ティディー?何を騒いでいるの?」
綺麗な女性の声。
一瞬全身をこわばらせたマイクロトフは
次の瞬間には覚悟を決めて…というかそれ以外選択肢はなかったが…身体を丸めていた木の枝から顔を出した。
続
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