何か不満があるというのでは無いのです。
人生を天気に喩えるならたぶん今は春の穏やかな陽気にも似た
晴れた秋の日というところでしょう。
吹き付ける風はさほど冷たくもなく
日差しはおだやかで、回りの木々も花も親しげにその梢をよせてくる。
それなのにその緑の作る柔らかい影が何故か自分を憂鬱にさせるのです。

 

ミセスメランコリー







 君は正しい。

たぶん、いつだって正しい。
 
 
 

「ふぅ」
マイクロトフは手足を思いっきり縮めて膝を抱えるように丸くなりうんと小さくなって
やっと一息ついたようにおおきく息を吐いた。
窮屈この上ない体制だが図らずも不法侵入者となってしまった自分に他の体制はとりようもない。
せめてこの緊張した空気だけでもと息を潜めて深呼吸しても
庭一杯に広がる金色の花の強い芳香が肺の中にたまって
ゆっくりと気分を押しつぶしていく。
香りがきつすぎる。包まれていると言うより取り囲まれているようで
吐く息も自ずと潜めたものになる。

「なんで…」

人心地ついて辺りを見回す。
そこそこの広さの庭にはきれいに刈り込まれた芝。
高い塀沿いにはきれいな花壇が作られており、あまりみたこともないものから
見慣れたものまで色とりどりの花を咲かせている。
ここの主人はガーデニングが趣味なのだろう。
それほど派手ではないものの、一目見て、まぁまぁの家柄とわかる。
「花…踏んでなければよいが」
 花壇の一番奥、小さめの木々が植えてあるその木の枝の上、緑に隠れるように
もう一度身を縮めて辺りをうかがう。
さっきマイクロトフを追った犬は相変わらずきれいに刈り込まれた芝生の回りをうろうろしていて
侵入者の追跡をあきらめていないらしい。
自分のいる木の回りはそこそこの高さの花木に囲まれていて
いい加減辟易するような強い芳香を放っているが
この一面の花が強い犬の鼻を押さえていてくれているのかもしれない。
しかし…;外へ抜けるにはこの木から花壇、芝生の庭にとにかくでるしかなく、
これでは犬たちに見付からずに、こっそりでていくこともできやしない。
 

「本当にどうして俺がこんなことを…」

 
 関係ないのに…
本当に自分には何の関係のないことなのに…
空をみれば抜けんばかりの青空でマイクロトフのこころは沈む一方だ。

空は青く、風はさほど冷たくもなく、木々はまだ緑の葉を多く残す。
気持ちのよい日。
「何でこんな日に…」
 関係のない男を追って見知らぬ家で不法侵入者になっていなければいけないのか。
全く自分はあの男がいつも言うように単純でばかで救いが炊く考えなしなのかもしれない。
否定はできなくても言い方ぐらいは選べと言いかえしたが
自分のその物言いは、要するに単純でバカで救いようがないことを自分でも認めているということで、
今度ばかりはその性格がほとほといやになる。
 
 

君は正しい。

いつだって前しか見えない自分より遙かに正しく物事をとらえていて。

だから今度もたぶん正しい。

道徳の教科書の中身を反芻するしかできないような自分より。

ずっと世界を知っている君の方が正しい。
 
 

きちんと言われなければわからない頭だから
きつい言葉の方が逃げもなく向き合っているようで正解かもしれない。
だからカミューはきちんと言ってくれた、と思う。
自嘲がため息の形になってこの濃い空気をわずかばかり揺らす。
そんなわずかな動きにすらおびえて周囲を伺う自分の居場所は当然ここには欠片もなく。
「本当に何をやっているんだろうなぁ…」
 吐く言葉が同じ物になりがちなのは事態がさっきから何一つかわっていないからだろう。
建設的な思考は全く働かない。
出来ることは事態が変わることを待つだけなんて自分でもよくこうわかりやすくどつぼにはまれたものだと感心する。
 
 
 

 本当に今日晴れたいい日だった。
部屋のものを虫干ししようと思った。
その後自主訓練。
訓練にはいい日だ。
その後遠乗りなんかどうだろう。
本を持ち出してテラスで勉強もたまにはいい。
せっかくの晴れの日の休み。
こんな日は外でできることは何をやっても楽しいに違いない。
そう思っていた朝は実に順風満帆だった。
せっかくだから午後からカミューも誘おう。
最近ちょっと一緒にいることが少なくなって、まぁそれは仕方のないことなのだろうが
だから久しぶりに一緒にいられるならもっと楽しいに違いない。
午後ならばさすがにカミューも起きているだろう。
カミューのことだから大した用事も作らずにのんびりと昼食兼朝食をとっているだろう。
約束をしたわけではない。
だからいないならいないで仕方がないけれども昨日彼は遅かったみたいだからたぶんいる。
そう楽しくも浮かれたような気持ちで昼の食堂に足を向けたのだ。

 誘ってだめなら自分一人で遠乗りに、それも悪くない。
でもできれば一緒に、
一緒ならばなんでもいい。
遠乗りでも本でもお茶でもなにもしないのでも。
本当に最近一緒にいる時間が減ったから。
 

それはカミューの事情で自分には関係ないことで。
 

 ぽんと飛び込むみたいにマイクロトフは食堂にはいる。
しかしそこにはカミューの姿はなかった。
そのかわりではないが何人かの顔見知り、
カミューと仲のよい騎士がたむろってカミューのうわさ話をしていた。
「あ、マイクロトフ」
その中の一人がマイクロトフに気がついて手を挙げて挨拶をしてきた。
「いい天気だな、ライアン。すまんがカミューをみなかったか?」
「カミューなら朝早く出かけたぜ」
「そうか、ありがとう」
ちょっとがっかり。
「ちょうどそのカミューの話をしていたところだ、ちょっとこいや」
ちょいちょいと内緒話をするときのような仕草。
「なんだ?」
どうせ暇なので、呼ばれて近づくとイスを勧めてくれる。
礼を言いそこにゆっくりと腰を下ろす。

「マイクロトフなら知っていないか?カミューの本命」
「ほんめい?」
 いきなり切り出された話に言葉の意味が分からず首を傾げる。
「カミューの恋人」
「たしか何人もいたと思ったが…」
「そういうんじゃないよ、だから本命」
最近そうでもないとはいえそばにいる時間は他の人に比べれば格段に多いので
彼の回りにいる女性の影などなんどもみかけたが、
「わるい、わからん。」
どうも毎回違う人間だったような覚えがある。
なんどか同じ顔も見かけたかもしれないがこう、本命といわれるとこれといった顔がでてこない。
「ほらー、ちがうって、だって親友のマイクロトフが知らないんだぜ」
隣にいたライゼルという騎士がライアンにつっこみを入れる。
本命だったら親友ぐらいにはいうだろう?
そういう目の前の友人にマイクロトフはあわてて首を横に振る。
「すまん、あいつとはそういう話はしないんだ」
「まぁなー、マイクロトフの方にそういう話が全くないんじゃな」
斜め右の友人が肩をすくめる。
「いや、でもさ、いままでけっこう女の陰って奴があったろう?」
ライアンが勢い込んでいえば、マイクロトフは正直にうなずくしかない。
なんだかんだいっても彼の回りは女の子の噂で満ちていた。
目をそらしても耳に入り、耳を塞いでも気配に感じるほどだ。
それが最近ぴったりとそういう話を聞かなくなった。
それはマイクロトフが避けているというだけでなく…。

「だろ?でも奴はこっそり出かけたり、いつの間にかいなかったりするんだぜ」
 絶対に人には見せたくない大事な人が出来たんだ。
そう力説する友人は悪い奴ではないのだが。
「でもなぁ、それだけじゃ」
「それにたまに香ってくる香りも同じ香りなんだぜ、それに他の女が出てこないってことは
今までの女と手を切ったとか整理したということだろう?
まさしく本命が出来たんだと思うな」
「でもそれならばマイクロトフにぐらい、いわないか?」
「あ、まだ本決まりじゃないのかもな」
「そうそう、落としている最中とか」
「それならばまだ言わないよなぁ」

延々と続く憶測とうわさ話はたわいもないもので
しかも珍しい物ではないがカミューの話だというだけで
マイクロトフを辟易させた。

関係jないじゃないか。
誰にも…俺にも…。

『お前には関係ない話だろう…?』

たしかに最近女の噂は聞かない。
カミューがそれで何か困っているならいざ知らず
何も言わない隠してすらいるものを勘ぐったところでたぶん誰も得なんかしない。
カミューがいやな顔をするだけだ。
あの時のように…。

「マイクロトフ、お前本当にその辺の話はきいていないか?」
「わるいがまったく本当に全然何にも聞かされていないんだ」
「いままでただの遊びだってマイクロトフに隠し立てなんかしなかったのにな」
絶対に煩く咎められるのを分かっていて…そう面白そうに笑われる。
そんなにいわれるほど口うるさかったのだろうか?
思い返せばそうかもしれない。
「そりゃぁね。なんたって酒を飲む楽しみの半分は禁酒法を破ることだし
遊びに行く楽しみの一つは門限破りだもんな」
おもわず俺は禁酒法で門限かと机に懐きたくなったが回りはそんなマイクロトフの様子にお構いなしで。
口々にカミューのことを尋ねてくる。
いい加減にしてくれとマイクロトフは思う。
関係ないじゃないか。
本当に関係ないことなのだ。
いらいらするほどに…。

『誰に迷惑をかけたわけで無し、これはお前には全然関係ない話なんだよ?』

分かっている。
だから何も聞かない、なにも目に入れない。
気にもしない近寄らない。
そうしているじゃないか。
それなのに。

「じゃぁさ、じゃぁさ!マイクロトフはカミューの本命って見てみたくないか?」

見たくなんかないと即座に突っぱねればよかったのかもしれない。
しかしそれはたぶん全くの嘘で。
思わず一瞬否とも応ともいえずに固まってしまう自分が
ばからしかった。
 
 

 

君は正しい。
あこがれと共にその名を呼べるほどたぶん正しい。
でもどんなに正しくても
言って欲しくなんかなかった…。

だけれどもそれだけで耳を塞ぐことは出来ずに…。


 

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