境界線

〜5.FACET of INNER〜


     
 

 たき火が勢い良く岩だなの中央で燃える。
炎は視界という感覚を取り戻させると同時に他の感覚を闇の向こうに沈める気がする。
いくらあかりを灯そうと真実は闇の中。
五感どの感覚を使ったところで本当のことなんて浮かび上がりはしないのかもしれない。
でも嘘と虚偽だけは何らかの形を取るのだ…
 
 

真実を隠すために。
自分を欺くために…。
 

   ◇  ◇  ◇
 

 ぱちぱちとはじける音を間に挟んで初めて少し落ち着いた気持ちで相手を眺める。
月色の長い髪に多分昔はもっと鮮やかだったろう青みががかった藤色の上着。
上品な装飾品。
がりがりにやせてつやの無い肌。
そしてやはり印象的なのは空色の目。
自分のたぶん一番好きだった色だ。
たき火の日を写して時折紫色がちらついて見えるのは気のせいだろうか?
もっとも色なんかどうでもいい。
印象的なのはその目に見える性質のような物。
それはあまりにも深くて透き通っておだやかに奇麗だ。
 

 目を見れば相手のことが分かる。
目は時折確かにその人の何かを形に取ることがあるのだと実感したこともあった。
今までの経験でものが言えるのならだ。
本能的とか、カンでいい人か悪い人か分かるというのは多分嘘ではないかと思う。
生まれつきや本能的なものなどで他人を図る術はないと思う。
すべては意識的無意識的な学習の産物だ。
普段からいかに周りの情報を身体で取り込み、そしてきちんと考え判断し蓄積しているかで全然違ってくる。
剣の一つもあわせてみれば相手の気質はなんとなく読める。
そんなことも剣に生き、それで人を測ることに慣れているからに過ぎない。
死闘の一つもすれば仲良いとは別の意味で通じる物はあるのだが、
今回の相手は戦っていた時は確かに正気ではなかったのだから判断材料にはならない。
でも…。

 

 悪い化け物にはぜんぜんみえねぇんだよなぁ…。
自分の培った経験とやらがこの人外に当てはめていい物ならばだが…。
 

 そう、奴は化け物なのだ…。
自分の村を遅い滅ぼしたものと同じ…。
自分の村を…過去を滅ぼしたものと…
そう思ったとたんに頭の奥がつきりと痛む。
「?」
 
 
 
 

「おまえネクロードってしってるか?」

 長い、長い沈黙の後、いきなり唐突に口を開いたのはやはり聞きたいことがあるほうだった。
話し掛けるについては、かなり悩んだ。
殺し合いをした相手にかける言葉など当然のようになく、
話題は見つからず、あいさつもいまさらで、話の口火を切ることもできずに
とにかく自分は戦う時よりも数倍真剣に悩んで悩んで
結局出てきた最初の言葉は問答無用の直球勝負だった。
聞かれたほうは少し驚いたように2、3度目をしばたかせ、そして少しだけ考えるようなそぶりをすると
あっさりと答える。

「…知っている」
薄気味悪いほどあっさりと答えてくれたので拍子抜け。
でも助かるといえば助かる。
嘘か本当かは分からない。
それを今問うことはしない。
殺す相手に真実とか本当の答えを求めるのは意味が無い。
それを決めるのは自分なのだ。
断片でもすべての情報を集めてその後にだ。

「どこにいるか分かるか?」
「しらん」
「……」
「知っているといっても、本当に存在を知っていると言うだけだ。
今奴がどこで何をしているかなどまったくしらん、聞いても無駄だ」
「どんな奴だ?」
「ふむ…面識があったわけではないからよくはしらんが…狡猾で自分勝手な男だったらしいな…」
「…奴とどういう接点が?」
「同じ村の出だ…」
「同じ村?」
「何故そんなことを聞く………」
「……探している…」
「………」

これ以上はしゃべる気にならないらしく化け物は遠くを眺めて沈黙する。
仕方が無いので次の言葉を捜して…でもそれがやはり聞けるようなこととは思えないことばかりと気付いて
頭を抱えてしまう。
相手の弱点を探り出そうという最終目的で話をすることが
土台無理だといえば無理なのだが。
つくつもりもないため息が出てしまう。
命がけの戦闘している方が本当に楽だったかも…。
小枝を折って日の中にくべながら相手の様子をうかがう。
むこうもこちらをじっと見ている…。
さて、向こうはこっちをどう見たか…。
相手の出方をうかがって見るが、相手はもう何も言う気が無いのかだまったまま視線を投げかける。
何かいいたげにも見えるのだが…

悲しそうで深い。
どこまでいっても底の見えないような…。
深い…深い何か…。
そう思ったところでハッとして、目をそらす。
 

 戦った相手…それがただの化け物や敵という名の生き物でないことは
自分が一番知っているはずだった。
しかし今は向かい合いたくない…それが本音。
いや一度ちゃんと話したいと思ったはずの相手なのに…。
でも対等ではない…自分の方に不利だ…。
この様な体勢になってもそれは多分変わらない。
 

 現実の危機、力関係、そして性質。
非常にアンバランスで取れる行動がすべて何かにそぐわず
判断するはずの理性がどこかできしみを訴えているようだ。
無言でこちらに投げかけられる視線にこちらも何かをつかむように見返す。
どこかで見覚えのある目だ。
何かを思い出させるような…ずっとずっと昔に見たことがあるような。
 

化け物と炎を挟んでお見合いたぁ、非常に薄気味悪く間抜けなんだが…。
 

「つ…!」
 そう思ったとたんに頭の墨がまたきりっと痛む。
一瞬膨れ上がって消え失せるなにか。
「なんだ…?」
 思考を阻害されている…?
とっさにあたりを見渡しても何も変化はない。
目の前の化け物も相変わらず…。
 
 

「聞きたいことがある」
 いくつも息を吸って呼吸を整える。
平静に…この言葉を今夜は何度繰り返しただろうか?
いくつめかの枝を折り火に放り込んだ所でおもむろに口を開く。
「さっきから…ずいぶんと直接的だな」
 吸血鬼はすこし目を丸くして面白そうに言葉を続ける。
「大分悩んでいたようだが?」
「しかたがないだろう。こういうなぁ、俺ぁ苦手なんでね」
 やっぱり小細工は通用しないかとなげやりに吐き捨てて相手の出方をうかがう。
確かに自分は先ほどから無関心を装ってずいぶん悩んでいたのだ。
この吸血鬼からできる限りの情報を引き出したい。
ならば駆け引きをするしかないのだが、自分はこのような情報戦は酷く苦手である。
裏街道や裏の手段などはいくらも知っていたが実際に自分が使えるのはたかがしれていることは
自覚していた。
笑ってごまかすのならともかくこういう繊細な腹芸の類は得意ではない。
それに駆け引きというからにはこちらから提示できるカードが必要だ。
しかしそのカードはほとんどないに等しく、ましてやプラフがあのように通用しないとなると
もう体当たりしかない。
「言えるものだけでいい…、どうなんだ?」
 何でもいい、とっかかりがほしかった。
実際それほどに情報は少なかった。
「答えられるものだけで良ければ…」
「礼をいう…」
「で、何を聞きたい?
ああ、その前に…構えをとくなとは言わないがもう少し左足に負担のかからない体勢にした方がいい
膝から下にちゃんと血が通っていないぞ」
感覚がなくなっていたので気付かなかった。
あわてて左足に手をあてて、相手の言葉の正しさを確認する。
このままだと足の一部が腐ったであろう現実に溜息をついて右足で身体を支える体勢に組み替える。
利き足が逆なので動きづらい。
組み替えると下敷きにしていた左足に血が流れる感覚がはっきりと伝わってくる。
「よし」
 なぜか化け物はそれを見ているかのように笑う。

 何がうれしいんだか…。

 まるで自分のことを心配してくれているかのような言動に少なからず混乱している自分を自覚する。
そして自分も相手のことが心配になっている。
相変わらず気配すら感じない存在だが口をきく時だけ苦しそうにする。
何度もせき込む。
しゃべるために呼吸をするのがつらいのだろうか…。
入らぬ心配とはこのことか…そんな自分に気付き苦笑する。
自分はどうせこいつを殺す。
あっさり殺させてくれるかどうかは別にして、俺はこいつを殺すだろう。
遅いか早いかの違いだけだ。
いま何かしらの情を通わせるのは自分のためにはならないだろう。
何があっても殺すのだ…。

やつは吸血鬼なんだから。
俺は殺す…。
殺す…

「な…に…?いつっ…!」
 いきなり沸き上がる瞼の裏を赤く焼くような思考。
自分でもはっきりと分かる膨れ上がる殺気に自分で驚いて頭を振って打ち消す。
ぱしんと自分の中ではじけるような火花のような思考。
「ぐ…」
 正気を一瞬で吹き飛ばすかと思える信じられない感覚に愕然とする。
なんだ…これは…。
明らかに自分の中からわき起こるもの。
はっきりと自覚できる自分自身の声。

 憎い…

あれは、…焼いたもの
奪ったもの…
すべて…すべて…。

 何が?何を?
自問してみてもその感情は何も答えてはこない。
確かに自分は吸血鬼が憎い。
憎くないわけがない…しかし。

殺す…
殺せ…
許さない!!

「お…い!」
冗談じゃないと思う。
まだやるべき事は済んでいないのにそんなマネは出来ない…。
分かり切ったことに理性も判断力もたいして必要ではないはずなのに。
全てのそれらを総動員する。
 

悪い奴には見えない…

奴を前にしてたしかに自分はそう思った。
無条件で信じたがっている自分がいる。
何故?
そちらのほうが自分にとって有利だから?という希望的思考?
あいてがそう思わせようとしているのか?
それとも奴の目を見た印象を、あの時たしかにそう思った印象を信じたがっているだけ?
自分の自信を失いたくないため?
どこかで膨れ上がる思考。

しかし、腹の奥底を焼く殺気。
これも本当。
呼びかけているのは自分で自分。
阻害されているのは何?
何か見落としたピースがあるような気がしてもう一度相手の顔を確認するように眺める。
しかし彼は相変わらずおだやかなまま、あるがままにそこにいて…

理性と感情じゃない。
感情と感情。相反するせめぎ合う同じもの。
 

殺す…
だめだ!
殺したい…
まだだ!
許せない…
何を!

何がおきているか分からないまま凶悪とも思える自分の思考と
全面的に対決する。
いや、分からないからこそ屈する気にはならなかった。
理由無き殺意に身を任せられるほど自分は愚かではないと思いたかっただけかもしれない。

いや、理由ならあるじゃないか。
村を襲い、子供をそのキバにかけようとした。
生かしておけばまた同じ事を繰り返すだろう。
今なら殺せる。
何も相手がしてこないうちに…

 
  その言葉に頭の中で理解できることが一つはじける。
 

 違う…
違う違う違う!!
この殺意の根元はそんなものじゃない!
そんなもっともらしい理由じゃない。
そんな理由も分からない殺意には従わない。
たとえ後で殺すことが決まったことだとしても従えない!
 

 そこまで考えて思考がスパークした。
酷い耳鳴りがして、一瞬にして息苦しいほどの殺意が消え失せる。
いや、無くなってはいない…自分自身のものだ無くなりはしないだろうが
あの全てを覆い尽くすかと思うような圧力は無くなっていた。
「なんだったんだ…?」
ぐったりと後ろの大岩にもたれかかる。
いきなりわけのわからない…
いや、自分はあの殺意を知っている。
泣きわめき、剣を振り回し回りのものを壊し、殺し尽くさなければ収まらないような
あの衝動を…確かに知っている、そんな気がした。
 

でもどこで?
 

目の前の火を見る。
先ほどくべた枝の形がまだあるところからほとんど時間はたっていないようだ。
目の前に縛られた男もそのままで…
空色の瞳が炎の灯りに照らされてちらりと紫色に瞬いた。
 

どこかでことりと何かが落ちるような音がする気がした。
 
 

〜続〜

 
 
 
 
 




 
 
 

時間あけすぎ…(爆)
しかもわっけの分からないものを…。

熊を苛めるのがいかに難しいか(爆)
逆に言えばかなり不利な状況をかいても
大丈夫、突破できるような気がするので安心です(こら)
 

実際ビクトールは強いです。身体的頑健さとか剣の腕ではなく精神的に。
強いと言うよりしなやかさといった方がいいのでしょうか?
状況に負けて自分や他人を追い込まず心のどこかに
あそびのような物があってどんなときでも他のことや遠くのこととか
考えられる…そんな気がします。
さて、そんな熊さんですがここではがぼっと抜け落ちている欠片(ピース)があります。
そのこの人!フリックさんだなんて言わないように(笑)

(2000.9.9 リオりー)

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