境界線

〜3.臨界点〜


 

 絶望とは何?
希望を忘れること?
希望を持たないこと?
希望がなければ絶望もない。
だから境界線の向こうはきっと全然別のもの。
 

めまぐるしく走り抜ける閃光のビジョン。
考える隙は無いに等しく判断材料はあっと言う間に過去のものとなり果てる。
思考は麻痺し、感覚だけが虚しい先読みを始める。

行き着くこの線の向こうは生か死か…。
 
 
 
 

「あーと、札駄目、火薬と香油に火をつける…少しダメージ…火は少しは効くのかな?」
一体どれほどの時間戦っただろう。
血で血を洗うは本当になりつつあった。
ただし、予想通り自分のほうだけ…。
相手はほとんどダメージを受けていない。
受けてもすぐに回復してしまうのだからやっかい極まりない。
こっちは疲れが限界に近いが向こうは疲れた様子が無い。
持ち込んだ武器のほとんどは役に立たなかった。
 

「やれやれ…これで大分荷物を軽く出来るな…」
こんな状態でも軽口がたたけるのは生まれつきなのか、どこか人として抜け落ちてしまったからなのか…。

がっかりすることはない、持てる武器の全てがこの世界にある全ての武器ではない。
駄目なら次を探すだけのこと。
落ち込む時間は今の自分にとって命取りの後退。
「とはいえ結構労力も金もかかってるんだがな」
落ち込んでいるのなら落ち込んでいるで人間としては喜ばしいことかもしれない。
肺に溜まった血を吐き出して代りに薬を飲み込む。
薬も表面的に傷を治すだけなので処置を誤ると塞がった傷と内臓の間に血が溜まって
呼吸も満足に出来なくなる。
手足はそろそろ感覚を無くしかけている。

そろそろ引き時かもしれない…

「ばーっかやろっ、まだまだ戦えらぁ」

そう自分に向かってはき捨てても現実は変わらない。
限界はすぐそこにある。
研ぎ澄まされた思考は明らかに危険を告げている。
それでも引くことが出来ないのは…洞窟にいる子供の…。

「ちげーよっ!せっかく念願の化け物の端くれに会えたんだぜぇ!
まだまだやれるだろうが!おい!!」

甘い!甘すぎると反発する理性を叱咤するように傷を負った右足を平手ではたく。
骨まで激痛が走り思わずうめき声をあげてしまう。

痛むのは恐くない。
恐いのは痛まなくなること。
境界線の証が失われてそして人は死んでいくのだろうと思う。

大丈夫、まだやれる。
傷みで無理矢理集中力を引き戻し手早く頭の中で
わずかな勝機を探る。
できる…多分……

まだまだ人間らしいじゃないかという変な喜びと失望感がどこかでせめぎ合う。
人間らしい、はっ結構なことだが生きていての物種だろうが!
だいたいお前はやらなければならないことがあるのではないのか!?
人間止めてまでやらなければならない事ってなんだよ?
ここで子供を見捨てることで、人間でなくなる分わけではない…
どれもだぶん自分の声、でもどこまでが自分だけの声なのか…。

生きている自分の境界線…
それは限界点。

どれが希望でどれが絶望の声?
絶望の声を聞くのははやすぎはしないかい?
限界はどこまで?
 

その先は生か死か…。
照らす明かりは希望か絶望か…。
 

手持ちの武器を見る。
この相手に少しでも効果があったと思われる武器。
まずはこの手の中にある聖火の短剣。
他の剣と違い、切った時に相手が苦しそうにうめく。
もしかしたら消耗させられるのかもしれない。
あとは鎖。
ハンターだったといわれるベルモット家のもの。
先に分銅がついているから打撃用の武器だったのだろう。
これは確実にダメージを与えられている。
この鎖で削り落とした左肩は、いまだに溶けたようになってやけどのようにくすぶっている。
ただ悲しいかな自分はこの武器は使い方をほとんど知らない。
 

「あー鎖鎌か、南の国の鉄鎖術でも習っておけば良かったぜ…」
使いこなせない鎖に執着せずに、その鎖を牽制に使い短剣で相手の体力を少しずつ削り落としていく。
助かったのは相手の動きが大分読めるようになってきたことだ。
やはり正気ではないのだろう、体力と動きは獣を上回るが攻撃パターンが単調だ。
疲れて動きが鈍くなっているはずなのに相手の攻撃を受け難くなっている。
 

それに気のせいだろうか?

化け物の目の光が時折変わって見えるようになる。
正気を取り戻しているのか?
はじめはほんの一瞬…気絶したときから目を覚ましたような表情。
次第にちらちらとなにか正気と狂気とせめぎ合うような…。

正気と狂気の狭間。
言われるほどの境などありはしないのだが…。
 

「だったらありがてぇんだけどな…」
呟きながらも躊躇せずに次の攻撃にうつる。

「ああ、ちくしょう!でも今は関係ないか」
残念だけれども、いくら正気だと思ったところでそれを確認することは出来ない。
不確定要素に頼るだけの体力は今はない。
最後の硝石を投げつけそして最後の明松の火を放つ。
派手な爆発音にひるまずつっこんで大きく斬りつける。

続けざまに響く爆発音。吹き飛ばされる身体…
そして飛ばされる寸前の確かに骨を断ち切る音…。

ごとり…
嫌な音がして化け物の右腕が落ちる。
地面にころがり落ちた明松の最後の残り火に浮かび上がった肌はやはりゆっくりと直っていく…。
しかし落ちた右腕は再生する気配がない…。

「やった!もう再生する力はないか!?」
最後の明かりもかき消えて世界は真の闇に包まれる。
しかしもう、気配を隠すものはない。
化け物の気配も苦しんでいる。
動きが止まる。
もしかしたら勝てるかもしれない。

かいま見える勝利の光。

しかし次の瞬間化け物が起こした行動に一瞬にしてその光は消し飛んだ。
化け物はすごい勢いで洞窟の方に動き出したのだ。

血の気が引く。
洞窟には子供が何も知らずに眠っている。
ここで子供を奪われたら、力を与えてしまったら勝機など欠片もなくなる。
腕も傷も何もかも元通りになるだろう。
あわててその動きを止めるために飛び出す。
しかし立て続けに起こした爆破がいけなかったのだろうか
暗闇の中完全に体が覚えたと思った足下の地形だが、思わぬ落下物に阻まれて疲れ切った身体は無様に転倒をしてしまう。
化け物の方が洞窟に近い。

これで勝機は無くなる。

いや、勝機なんかどうでもいい。
なぜ自分はここに残ったか。
理性をねじ伏せ感覚を失いながらも最後の感情でしがみついたものは何だったのか…。
絶望が心を覆う。
守れなかった命が、顔が一瞬にして頭の中を駆けめぐる。
無くしてしまった全て。
それと一緒に消されてしまった自分。
 

「やめろ…」
 

思わず出る言葉。最後に出来るたった一つの言葉。
地面に倒れ伏したまま力無きもののように、目に見えぬ何かにすがりつくように…。
 

「誰だかしらねぇが、それだけはやめろぉ!!!」
闇をつんざく、感情を置き去りにしてきたと思った自分の心だけの絶叫。
自分が喰われるのだってかまわない。

その何も知らない命だけは…
 

ずっとずっと死んだと思っていた感情。
殺し殺し続けてきた痛み。

「やめてくれぇぇぇぇぇ!!!」

その声が響いた瞬間…化け物の動きがぴたりと止まる。
まさしく最後のチャンスだった。
その理由を考えている隙も、問いただしている暇も無かった。
ころがりでてきた一瞬のチャンスに、無我夢中で手に持った鎖を相手にからめ取るように投げつけ動きを奪う。
力任せに鎖を引き相手を地面に倒し、その勢いで飛び起きる。
「これで最後だ!!!」
とびかかりのしかかって最後の力を込めて相手の心臓に向けて短剣を突き立てた。
 

全ての動きが止まった…。
 

「………も、うごけねぇ…」
10を数えてようやく息をつく。
相手はぴくりとも動かなくなった。
心臓に突き立てた短剣を握りしめたまま震える声を隠さずに呟く。
手は硬直していて短剣から手がなかなか離せない。
全身は痛みと出血のため石のように固り呼吸もままならない。
それでもカンと本能、経験だけで戦っていた一瞬前よりも、思考はだいぶ戻ってきた。
痛む身体をそれでも何とか動かして動かない体を大きな岩に動かないようにきっちり固定し直す。

最後の最後でなぜこの化け物は動きを止めたのか…
暗闇の中極限の戦いでそれを知る術は失われてしまったようで
それだけが惜しいと思える余裕が思考には戻り始めていた。

でも身体が無くならない。
吸血鬼は死ぬと身体が灰になって溶けるように消えると聞いた。
それが本当かは知らないが本当ならこの身体は死んでいない。
動き出すのか出さないのか。
鎖を固定し直す手が今になって震える。
 
 

かいま見える希望と絶望…。
今見えているのはどちらの背中か…。
どちらか一つを、選び取ることが奇跡だったとしても。
 

「俺の…勝ちだよな…」

呟いた言葉の響きからは、とてもそんな雰囲気は感じられなかったけれども…。
 
 
 

〜続〜



 
 
 
 
 

まだ戦っているのか〜(ため息)。
後一回などと思っていたのですが後二回ぐらいかな(たいして変わりません)。
はやくけりをつけて騎士に戻りたい(大笑)。
まるまる2回にわたって戦うハメになるとは自分でも思いませんでした。

おかげで続きはほとんど別の話です(苦笑)。
それよりもベルモンドだの鎖だのヴァンピロビッチだのいいますと
あれですね…悪魔城ドラキュラ(笑)
永遠の名作ゲームを引っぱり出さないように…(苦笑)

(2000.5.6 リオりー)

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