境界線

〜1.存在〜


 
 

 波の音がする…。
霞んだ白いきりの向こうからかすかに、それでいて強く…。
その霧のせいで世界はなんとなく白く霞んでいる夜も昼もない世界。
自分はいく当ても無くその波の音に沿うように歩いている…らしい。
遠くなり近くなる波の音。
その音に混じって何かが聞こえるのは気のせいだろうか…。
 

 
浅い眠りから覚めて、目を開ければそこは漆黒の夜空…。
「………」
夢から覚めてほっと一息をつく。
行き場がないなんて現実だけで十分だ。
墨を流したような明かりのない真っ暗な世界に、目を開けることが恐かった時期はいつまでだっただろうか…。
闇の中だと自分の身体がどこまでであるかわからなくなる。
とけ込んで無くなってしまうような恐怖。
今は目を覚まさずにいることの方が恐い。
眠っているうちに過ぎ去る時が恐い。
目を閉じていても瞼の裏の暗闇はなくならず、時は手の内に残らずすべてが手後れになるだけだ。
自分の確かめ方は簡単。
身体のどこかに傷の一つもつけてみればいい。
痛むところが自分の身体。
そこまでが自分の領分。
よっ、と伸びをすると据わりの悪い岩場に寝ていたためか背中が少々痛む。
疲れは感じないが少々筋肉がこわばっているようだ。
それをゆっくりと揉みほぐしながら油断無く辺りを伺う。
危険な気配は感じられない。
眠りが浅いのはもういつものことだが、いつもより浅い眠りに苦笑を禁じ得ない。
 

やはり少しは緊張してるって事かな?
 

無理も無い、故郷を出て5年…がむしゃらに捜し歩いて得た初めての手がかり。
実際にこの5年というもの夢の中の白い霧やこの暗闇の中を歩いているのと
ほとんど変わらない状況だった。
手がかりはなくいくあてすらも決められない方向すら分からないような旅。
それらしい話はほとんどなく、世界はそれなりに平和で戦争をしているところはそれなりに混乱している。
平和な場所、争いの場所、次から次へと居場所を変えては情報を漁り
めぼしいものがなければ即、次の場所に移る。
愛嬌と度胸は人の3倍ぐらいあるのでどんな場所でもそれなりに受け入れてもらえるし
いつも引き留めてくれるものはいるのだが、離れることに後ろ髪を引かれたことはない。
はやる気持ちばかりが背中を押してたぶんとどめてくれるものの声など本当は聞こえてはいない。
 

闇の中小石を投げて闇の深さと回りの地形を探り出す。
そんな旅。
そこにある時ふと思いがけない話が舞い込んだ。

昔から吸血鬼の出るといわれる村…。
 

その話を聞いてすぐにその村に向かった。
これが目指す敵ネクロードに繋がる事はたぶんない。
いつからネクロードがいたかは知らないが
あの吸血鬼が村を襲ったのなら村はもう村などではなくなっているだろう。
しかし吸血鬼に関する情報なら、まずは行ってみる価値はある。
ほんの少しでもいい。
素性、特徴、、好きなもの嫌いなもの、出来れば弱点…。
広大な夜空の中で点に見える小さな星のようなものでも、そこが暗闇ならばそれに向かって歩くしかない。
それに対する努力は惜しむつもりはない。
今の自分はそれのために生きているのだからなんとも思わない。
たとえ先が痛いばかりの荒野でも、行く先がない方が苦しいに決まっている。
息を吸っているのも、足を動かしているのもこうして剣を握って人の命を奪うのも…
すべてそれのためだけなのだ…きっと。
 

その村にたどり着いたのは今日、いや日付はもう変わったので昨日の夕暮れ時だった。
険しい山と山の間に作られた宿場村。
前に一度通り過ぎたことがある、周りには岩山と道沿いにうっそうとした森が広がる陸の孤島のような村。
山を越えるための道はここしかなかったのでそれなりに大きな、人の多い村だった。
夕暮れ時は市場は最後の活気を見せ酒場は開き始め、畑仕事から帰る人々が
集まり一番騒がしい時間だ。
しかしこの日に限って通りに人通りはなく酒場はみなきっちりと雨戸まで閉めており
まるでゴーストタウンのような雰囲気を漂わせていた。
(こりゃぁ…)
町全体を覆う異様な雰囲気。
まさか本当にネクロードがきて村の人をすべてさらってしまったわけではないだろうな…。
ひとりごちて大通りを宿屋までおりていく。
所々にかかる黒い布。
銀製の聖なる印。
注意深く気配を伺うと人は家のうちにこもっていきを潜めているようだった。
なにかに怯える小動物のような、そんな空気。
 

とにかく情報をもらわなければどうしようもないということで、
そこそこに大きな宿屋にたどり着くとどんどんとドアをたたく。
そーーっとドアの向こうから、割腹のいい主人だと思われる人が出てくる。
「山を越えたいんだ、すまねぇけど一晩泊めてくれねぇかな?あ、金はあるぜ」
「…麓のほうからいらっしゃったので?」
「おう!そうだが…部屋がいっぱいなら厩とかでもいいんだが…あと水と食料を分けてくれるところを教えてくれねぇか?」
明日には山を越えたいんだが…。
つとめて明るくざっくばらんに話しかける。
こういう時に警戒心を抱かせずに場を和ませるのは得意分野だ。
にっこりと笑うこちらの態度に安心したのか、すんなりと泊めてもらうことができた。
 

「すいませんねぇ、あまりたいした物が出せなくて…」
夕食だと呼ばれてみるとどうやら泊まり客は自分一人らしく、宿屋の主人は付きっきりで給仕をしてくれる。
出されてくるものも新鮮さを必要とするものはないが、種類も豊富で味付けも丁寧だ。
「そんなこたぁねぇよ。この塩漬け魚のあんかけなんか絶品だな!うまい!!」
もてなしてくれているようで素直に礼を言う。
実際にまともに味付けされたされた食べ物は3ヶ月ぶりぐらいだ。
こんな風に人と話すのも一月ぶりぐらい…。
ああ、まともに声を出すのもそれくらいか…
思ったよりもずっとうまく話せているな、などと頭の後ろで考えながら話好きの浅はかな旅人を装う。
「そういってもらえるとほっとします…」
最近市場もあまり立たず商人の方も寄りつかないものですから…。
少し伏せた顔が暗い。
「…ところでなんだ、なんだか通りに人っ子一人いなかったんだがありゃぁなんだ?物忌みでもあったのか?」
「あなたは麓の街からいらっしゃったのでしょう?話はお聞きになりませんでした?」
「あーー、俺あの街はあいたくねぇ奴がいるんで避けてきちまった。で、話ってのは?」
それは嘘だ。
もちろん街のうわさを聞いたからこそ、ここに来たのだが…。
 

「吸血鬼がでたのです」
「きゅうけつきぃ?」
大げさに驚いてみせる。
警戒心を抱かせないためにも何も知らない振りをして、相手から出来る限りの話をもらう。
案の定話好きと見られる主人は知っていることを親切に語ってくれる。
ものを知らない旅人に警告し注意を促しているつもりなのだろう。
「はい、人の血と共に生気を奪う化け物です」
あ、もちろん生気を奪われたら死にます、と律儀に付け加えてくれる。
「はーー、あんなもの伝説上のいきもんじゃなかったのか?」
「いいえ、このあたりはずっと昔からどこかに吸血鬼が住んでいるといわれているのです」
「ふーん、ずっと昔からねぇ?」
「そうして十数年に一度現れては人を襲うのだといわれていました…」
「その吸血鬼が…今出ていると?」
「はい」
十数年に一度の不幸。こちらにとっては十数年に一度の幸運という処か…。
「その吸血鬼は出たりひっこんだりしているんだろう?どうしたら引っ込むんだい?」
「それが…だいたい3人ほどの犠牲を出しますとぷっつり出なくなるのです」
「十数年に2、3人か…」
それではネクロードとは違うだろう。
同種の生き物かどうかも分からない。
奴は悪食で悪趣味だ。
もっとも同じ仲間が同じように悪食で悪趣味なら世界はとっくに滅んでいそうな気もするが…。
「それで退治とかしようと思ったことはなかったのか?」
「もちろんありましたよ!けれども切っても突いても死なず紋章の力も受けつけないのではどうしようも…」
そのへんは自分の知る限りの情報とも一致する。
倒し方の分からない化け物。
喰われる人間にとってこれほど恐いものはないだろう。
「怒って復讐にきたりとかはなかったのか?」

横からちょっかいをかければ、当然相手の怒りを買うとは思ったのだが…

「はい、そういう事も無かったので一時はかなり躍起になって退治に乗り出したのです。多額の賞金も懸けられたのですが…」
「全部返り討ちか…」

倒せない、挑発してもおびき出せそうにない…

「そいつは村ができる前からいたわけではねぇんだろ?出所とかわかんねぇのか?」
「その辺もまったく…。なにしろ出会って生きて帰ったものもいないありさまですから…」
チッっと心の中で舌打ちをする。
これに出会って帰ってきた奴がいないのなら、当然これ以上の情報は得られ無い。
打つ手らしい打つ手が考えつかない嫌な状況に心の中で頭を抱える。
自分の行動の選択肢はおそろしく狭い。
表には他人事のように、お気の毒…とため息をついてみせる。
「そっかー、じゃ犠牲者が出て奴がおとなしくなるまで絶えるしかないんか…」
「はい、最後には2.3人犠牲が出れば消えるのだからそれを待てばいいと…」
「そいつぁ蚊帳の外な奴の言い分だな」
「そのとおりです。ですがこちらもどうしようもなく、このままでは
旅人も寄りつかなくなりますので、生け贄を出すことになっているのです」
「生け贄たぁな…」
むかむかするような嫌な方法だが責められないだろう。
現に自分だって本当は…。
しかしなるほど、ここにくる途中に所々黒い布が戸口にかけられていたがあれは弔いの旗というわけか。
「生け贄はいつどこに出されるんだ?」

自分の選択肢を状況を整理して指折り数えて一つ目で数えるのを止める。
すでに吸血鬼が出たということは一人は犠牲になっているのだろう。
犠牲が2、3人でまた出てこなくなってしまうというなら危険だがチャンスはその時にしかない。
ここでチャンスを逃すとあとはいつチャンスが訪れるか分からない。
選択肢は一つ。他はない。
準備不足もいいところで命の保証など無いに等しいがかまうことはない。
自分の手も足もそのためにあるのだから…奴を倒す、目的のためにあるのだからそれに近づくために使ってしまえばいいのだ。
もちろんかなわないとなれば逃げてしまえばいい。
ここで死なずに済むのならこの村だって見捨てよう。
だから自分は生け贄のことは責められない。
 

「今夜…北の沢を上がっていったところに大きな岩だなと洞穴があるんです。そこに…」
「OK!サンキュー、いろいろありがとうな。ついでといっちゃ何だがこの荷物あずかってくれねぇか?」
「それはかまいませんが、何をするつもりですか?」
片目をつぶって悪戯っぽくウインクを決めたつもりで両目をつぶってしまう。
そんな愛嬌を意識して振りまいて…
 

「その吸血鬼って奴に会いに行くのさ」
 

笑って言う。
何の意味もなくても笑うことなど簡単。
どうでもいいことだから笑ってごまかすことが必要。
止める言葉は山ほど聞かされたがやっぱり聞いてないらしい自分。

止めてくれる心が嬉しいのは本当のことなんだけれども
目的には必要のない言葉はやっぱり受け付けなくなったようだ。
ずいぶんとシンプルなこと…。
 

自分はその目的ために生きているのだからたぶんそれでかまわない…
復讐という目的のためにだけに、自分はここに在るのだから…
 
 

〜続〜



 

ほむら氏に見せられた熊絵がツボだったため
ほとんど突発的に始めてしまいました
熊SSです(苦笑)。だいぶ散漫な文になってしまいました。
勢いってろくなものを生まない気もします。
たぶんとっとと終わります。長くはありません(いえまだ書いてはいませんので
何とも言えませんが…)。
ビクフリなどはかなり好きなのですがかけなかったのは
フリックの心のベクトルがどうも理解できなかったためで
熊単品だとこんなに書きやすいものかと思うくらい精神的に楽でした(おい)。
とはいっても通常の熊ではございません…。
ビクトールって笑っていても中にかかえたものは重く
すごみのある人だという認識が強く私の中にあります。
ただそれを表に出したり他人におっかぶせるのがいやだという人。
こういう人はかっこよくて恐い。
あの態度や性格は昔っからのものではないかと思っているのですが、
ただ昔は他の人に対する余裕がなく、目的のために
自分を追いつめていた時があったのではないかとも思って…
で、こんなものを書いたのですが…。
勢いだけのものですが、自分は楽しい…(殺)。

(2000.4.18 リオりー)

 

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