境界線

  〜0.墓〜


 境界線に自分は立つ。
身体は生きていてもどこか心が死んだまま。
希望と絶望の区別はなく、希望の先の失った絶望すら後ろに投げ捨てて
否、引きずるように歩いている。
死は身近に在りすぎて考えるのも馬鹿馬鹿しくなる。
ただ死という言葉を纏った物は、端から墓に放り込むことにしている。
 

あの時から…
 
 

生はあり、死もある。
光は影を作りまた影は光を呼ぶ。
 
 

境界線はあの夜からいきなり目の前に現れる…。
あの惨劇の夜自分は切って切って切りまくり
そして墓を作り続けた。

それは確かに境界線の一つ。
在るものと無いもの…。

墓を掘るうちに爪は剥がれ、まめは幾重にもつぶれて血が流れた。
泣いていたかいなかったかは憶えていない…。
ただ無我夢中でそれらの作業を終えて、気がついたときには
涙は枯れ果てただひたすらに喉が乾いていた。
全身の筋肉は過酷な労働に悲鳴を上げてきしみ、血のこびりついた指先はずきずきと疼痛を訴えていた。

生きている…

それらの痛み全てが生きている自分の証に思えて自分は笑った。
自分を憶えている人がいなくなっても、記憶が全て踏みにじられても
自分が憶えている人がいなくなっても、この身が血と傷と泥にまみれても…

昏い昏い喜び。
山のような墓の前、朽ちて死んでしまった同胞を前に
衝動に突き動かされるように自分は長いこと声もなく嗤った。
この血と痛みが死んでしまった同胞と自分を分ける大きな境界線。

生きている…ただそれだけ。
絶望もなく希望もない。
それでもはっきりを分かったその生と死の裂け目を前に自分はそれを確認できたことが
たぶん確かに嬉しかったのだろう。
 

墓の前で誓ったことはない。
復讐なんて水辺で水をのんで一眠りして、
行くあてを考えて初めて思いついたとってつけたような目標。
目標がなければどこにも行くことは出来なかったから。
でもそれしかやることがないからそれから復讐は自分の生きる全てになった。

そこからまた新たに希望と絶望が生まれる。
ささやかすぎるものでも、ほかの何かと区別の付かないものでも…。
 
 

あの夜…
思い出も守るべきものも全ては墓の下に自らの手で埋めてきた。
そしてそれから墓を掘るのは俺の役目になった。
血なまぐさいところを次から次へと回り、生きる術を身につけた。
ずいぶんと生きるって事に勤勉だったと思う。
友人とかそういう風に読んでいいもんもできたが、たいがい自分より先に死んだ。
ろくでもない奴らばかりだったが、自分に名前を付けてくれたり、生きる術を教えてくれたりした。
ろくでもない奴らばかりだったから、ほとんどろくな死に方をしなかった。
野ざらしは気分が良くなかったので結局そいつらの墓は自分が作ってやった。
おとなしく死んでてくれ、迷って馬鹿なことはしでかさないでくれってそんなふうに祈りながら…。
どっか邪魔にならないところに穴を掘ってぼろぼろの死体を放り込んでまた土をかぶせて木の棒をそれらしく立てる。
それくらいしかできないけれども俺は墓を作り続けた。
そのたんびに痛む指先はしんじまったそいつと自分とを分けるたった一つの境目のような気がした。

希望も絶望もまだ区別は俺には付けられなかったけれども死んでいる奴が持てないものだって言うことは
何となく分かってきた。
望みがなければ生まれないもの。
その境目。
生きていることのきっともう一つの証。
 

そしてやっぱり行く宛もなく自分はどこかにむかって歩き出す。
そしてたどり着いた先でもきっと俺は墓を作り続ける。
 

生きているものの役目ってなぁそんなもんだろう…
 

境界にあるはずの深い谷の底を眺めて自分はたぶんここに立つ。
光はあり、闇もある。
境界線の色はしかし見ることの無いまま…。

 



 
 
 
……くらぁ…い…。
この話はくらーくシリアスに切なく
しようとする私と出てくるシーンに片端から
ちゃちゃいれてはなしを斜めに
すちゃらかにしようとする熊との戦いでもあったりします。
負けてる…まけてるがなも〜(笑)。

(2000.5.6 リオりー)

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