空の色、風の声
(第1部・その4/15篇)
◇◇◇ 目次 ◇◇◇
正面切って/板ばさみ/一回転/叫んでも/とけてゆく
夜空/逃げ道なし/ひとり/心の距離/寂しいものです/時/エコー
鏑矢/人間/幕
正面切って


溜息をつくのは一人でいる夜だけ
それは私の中から出てくるものなのだから
ぼんやりとした重さを他人に預けたくない
預けたところでどうしようもない
その人は溜息の正体がわからないのだから
たとえ正体がわかっても
このぼんやりとした重さは消せはしないのだから
これは本当に重苦しいものなんだから....
板ばさみ


退きたい
退いて自分の中に閉じこもって
そうして暖かな心の中
安穏な時を過ごしていたい

でも、もう駄目なんだ
自分の中にも安らげる場所がなくなってきている
外界から逃げても
内界にはさらに確かすぎる現実がある

甘い夢?
そんなものはすでに何処かに行ってしまった
暖かな思い?
自己愛の影には自己嫌悪の薄笑いがある
やわらかな光?
今となっては闇ばかりだ

もう心の中も居心地がよくない
一回転


寂しさなんてもう味わいたくない
そう願ってみても
それがかなえられることもなく
冷たい闇は広がるばかり
ますますひどい寂しさの中に落ち込んでしまう
なぜ?
そう問いかけてみても
問いはもつれた網へと広がってしまい
私が私であるということ以外
確かさは取り戻せず
それがどんなに受け入れ難いことであっても
否定できるはずもなく
現実は変わらず
今ある事実は事実のまま----
叫んでも


寂しいんだ
寂しいんだ
どんなに理屈を言っても
この思いは強くなるだけだ

「人間誰しも孤独さ」
そんな言葉も、今は
負け惜しみにしか聞こえない

「孤独をしっかりもってこそ詩人となれる」
そんなら私は詩人でなくて結構

私は寂しいんだ
人恋しいんだ
今ここにいる自分をわかってもらいたいんだ
あの人に側にいてもらいたいんだ
もうひとりでいるのは嫌なんだ
とけてゆく


自分にとっての大切なものをどうにもできず
何で私が自分以外のことを口に出せようか
大切なもの
大切な思い
大切な女性....
どうすればいいんだ
また自分に負けて朽ち果てさせるしかないのか

「それもまた心の糧となるさ」

はっ、そう言ったところで
そんなものは糞の役にも立たない逃げ口上だ
心の中の大切なものをどうにもできない私が
どうして心全体のことを口に出せる
大切なんだ
必要なんだ
だが....

あー、わからない
どうしようもない
どうにかしたいのにどうにもできない
夜空


あの人を名を
小さく口に出して
ともに歩いたときの
感じを呼び覚ましてみても
冬の空気は冷たい
逃げ道なし


どうしてあなたの姿が思い出せないのだろう
今もあなたのことが好きなのに
私はあなたの姿を思い描けない
他の女性なら
かわいい、とか
きれいだな、とか感じている人の姿なら
すぐにでも思い出せるのに
何よりも大切なはずのあなたの姿が見えてこない
ひとり


あなたと一緒にいたことの
そういう思い出がもっとたくさん私にあれば
そうした思い出でもって、私は
この思いを包み込み
嘆きはしても
悲しみはしても
それでもどうにかやってゆくでしょう
でも、
わずかな思い出に映るのは
悩み、喜び、寂しがり
あなたを探している自身の心
そこにもあなたはいない
心の距離


わからないものはわからない
見えない距離は測れない

隔てているのは私の怖れ?
それとも実際、離れている?

心を乱されたくないんでしょうね
涼やかな落ち着きのなかにいたいんでしょうね

いいですね
そういうなかにいられて

私もそのなかに入れてもらいたいのですけど
私みたいな奴は駄目ですか?
それとも誰も入れるつもりはないのですか?
寂しいものです


ねえ、黙ってないで何か言って下さいよ
あなたがあなた自身の姿を見せてくれないと
私は私の中で、勝手に
私のためのあなたを作ってしまいますよ

あなたが何も言ってくれないから
あなたが自分を表わしてくれないから
そこにいるのは
あなたでなくて、もう一人の私

鏡なんですよ、結局
私はあなたではなく
自分自身を見ているだけ
その裏にいるはずのあなたの姿は見えていない

そう、嘘なんです
私の中のあなたは
つかまえようのない「感じ」でとどまったまま



今はもう
自分の気持ちを表わそうにも
消え去りかけている
それらの言葉は戻ってきません

それにもう
何を言っても無駄なようですから
それらを無理に
つかみに行こうとは思いません

ただ
寂しいのです
今はもう
ただそれだけのことなのです
エコー


エコーが答える
わたしは微笑う

エコーは答える
ただ答える

戻ってきた思い
行き場を失った言葉

エコーが答える
わたしは微笑う
鏑矢


悲しみは深く
悔しさも深く....

くそったれ!
だからどうしたというんだ

どうしようもない

本当にどうしようもないのか?
どうにかなったのかもしれない

所詮、俺はこんなもんだ
あー、そんなことを言ったところで納得がいかねぇ

始まった
また始まった
自分が分かれてゆく
多くの自分に分かれてゆく
戦い
うなだれ
けなし
悲しみ
調和はいったい何処にあるんだ
このままばらばらになってしまえというのか

くそっ!
吐き出して吐き出しきれるものなら
もう何も残ってはいないはずなのに
なんだ
何なんだ
ノドの奥で
ヘビが一匹のたくっていやがる
ぐねぐね、ぐねぐね、のたくっていやがる

吐き出せない
どうやってもこれが吐き出せない

調和をもたらしてくれる中心はいったい何処だ?
この蛇の中?
くそっ!くそっ!くそっ!
人間


意欲は常に怠惰によって呑み込まれ
意志は常に弱さによって打ち消され
内なる力は常に無能によって遮られ
そうして私は真っ暗な闇の中
深い深い闇の中

いつから?
「いつも」
そうなのか?
「そう」
答えてくれるのは闇の中の影

未来の自分か?
「....」
過去の自分?
「....」
理想の自分?
「....」

黙っているがいい
沈黙し、笑い、悲しむがいい
私が闇の中で見失いを起こしていることは確かだ
お前はいつもそうやって
私の前に声となり、道となり
私を導いてきた
だがしかし
お前はいつもあやふやななままだった
お前をどう捉えるかは私の問題だった

お前が間違っていたのではない
私が間違っていたのだ
私が幼く、思い上がっていたので
お前を生かすことができなかったのだ
いつもお前は私の前にいてくれたというのに
今のお前は闇の中の影

私は自己充足による安らぎを求めていた
お前がそこへと導いてくれると信じていた
だが、私は大きな間違いをしでかした
自分を満たすがために
私は神性の鎧を身にまとってしまったのだ
それがいかにも似つかわしく
また神々しいものであったからだ
そんな神性の鎧をまとった自身の姿に酔いしれ
私は何の力もないままに、現実へと飛び込んだ
現在に苦悩する英雄として戦うために

偽りの戦いだった
私は神性の鎧を見せびらかし
自らに与えた英雄という役柄と同一化して
悩み、苦しみ
理解されぬことさえも自身の悲劇
まさしく「劇」としていたのだ
その一方で、私の身体は鎧の中で朽ちていった

私が歩いていたのではない
鎧がひとり歩きしていたのだ
輝いていたのは
私でもなければ、私の未来でもない
その神性の鎧だ
その神性の鎧を取ってしまえば
闇の中も当然だ

もうどこが前かもわからない
闇の中の影も沈黙したまま----



今日は恨み言、愚痴を言わせてください
どうも私はこういう質<たち>のようで
自分にとっての大切なものを
大切さ
その重みに耐えきれずに
結局、駄目にしてほかしてしまうのです
そうして、少しでも心を軽くしようと
こうしてクダを巻いて
大切なものを自らの手でばらばらにしてしまうです

もうしょうがない
私は自分自身を持て余したままなのです
この辺が私の限界なのかもしれません
普通の人以上にものを感じ
見出したように思っていましたが
結局、それは
小さな自分に対する慰めだったのでしょう
そうやって、私は自分に錦の衣を着せていたのです
それをまとっているのは大変気持ちよかったのです
でも、今はもう
そんな衣も苦痛以外、何も与えてくれません

重い
この代用物は重いのです
それをまとっている私は非力なままでした
もう何も残っていません
これまでも何度かそう思ったこともありましたが
なんとか通り抜けてきました
衣を派手にすることで
私はそれをくぐり抜けてきたのです
でも、もう無理です
これ以上重い衣は着れません
結局、私は自分に敗れるのです
私は心の傷を自分の力とせずに
衣の飾りとしていたのです

何も変わってはいなかった
私は成長していなかった
私の成長は十六歳で止まっていた
重すぎる自分自身は
背負ってゆくことも
投げ捨てることもままならなかった

それもあと少しで終わり
でも、自殺を考えている訳ではありません
私には自分で死ぬだけの勇気もないのです
死や痛み、恐怖に対する感覚が強すぎるのです
自殺の必要はありません
ほうっておけば、いいのです
ほうっておけば、おしまいがくるのです
それだけで私は確実に滅びます
ほうっておけば
ただでさえ重すぎる自分は、ますます重くなってゆく
それでおしまい
私は自分に潰され滅びます
ほうっておく
それだけで十分なのです
自分に向けていた視線を外し
こんな言葉も吐かず
下を向いて、ただ毎日を過ごしてゆけばいいのです
そうすれば行き場を失った心のエナジーは
重くなり、重くなり
それで終わり
後に残るのはぐちゃぐちゃになった私
もう再生なんてできるはずがない
私という心的存在は滅ぶのだ
死ぬことも、無に還えることもなく
ただ滅ぶ
残るのは影だけ
心に押し潰された私の影が残るのだ
もうおしまいだ
これで終わりだ
狂え
滅べ
終われ
終わってしまえ
人並みの心
人並みの意識
それで満足できたなら
私も今頃、それなりの苦しみとそれなりの喜びの中で
毎日の生活を営むことができただろう
心が先か
望みが先か
そんな問題をどうこうしても
答えを見つけようとする気さえ、もはや失せている
先に道がない
あるのは現在、現在、現在
下には地面
私の影を残す地面があるだけだ
終わりだ
私は私に敗れた
救いはなかった
神も、仏も、はじめからいなかった
運命はただの闇だった
終われ
終わってしまえ
このままでいろと言うのなら私を殺せ
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