2001年(1月−4月)

2001.4.17(Tue.)
 ソンクラーン(タイ正月)休暇も今日で終わりです。昨日書いたように、シンガポールでもハジャイでも1日余分に宿泊することはできなかったので、昨日はバンコク市内のホテルで1泊してきました。
 出かけた先はMarriotte Royal Garden Riverside。感想としては、「手近にリゾート気分を味わうにはいい」というところでしょうか。都会の隠れ家、という感じですね。
 全体にゆったりと建物が配置されています。そのためか、メインの建物は7階建てであまり高くはありません。7Fの客室からチャオプラヤ川の上流方向を撮影した画像がこれ(2001.4.17(Mon.)撮影)です。Shangri-ra Hotelが左下隅に見えています。
 さて、このMarriotte Royal Garden Riversideには鉄板焼きのベニハナが入っています。パフォーマンスを見ていると飽きないから子連れにはいいかも知れませんね。
 2、3泊ゆったりしたい感じのホテルと思いました。
 帰途はホテルのシャトルボートでのんびりとRiver City(ショッピングモール)経由としてみました。シャトルボートは途中タクシン橋(スカイトレイン乗り換え)、オリエンタル桟橋を経由して片道25分、Marriotte Royal Garden RiversideとRiver Cityそれぞれから07:00〜14:00、16:00〜23:30の間、30分おき、14:00〜16:00の間1時間おきに運航されています。
2001.4.12(Thu.)〜15(Sun.) Modified:2000.04.17(Tue.)
 ソンクラーン(タイ正月)を利用して、シンガポールに出かけてきました。以下、簡単に印象など。
  • シンガポールの街の印象は、「人工的な街だなあ」というものでした。郊外へ出ると、ほとんどが中高層の集合住宅で、その中にショッピングセンターがあったり、小学校や中学校があったりという感じです。島中ニュータウンという感じで(もちろん中心部は別)、時折建っている中国寺院がちょっとしたアクセントというところでしょうか。
  • バンコクよりはずいぶん涼しかったですねえ。また、バンコクより赤道に近くて、時差が1時間あるせいかどうか、夜が明けるのは7:00前くらいでした。
  • 行った観光地はセントーサ島、ナイトサファリとあとマーライオン像を対岸から見たくらいです。まあ、子連れで、買い出しを兼ねた旅行ですからこんなものかな?ナイトサファリはホテルのツアーデスクで予約して行きました。ホテル発の往復で3時間30分とのことでしたが、実際は4時間くらいかかりました。ただ、行き帰りの時間を引いても、ナイトサファリでの自由時間はあまりありませんでした。それでも行ったのが土曜日でナイトサファリ自体混雑していたことを考えると、これでよかったか、と思います。ジョホールバルへ行く時間は予想通り取れませんでした。
  • 結果的にとんでもないことになったのが両替。今回は手持ちのタイ・バーツからシンガポールドルへの両替を4回やってみました。まずバンコク・ドンムアン空港で1回、次にシンガポール・チャンギ空港で1回、あとは街中の両替屋で2回、だったのですが、なんと後になるほど率が悪くなったという事態に。最初3回は到着した日だったので、レートの変動もないはずなのですが、まさか、という感じでした。ドンムアン空港のレートは悪くはない、ってことですかねえ。
  • 宿泊したホテルは、The Westin Stamfordでした。客室は70階建ての41階です。バンコクに比べると、同クラスのホテルでも客室は狭いかなあ、という感じがしましたがこれは仕方がないかな?お約束の客室からの画像は(2001.4.14(Sat.)撮影)と(2001.4.15(Sun.)撮影)のものを置いておきます。残念ながら、70階にあるレストランは改装中でした。
  • ホテル選択の理由は、ガイドブックを見て、MRT(都市内高速鉄道と言えばいいか?)のCity Hall駅に直結しており、また、Raffles Cityというそごうの入っているショッピングセンターに直結していて、買物にも観光にも便利と思って予約しました。ところが、そごうは撤退済み!そういや、そういったニュースがあったなあと思っても後の祭りでした。まあ、そごうの後にはThe Robinsonが入っていましたけど。
  • その買物の話。食料品については、Raffles City地下のスーパーマーケットや高島屋地下を覗いてみました。ガイドブックに書いてあった通り、ビールが高いなあと思いました。そのためか、あるいはシンガポールの政策あるいは立地上の特性か、Raffles Cityの地下ではフィリピンのサンミゲルがシンガポールのビールとあまり変わらない値段で売られていました。あと、アイルランドビールとかが普通に並んでいたのにも驚きました。
  • 日本の食料品も豊富ですねえ。冷凍食品や菓子類の種類には驚きました。また、高島屋の地下にあった和菓子屋さん(源吉兆庵)にも驚きましたが、一番驚いたのは高島屋で北海道フェアを開催していて、ロイズの生チョコが販売されていたことでしょうか。「こんなところで見かけるとは思いませんでした」と言うと、「私もこんなところで売るとは思いませんでした」との答えが返ってきました(^^;。
  • 買物で一番衝撃的だったのはDockers。このブランドのチノパンはサイズが豊富なので、すぐに望みのものが買えることから私は愛用しています(残念ながらバンコクでは購入できません)。で、私のサイズはW32×L30というものなのですが、なんと計3店舗確認しましたが見あたらず。全て裾丈の長いものばかりです。聞いてみると、どうやら、裾の長いもののみを置いておき、客のサイズに合わせてカットしているようなのですが、それじゃDockersの意味ないんじゃないか?
  • 空港が開放的なのにも驚きました。入国時の税関はフリーパスみたいなものでしたし、出国時のイミグレーションも外から丸見えのオープンカウンターで、イミグレーションでは入・出国時ともカウンターにあった飴をすすめられました。また、シンガポールでの搭乗手続き時には、スーツケースはほとんど上から少したたいたくらい、バッグは上から押しただけでセキュリティチェックの紙を貼っていました。行き先によりセキュリティチェックのやり方は違うのだろうし、また、いくら何でもあとでX線にかけるのでしょうが、少々驚きましたです。
  • 食べた物では、ホテル2Fの"KOPI TIAM"という店で食べた、”ラクサー”がおいしかったです。何かというと、ココナツミルク入りカレーヌードルで、揚げとかまぼこが入ってました。6年前、出張先のキャンベラ(のアジア料理の店)で食べた厚揚げ入りカレーヌードルを思い出しましたが、たぶんこちらがオリジナルなんでしょうねえ。あと、”サテ”もおいしかったです。少し、バンコクで食べる”サテ”とはスパイスの違いを感じました。また、バンコクではあまり羊の”サテ”は見かけないように思います。カミさんと娘は、”シンガポールチキンライス”の、鶏スープで炊いたご飯が気に入ったようでした。でも、”シンガポールチキンライス”と、タイの”カオマンガイ”の違いは何でしょうねえ?
  • 帰りの飛行機(TG408)はハジャイ経由で、シンガポールを50分後に出たフライトが45分先に着く、という設定のためか、バンコクまで乗り通したのは私たちを含めても15人いませんでした(ちなみに翌日含めて他のバンコク行きのフライトは一杯でした)。おかげで、バンコクでは国内線ターミナルに到着後、タイ航空の係員に誘導されてバスで国際線ターミナルへ向かう、という珍しい経験をすることができました。荷物もきちんと国際線ターミナルに運ばれていました(当たり前か)。
  • ちなみに、シンガポール出発時満席だった飛行機はハジャイで乗客が入れ替わっても満席でした。実は、翌日のハジャイ発バンコク行きが取れたらハジャイで一泊するのも面白いかな、と思っていたのですが...。トランジット中、ハジャイ空港の待合室で理紗子を撮ってみました(2001.4.15(Sun.)撮影)。最近はとにかく動き回るので、なかなかうまく撮影できません。

2001.4.7(Sat.)
 Jリーグ第4節、道内初戦を迎えたコンサドーレは東京ヴェルディ1969に2−0でなんと勝ってしまったようです。ナビスコカップ大分戦で退場者やら負傷者やらを出していただけに、少々意外でした。
 しかし、東京ヴェルディ1969というチーム名を聞くたびに、TSV Munchen 1860(uは本当はウムラウトね)の名前が思い浮かぶのは私だけでしょうかねえ。

 ここのところ4、5日、理紗子が食事のときに「オカマサン」と言うのが一体何か、カミさん共々悩んでいたのですが、本日ようやく解決(?)しました。
 実は、以前書いたように、理紗子は喜んで「乾杯」に参加するのですが、その後に無意識に話していた「お疲れさま」が上述の通り訛って(?)いたようです。
 ...いやあ、かなり悩みましたです。
2001.4.5(Thu.)
 よくこんなの見つけたな、という話なのですが、昨日(4/4)付けのいしいひさいち画伯の4コママンガで知られるオーナーを頂く新聞の衛星版19面に、系列旅行会社の広告が出ていました。
 夏休みのクルーズ参加者募集なのですが、なんと”阿波踊りと伊予三島”てえクルーズがありました。寄港地は横浜〜小松島〜三島川之江〜東京となっています。なお、三島川之江とは重要港湾としてはこの名前だそうだと聞いたことがあります。
 で、ついてるキャプションが”熱気と興奮に包まれた徳島から、鳴門の渦潮へ”。...伊予三島はどこへ行った?。これ、”伊予三島”と”大三島”を間違えて参加してしまう人が絶対いるんじゃないでしょうか。
 というか、そもそも伊予三島が観光地だとは知らなかった、というのが、この広告を見つけたカミさんのコメントでした。私もそう思います。
 しかし、よくもこんなの見つけたものです。
2001.4.1(Sun.)
 ふと思い立って、アップルコンピュータがやっている、iDiskのサービスにアクセスしてみましたが、簡単にディスクスペースを借りることができました。サーバへのファイルのアップロードはftpではなく、画面上にiDiskを示すアイコンが現れ、そこに通常の画面上でのファイルのやりとりと同じようにファイルを置いたりフォルダを作る(つまり、ディレクトリ構造を作る←この言い方が完全に正しいかは不明)ことができます。
 が、借りたのはいいんですが、さて何に使いましょうかねえ?某隊関係のWeb Siteでも作りますかねえ?

 最近の理紗子ですが、大体何でも食べるようになりました。好物は、果物一般の他に、納豆、枝豆、もずく酢、ところてん。たくあん、福神漬といったところです。どういう好みなんだかよくわからないですね。本日は親衛隊隊長に乗せてみました。全体にピントが甘い画像なのですが、左手に持っているのは、日本で私が使っていた携帯電話です。以前の画像と比較すると、月並みながら『大きくなったなあ』という感じです。

 ...てなことを書いているうちに、雷が鳴り雨が降り出して、近くに落雷したのかいきなりの停電です。記憶にある限り、こちらへ来てから1年ほどになりますが落雷による停電は2度目でしょうか。ちょうど夕食時(19:00過ぎ)なのが困ったものではあります。
 ま、結果20:00前には復旧しました。
2001.3.31(Sat.)
 Jリーグ第3節、コンサドーレはサンフレッチェ広島に0−1で惜敗したようです(いや、結果しか知らないので当然試合内容はわかりませんが、まあそういうことで)。やはりJ1は甘くないですねえ。
 しかし、しょっちゅうサッカーの話ばかり書いていますから、この際サッカー専用ウェブサイトでも作ろうかなあ、と思わないでもない今日この頃です。まあ、そのためだけにgeocitiesとか借りるのも面倒ですしねえ。
2001.3.20(Tue.)
 本日の”プロジェクトX”は、先週に引き続きカンボジアの日本橋の話でした。なんというか、この番組、もの作りの話のときは大変面白く見ています。
 まあ、毎週見ているわけではないのですが、もの作りのときは妙に感動する、というんでしょうか。今週も非常に興味深く見ておりましたです。
 先週及び今週の難点を唯一言うとすれば、事実その通りなのでしょうがないのでしょうが「戦場にかける橋」というタイトルです。これだと、まず私はクワイ河鉄橋を思い出してしまうもので。
2001.3.17(Sat.)
 Jリーグ第2節、コンサドーレは何故か高知でのホームゲームでなんと優勝候補の柏レイソルに勝ってしまったようですね。何かの間違いじゃないのか、という気が未だにしております。ともあれ、今年の目標は勝ち点39をとってJ1残留ですから、あと勝ち点33ですか。まだまだ、ですね。

 本日はゴルフに出かけてきました。プレーしたコースは昨年タイガー・ウッズがジョニーウォーカークラシックで優勝したAlpineというコースです。私のスコアはタイガー・ウッズの約3倍近くでしたとさ。
2001.3.10(Sat.)
 本日はJリーグ開幕だそうですが、コンサドーレは無事J1復帰初戦を飾ったそうで、何よりです。何をおいても今年はまず残留目標ですから、開幕初戦のアウェーでの90分勝ちというのはとても大きいですね。
 NHKワールドプレミアムは2時間遅れで名古屋−浦和戦を中継していました。今年はピクシー最後のシーズンだそうですが、一度生で見てみたいですねえ。

 専らデジカメ(と言ってもカラーザウルスですが)からの画像取り込みに用いているPowerBook540cがどうも不調で、先日など全く起動しませんでした。幸いにその後復活しましたが、今後またいつ駄目になるかわからない状況です。
 以前も同じようなこと書いたなあ、と思い、手元でチェックしてみるとここですね。このときは温度が原因でしたが、今回は全く原因不明です。困ったものです。
 で、せっかくその後取り出せた画像ですので、速報性は落ちますけどアップしておきます。もちろん被写体は理紗子ですが。
 2月17日:ベンジャシリ公園にて(その1その2)、あと、2月25日:ドゥシット動物園にての3画像です。
2001.2.6(Tue.)
 東南アジアにおいては、たいていの日本の新聞の衛星版はシンガポールで印刷されています。ところが唯一、いしいひさいち画伯の4コママンガで知られるオーナーを頂く新聞は衛星版をタイで印刷しています。そのため、同紙の衛星版を自宅購読すると、バンコクでは毎朝配達が行われることになり、かなりの日本人家庭が洗剤もつかなければ某球団の入場券ももらえないにも関わらず、同紙を購読しています。我が家もその例にはもれません。
 さて、その新聞衛星版には、新聞休刊日を除く月曜日に、次の日曜までのNHKワールドプレミアムの週間番組表が掲載されます。したがって昨日も週間番組表が掲載されていたのですが、あまりテレビ番組に興味のない私は特に注意を払っていませんでした。
 ところが本日の新聞にも、何故か週間番組表が掲載されています。いくら何でも変だなあ、と思って番組表の下部を見ると、下記お詫びが掲載されていました。
 お詫び 2月5日(月)の本欄に1月29日(月)から2月4日(日)までの週間番組表が掲載されました。お詫びし、今週の番組表をお届けいたします。
 あわてて昨日の新聞をチェックすると確かに1週間前の番組表が...なかなかお目にかかることのできないミスですね。ある意味、これはすごいと感心しました。

 あまりテレビ番組に興味がない、などと書いておいて何ですが、本日の”プロジェクトX”は「海に橋を架ける」と題し、副題に四国の夢・瀬戸大橋というもので、つい見入ってしまいました。
 青函トンネルともども、何かと批判の対象になる大土木工事ですが、本四架橋が紫雲丸事故の、また、青函トンネルが洞爺丸事故の、それぞれ悲劇の大惨事を踏まえて『あのような悲惨な事故を二度と起こすまい』というところから始まったプロジェクトであり、経済効果云々が先にあったわけではない、ということを改めて痛感しました。
 まあ、こんなことをいまさらながら考えさせられたのは、私が四国生まれで小・中・高と四国で育ち、大学生として北海道で過ごしたからでしょう。『橋は常に島の側からのみ熱望される』といった感じの言葉があったかと思いますが、まさに至言と思います。
2001.1.26(Fri.)
 何やら、愛媛FCがJFLに加盟申請をしたそうです。故郷のチームですので、これも応援しようとは思いますが、正月の全国社会人大会(?)の結果(予選リーグ敗退)からすると、ちっと厳しいかな?まあ、すぐにJ2に上がりたい、とかいうことではないと思いますが...
 一方、コンサドーレは歩くスキーを利用したトレーニングを実施とか。今年は雪合戦はさすがにやらないんでしょうねえ。
2001.1.22(Mon.)
 土・日とWestin Banyan Treeに泊まりに行ってきました。前回とは異なり、通常の部屋(41Fの禁煙フロア)でしたが、内装がExective Floorに比べて簡素かなあ、という程度でした。やっぱり、ここは広いし、割とお値打ち感のあるホテルと思います。

 愛媛新聞のウェブサイトで読んだ、本日の記事からですが、別子山村で「するなら新居浜会」というのが近々発足するのだそうです。これが何かというと、市町村合併にあたり別子山村が新居浜市と合併するか、あるいは宇摩郡の広域合併に参加するか、という問題です。
 個人的には、別子山村は行政区域こそ宇摩郡ですが、別子銅山開設以来の歴史を見ても経済的には新居浜市とのつながりが深いですし、むしろそれが当然かなあ、という気がします。別子山村から新居浜市へ抜ける自動車道路の開通こそ最近ですから、それまでの道路交通は伊予三島市を経由せざるを得なかったにせよ(今も残っているかどうか知りませんが、路線バスはその経路)、別子銅山閉山前は鉱山鉄道が輸送の任を果たしていたわけですし。
 まあ、宇摩郡側(というか、主に伊予三島市)としては人口300人弱の別子山村がどちらと合併するのか、それこそメンツの問題になるのでしょうけど。
 ただし、別子山村自体は地方交付税の関係もあり、そもそも合併に消極的である、という話を何かで読んだ覚えがあります。さて、どうなりますかねえ?
2001.1.20(Sat.)
 もう日が変わったので昨日のことですが、あまりにもなカミさんの迷言があったので記録しておきます。
 ”一年の計は減反にあり”
 ...まるでどこぞの官庁が言いそうなことに聞こえてしまいました。

 近況報告関係で画像が増えたりしたのでディレクトリ内がぐちゃぐちゃしてきました。この際ですから、古い記載を訂正したり削除したり、アンカーを打ってみたり、ちょっと手を入れようと思っていますが、さていつできますかねえ?

 アンカーとディレクトリ整理は案外とあっさりできましたが、ファイル名変えたりするのは面倒でしょうから、どうしようかなあ。まあ、ディレクトリそのものはすっきりしたのですが、ファイル名が相変わらず(特に理紗子の画像)なので、う〜む。
2001.1.4(Thu.)
 まずは新年明けましておめでとうございます。
 年末年始はチャアム(Cha-am)という、バンコクから200kmほど離れたリゾートで過ごしてきました。本来ならば優雅に21世紀へのカウントダウンを迎えるはず、だったのですが、まず理紗子が発熱し、それが治ったかと思うと私が風邪を引くというテイタラクで、なかなか思うようには行きません。大晦日に企画されたガラディナーでのカウントダウンにも参加できずじまいでした。
 宿泊したのはThe Regent Cha-amというホテルで、部屋はガーデンビューの普通の部屋でしたが、さすがにリゾート地らしく、敷地内の建物はゆったりと配置されていましたし、プールなどの設備もまずまずでした。難点を言えば、レストランが数はあってもタイ料理と西洋料理(一応、グリルとかイタリア料理とかありましたが)と、あとその折衷型のもの(コーヒーショップ含む)しかなかったことでしょうか。日本料理とは言わないまでも、中華料理でもあればかなりバリエーションが増えていいのになあ、と思いました。
 まあ、何より驚いたのは、同じホテルに同じアパートから私たち以外に3世帯が滞在していたことでしょうか。全部埋まっても30世帯、確か1つか2つは空きがありましたから相当な高確率です。
 お約束(?)の理紗子の画像だけは撮影してきました。象とカミさんと理紗子(2001.1.1(Mon.)撮影)、部屋でくつろぐ(?)理紗子(2001.1.1(Mon.)撮影)、プールサイドの理紗子(2001.1.2(Tue.)撮影)です。
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