想像していたのよりも遥かに逞しく、だけどしっかりしなやかな感触────。触れた部分から伝

わってくる澤村の感触を希理子はそう感じていた。

 もうあの白い『何か』の正体がわかったのだから手を離さなければならないとはわかってはいるの

だが、その感触から与えられる気持ちよさに何だかそれが実行出来ない。

 自分よりちょうど一回りほど大きな、平均男子にしては大きめ、だけどバスケプレイヤーとしては

小柄ですらある2年も年下の後輩は以前から痩せ過ぎだとは思っていたが、こうやって直に触れあっ

てみるとそれは病的なものではないかと心配になってしまう程無駄な贅肉一つついてはいなかった。

そのことは練習中などによく人前で上半身裸になったりするその姿を見てそうだろうとは予測はして

いたがここまでとは思わなかった。

 一見華奢すぎてたくましさなど感じないのにだけどしっかりとした力強いその感触───洗った髪

や、全身からも伝わってくる確かなオスの匂いに希理子は思わず恍惚となる。

 直接肌と肌が触れあっている部分からは若さゆえの張りのある滑らかさが伝えられ、それが向かい

合ったままであることによってますます熱がこもっていく瞳と同様に微かに熱を帯びて汗ばんでいく

のがわかった。だけどその感触すらイヤではない。

 もともと他人との直接的な、肌と肌が触れあうような接触が大嫌いな、少し潔癖性な気がある希理

子だが澤村の身体から伝わってくるその本来なら不愉快だと感じるはずの感触も、その自分自身を視

姦するその視線すらまったくもってイヤではない。普段なら男達が自分に向けるその欲望に満ちた瞳

に女に生まれた優越感よりも女に生まれてしまったその屈辱に苛まれるところだが、それどころかも

っと感じたい、もっと見て欲しいと思ってしまう。

 そんなことを思わず無意識に考えてしまっていた希理子の背を澤村がその熱を帯びた瞳のままで、

そこにまわしていた手をほんの少しだけ動かした。ゆっくりと───でも確かに、布越しの肌の上を

滑らせるように────貪るように。

 その次の瞬間、希理子は思わずびくりと震わせた。

「…!」

 澤村の指先が自分のつけていたブラジャーのところで引っ掛かったのを感じたからだ。その瞬間に

これまでゆっくりとわき上がってきていた甘い快感が一気に身体中を突き抜け、まるで電流が走った

かのように自分を大きく突き動かした。それに堪えきれず、希理子は小さく身体を震わせてしまった

のだ。

 そのことを───自分の中にある淫らな欲望を澤村に知られてしまったのではないかと思って、思

わず恥ずかしさのあまり見つめてしまった澤村の瞳の中に希理子はこれまで2人の間では決してあり

えなかった関係が表に現れてきているのを確認した。

 すなわち、メスである自分とオスである澤村───互いを貪りあうことが運命付けられた淫らで罪

深いエデンの子供達───そんな愚かで、だけど一番自然かもしれない関係を。

 そんな中、澤村の焼けた肌から更に強くただよってくるオスの薫りに希理子は客観的にどうして澤

村が女にモテるのかを考えていた。おそらく澤村にとっては当然の属性の───所詮メスでしかない

存在である女を惹き付けてやまない野生の薫りが全身からただよってきている。

 その上見た目が中性的なまでに洗練された容貌であるために、それがかえってアンバランス差を生

み出してそれがたまらぬ魅力となって女を惹き付け、そして虜にしてしまうのだと希理子は自分の中

に残されていた冷静な部分でそう判断を下していた。

 だけど自分が惹き付けられたのはそんな見た目でも、いわばフェロモンとでもいうべき澤村からた

だようそのオスの薫りでもない。その『目』だ───研ぎすまされた鏡のような『目』だ。

 自分を捕らえ、そして現在自分の腕の中にいる、世界でたった1人、これまでどれほど多くの男に

愛され求められても全然心が動かされることがなかった自分を虜にしてしまった後輩であるこの男の

その目に囚われながら、希理子はどうしてこの男にしか自分が反応しえなかったのかを思い返してい

た。

 そもそも初めて会った時から澤村は特別だった。第一印象から最悪でこれから当分の間こんなガキ

と付き合っていかなければならないのかと真剣に澤村を引きづりこんできた桜井を呪った程、希理子

にとって澤村の存在は不愉快なものだった。

 だけどその当時から澤村は特別だった。希理子は『イヤなガキ』でも『イヤな人間』でもなく『イ

ヤな澤村』だった。

 言葉では表現しにくいが、とにかくこれまで希理子が接してきたありとあらゆる人間の中でも澤村

は特別限定警戒人物として認定せざるを得ない程『特別』に澤村のことが不愉快だった。

 しばらくしてからそのわけを知ることになるのだが、澤村自身は無意識なのだろうが誰かを見た

り、その人と話をしたりするときまず値踏みをしているようなところがあった。自分にとってその相

手が必要なのかそうでないか判断し、そしてそうではないとわかると意識的に切り捨てているところ

があった。

 誰しもそういう行動をするものだとはわかっていたが、出会って早々、まだ満足に挨拶さえしてい

ない相手に対してもその相手が自分と接するまでにするわずかな言動の中から判断材料を見い出し、

そしてその価値を定めてしまっているところがあった。

 希理子にはそれが許せなかった。人間一遍通りのことではわからない。何も自分のことを愛せなど

いうつもりはさらさらなかったが、いきなり自分のことを切り捨てようとしたその態度が許せなかっ

た。

 あとから澤村の複雑な家庭環境、そしてここ数年間の生活を知り、澤村がそうなってしまったわけ

───1人で生きていかなければならなくなった自分を守る為にその相手を敵か否か判断しておかな

ければならなかったのだと知ったのだが、そうとはわかってもその態度が許せなかった。

 無条件で誰も彼もを味方と思えなどとはいうつもりはさらさらないが、ほんの少しでも親愛のカケ

ラを持って接しようとしている人間に対してさえそういう態度を崩さないそのことが許せなかった。

 だけど部の一員として付き合っているうちにだんだんそれが和らいでいくのがわかった。ハッキリ

言ってお人好しの集団であるバスケ部の面々と付き合っているうちに澤村の中の何かが変わっていっ

てるのを感じた。

 まあそれでも自分を先輩と敬わないその態度は気に入らなかったし、生意気だと思っていたので不

愉快なことには変わりなかったが、男が無意識に下と見下している『女』としてでなく、対等な人間

として自分のことを判断して接してくれているのではあるとわかってきたからだんだんそれも薄らい

でいた。

 だけど最後の最後まで不愉快さは消えなかった。後から考えるとそれが無意識のうちに自分が澤村

に執着していたことの表れだとわかったのだが、澤村の瞳に映る自分の姿がどうしても嫌いだった。

その目で見られていることが不愉快だった。

 澤村の目はまるで銀の鏡のようだった。その前に立てば映りこんだ人間の本質を表すという真実の

鏡のようだった。

 希理子には自分が自分でありたいと思っているほど強くなりきれていない自覚があった。いつかそ

こにたどり着いてみせるとは誓っていても、それでもまだ到達出来ていないことは自分が一番よく知

っていた。でもそのことは認めたくなかった。決して他人から指摘などされたくなかった。

 だからどこか完璧でない自分の姿が澤村の瞳に映っているのを見るたび不愉快になった。半分無理

をしている自分を見すかされているようで、そのうえ余裕綽々で先輩を先輩とも思わぬ態度で接して

くるそのことと合わせて自分が内心バカにされているのではないかと思っていた。

 だがそれは自分の勝手な思い込みだった。澤村の瞳はいつも真実を映してはいた。だけど澤村は─

──自分のことを敬わないこの男は決してそんなことなどしていなかったのだとわかった。

 それがわかったのはインターハイ最終日、金北との試合に負けた時のことだった。

 澤村は人前で言っていることとは裏腹に誰よりも責任感も強く結構無理をするところがあった。自

分はそのことをよく知っていたはずだった。予選での鵜の原戦の時だって無理をしてぶっ倒れてしま

ったことがあったからだ。だからインターハイではそんなことは絶対させないとマネージャーとし

て、3年である自分の最後の仕事の一環としてそう誓っていた。

 なのに現実は左ひじを負傷しても無理してプレイし続けた澤村が崩れ落ちる寸前までそのことに気

づけなかった。悔しかった。みじめだった。自分は何の為にベンチにいたのだろうとほぞを噛む想い

だった。

 そんな希理子の前に治療を終えた澤村がやってきた。そして想いもかけない言葉を口にしたのだ。

『無茶しねぇって約束やぶって悪かったな』

 ───どうしてそんなことを澤村が言ったのか一瞬わからなかったが、すぐにそれは鵜の原戦のあ

とに交わした会話をさしたものだと思い当たった。心配と迷惑をかけたと思ったらしい澤村が珍しく

しおらしい態度で頭を下げてきたことがあったのだ。そのとき澤村はもう2度のそんな無茶をしない

と誓い、そしてそれに対して自分はそんなバカな暴走は食い止めてみせると断言したのだ。

 それなのに自分はその約束を守れなかった。あの時、どれだけ暴走したって止めてみせると誓った

のに、舌の根も渇いてないような短い間で、自分はその約束を守れなかったのだ。

『……バカやろう、ホントだよ』

 あやまらなければいけないのは自分の方だった。なのに口から出るのはそんな憎まれ口ばかりで、

ますます自分が情けなかった。話す為に見上げた澤村の瞳に映り込んだそんな自分の姿を見て自分を

消え去りたい気持ちになった。

 思わず涙がこぼれた。

『───今日はドンチャンだな』

 そんな自分に澤村はそっと手をのばした───正確にはその指先を。

『東京かえったら当分喰うのもやっとだろうから喰いダメしとくか』

 まったく何の脈絡もない言葉を口にしながら澤村はその伸ばした指先で頬を伝い落ちようとする涙

をそっと拭った。

『何しろカネねぇからよ』

 そういって苦笑してみせると澤村は成瀬や他の1年の集団の方に合流していった。その時やっと澤

村という人間の本質を見たような気がした。他の誰にもわからないかも知れないけれど、自分にはや

っとわかったような気がした。

 何も澤村は自分を慰める為に涙を拭ったのではない。自分が澤村にそんな姿を見せたくないという

ことを知っていたから───見せたくないと思っていることを知っていたからそうやって涙を拭うこ

とで泣いた事実を拭いさってくれたのだ。

 事実、犬猿の仲ともいえる自分達なのに澤村は誰にも自分が泣いたことを───試合に負けてさえ

涙を流さなかった自分が泣いてしまったことを誰にも話してはいなかった。

 なんて優しさだろうと思った。

 澤村にはもろい部分がある。自分を守る為にまず相手を分類してしまうそんな癖があるくらい、弱

くもろい部分がある。だけどそれがあるから澤村は優しい。同情とは違う次元で人間の弱さがわかる

から本当に助けが必要な時にはそれをごく自然に示してくれる。

 それがわかると澤村の瞳に映る自分がイヤではなくなった。イヤどころかその瞳に映っていたい─

──そしていざという時には今度は自分が澤村の示してくれた優しさを示しかえしてあげたい、そう

思うようになった。

 気がつくと澤村のことを愛していた。

 だからこの腕を離したくなかった。今澤村の瞳に映っているのは自分だけで、そして自分だけがそ

の瞳を覗き込むことが出来るからこの腕を離したくなかった。

 だけどその想いが叶えられないことを自覚もしていた。希理子が会った当初澤村に対してこれ以上

なく警戒してしまっていたように、自分でも普通の人間とはかなり違うという意識がある自分自身の

ことを澤村が嫌っているということを知っていたから、だからこれが最後なのだとわかっていた。

 今、澤村は自分を求めている───『女』としてそれぐらいはわかる。その理由が夏だからでも、

直接接触してしまっているからでも、ただ飢えているからでももうどうでも良かった。

 今しかない───そう思った。後からどれだけバカなことをしたと後悔するかわかっていても、そ

れでも一瞬が欲しかった。澤村の瞳を独占出来る、そんな『一瞬』が───。

 だからどんな大胆なことでも言える───出来る気がした。

「───せっかくなのにさ、あんたへのプレゼント何も用意してないよ」

 希理子の突然の言葉に澤村は少し驚いたようだった。

「なっ、何だよ、知ってたら何かくれるつもりだったとでも言うのかよ……」

 日頃の関係では仕方がないが、澤村はどこかその言葉を警戒しているようだった。

「……あっ、うん……だからさ、知っちまったからなんだけど、欲しいっていうんだったらさ、あげ

てもいいかなって思ってさ……」

 希理子は自分でもなんだか卑怯な言い種だと思って、その為か言葉が上手く滑りでてはくれなかっ

た。

「へぇ、何をくれるってんだ?」

 そのことを澤村も不信に思ったのかその瞳で真意を探ろうと希理子の瞳を覗き込んできた。

「……『あたし』」

「……はぁ?」

 言ってしまってから希理子に恥ずかしさが込み上げてきた。だけどやはり唐突すぎたその言葉に澤

村は面喰らったようだった。

「……だから『あたし』って言ってるんだよ!……」

 言い直しながら希理子は自分がこれ以上ない程真っ赤になっているのがわかった。身体中熱くて熱

くて仕方がない。自分から言っておいてなんだが逃げ出したくて仕方がなかった。

 だけどそれに対してやはり相応の答えが返ってきた。

「───……冗談、だろ……?」

 澤村の声は震えていた。

「何で、てめぇがそんなこと言い出すんだ?……」

 その声同様に瞳も確かに揺れていた。

「お前は俺のことなんざ嫌いなハズだろ?───大ッ嫌いなハズだろ……?!」

 当然の答えだった。これ以上ない完璧な拒絶───わかり切っていたはずなのにそれでも胸が痛ん

だ。

「……ハハハ、そうだよ……そのとおり、だよ………」

 声が、震えた。

「……あんまりあんたに可愛げがないから、大人の女としてからかってやろうと思ったんだよ……」

 可愛い女を演じたいなら泣けばいい───だけど希理子には出来なかった。こんなときでも高すぎ

る希理子自身のプライドが許さない。

 だから懸命に声と表情が震えるのを押さえながら、希理子は言ってしまった言葉に合わせたいつも

のからかうような笑みを浮かべようとした。

 だがそれは自分でもハッキリわかる程ぎこちなく、『笑えてない』とすぐにわかったようだった。

 だけどもうこれ以上見られていたくなかった。澤村に見られたくなかった───その瞳に映るみじ

めな自分を見たくなかった。そう思って思わず背をそむけた。

「……ただの、冗談だよ」

 自分から離してしまった腕───そして望みだったというのにその瞬間、希理子は闇の中に独り取

り残されたような気がしていた。

 だけどそれを悟らせるわけにはいかないので最後の気力を振り絞って足を一歩踏み出した。澤村が

してくれたように何もかもをウソにするために、希理子は自分の出来る精一杯で足を踏み出した。

「───……?!」

 だけどそれはかなわなかった。

「……いるかよ」

 希理子の背後というよりも、その後ろ耳のすぐ側で澤村が小さく、だけどハッキリと言い切ってい

た。

「俺は『男』だぜ?ガキよろしくたとえ自分自身からでもヒトから与えられた女をおいそれといただ

いてたまるかよ」

 そう言う澤村の腕はしっかりと後ろから希理子の身体を抱きしめていた。

「だからだたのじょうだ…───!!」

 その瞬間、冗談だって言ってるだろ?────そう言おうとした希理子の言葉は澤村によってさえ

ぎられていた。

 信じ、られなかった。

 たっぷり数秒の間、身動き一つ出来ずに固まってしまった身体を、澤村は言葉を封じ込める為に互

いの身体の一部を同じパーツ同士で接触させたままでゆっくりと、だがいささか強引に自分の方に向

きを変えさせると、ほんの少しだけ顔を離して、真正面から希理子の瞳を見つめながらきっぱりと言

い切った。

「俺は男なんだからよ、本当に欲しいモンは自分の力で手に入れるんだよ───じゃないと意味ねぇ

だろ?!」

 そう言っていつものように自信に満ちたからかうような笑みを浮かべると、こぼれ落ちそうな涙を

浮かべたまま目を見開いて固まってしまっている希理子の唇にもう一度己のそれを押し当てた。

 ついばむような、それでいて確かにその存在を受け入れさせるような優しくて甘くて激しいキス─

──。

「───バカ」

 数秒───いや数十秒の間、その洗礼を受けながら希理子はやっとのことで澤村の言葉に秘められ

た意味を理解し終えてそうつぶやいた。

「あたしはモノじゃないんだよ?!勝手に手に入れられてたまるかい!」

 その言葉と共に目の淵ギリギリで留まっていた涙の粒がぽろりと伝って砂を濡らした。受け入れら

れないと思った想いの結末が思わぬ方向へ進んだその事実が希理子に幸福の涙を流させていた。

 その様子とその言葉に半分まだ希理子の唇と重ね合わせたまま見ていた澤村はニヤリと笑うとどこ

か満足そうな言葉で返答した。

「そりゃそうだ」

 その言葉の余韻も消え去らぬうちに再び澤村の唇は完全に希理子のそれと重ね合わされた。

 そしてその澤村の激しく自分を求めるその口付けや腕や身体のその力強さに希理子は澤村の身体に

すがりついた。どれほど重ねあっても足りないのか、貪欲に自分のすべてを求めてくる澤村の愛情の

激しさに希理子はせまりくる快感に堪え、そしてそれを与えてもらえる嬉しさに恍惚と酔った。

 澤村の瞳に映る淫らな自分の姿に希理子は恥ずかしさを覚えながらも、それでも澤村がそんな希理

子をますます愛おしそうに求めてくる、どんな小さな動きでも見逃さないような鋭い瞳で見つめてく

るそのことに希理子はますます高みに追い詰められた。

 だけどそんな中、一瞬澤村の愛撫の手が止まった。

「……さわむら?」

「何でもねぇ」

 やはりどこか不安か不満があるのかと思って希理子がそう声を掛けると、澤村は即座に頭を振って

再び唇を重ねあわせた。

 そこからますます激しくなる愛撫───初めてたどり着こうとする快感に希理子は何度も澤村の名

を呼んだ。あまりの快楽にそれが現実かどうかわからなくなって、だから本当なのか確かめたくて何

度も何度もその名を呼んだ。そしてそんな希理子に澤村は何度も何度も優しく激しいキスをした。希

理子と同じように澤村も希理子の名を何度も何度も口にした。

 そしてやがて向かえた絶頂の中、希理子は澤村の瞳の中に本当に幸せそうな自分を見た───そし

て同じように満ち足りた表情をした誰より愛しい男を見た。最高の、悦楽だった。

 だけどこの男、いつから自分のことを愛してくれていたんだろ?───甘い死の中におちていきな

がら過ったその疑問に希理子は内心首をかしげた。

「希理子……」

 だけど荒い息の中、満足げに───何より愛おしげに囁かれた自分の名に希理子はその疑問が一瞬

で霧散していくのを感じた。

 今ここでこうやって自分は誰より愛しい男の腕の中にいる───そのことだけで充分だった。いつ

かそのことについて聞く時も、わかる時も来るだろう。 


 

 とりあえず今はこの男が与えてくれた甘い微睡みの中に思う存分溺れることにした。




   

    

                                  FIN
                                 

  
  

    

 あとがきを読む

やっぱり 彼の気持ちにもなりたい 

  文字工房実験室
  index へ     メール