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夜のカーニバル(5)

☆ 空中ブランコ

 子供たちがざわざわする中、あかりがまた暗くなってきました。今度は何が始まるのでしょう。向こうがぼんやりと見えるくらいの暗さになって、突然3つの光の筋がテントの上のほうを照らし出しました。その光の交わる高い、たかいところに足台があり、そこに男の人が立っています。その人はみんなに手を振ったかと思うと、突然足台から飛び降りました。みんながはっと息を止めると、その人は空中をすべるようにあがっていきます。

「あれ…?」

 ゆるやかにスピードが落ちて、その人は足をこぐようにしてそのまま後ろ向きに戻っていきます。あれはみんながよく知っている動き方です。

「ブランコ!」

「空中ブランコだ!」

 またゆるやかにスピードが落ちて、その人は大きく足を後ろに振りのばします。そして勢いをつけてまた前へ落ちていきます。光を受けて、赤い衣装がきらきらと光ります。

「スパンコール…きれい」

 となりの女の子がうっとりしたようにつぶやきます。いおりは服のことよりも、あんなに高いところで手だけでぶら下がってやっているのがすごいと思います。すごくこわそうですが、とてもおもしろそうです。見ているうちに光のすじがまた増えました。男の人の動きに合わせて動いている3本と、動かない3本。今度の光は離れたところにあるもうひとつの足台を照らしています。そこには青くきらきらと光る服を着た女の人が立っています。

 女の人は軽くトンと飛び上がって、ブランコをつかんだままきれいな弧をかいていきます。光は二人を追って動いていきます。二人がいちばん近づいたときに、突然二人とも手を離してしまいました。二人は勢いのままに飛んで、それぞれ相手のつかんでいたブランコをつかんで離れていきます。子供たちはどよめきます。いおりも思わず叫びました。

「すごい!」

「息が合ってるんだね」

 隣の男の子は妙に落ち着いています。いおりが思わず顔を見ると、男の子はもう上を見上げています。

「逆立ちだ」

 いおりが顔をあげると、その通りでした。男の人がブランコに両足をかけて、頭を下にぶら下がっています。また二人のブランコが近づいたときに、女の人がまた手を離しました。空中にとんだ女の人の両手を、男の人ががっしりとつかまえて、二人でつながったまま戻っていきます。そしてそのまま戻ってきたところで、男の人が女の人の手を離します。

「きゃー」

 場内に悲鳴が起こります。空中に投げ出された女の人は、ちょうど戻ってきた自分のブランコをしっかりとつかみ、優雅に空中をすべっていきます。

「ほんとにきれいねえ」

 女の子がほうっとため息をつきながら言います。いおりが顔を見ると、女の子はずっと上を見ています。ブランコの二人はそのままひやっとするようなことをしながら、ずっと空中を揺れています。男の子がつぶやきます。

「手がとどかなかったら、って怖くないのかな」

「長いこと、ずーっとなのよ」

 女の子がつぶやきます。

「毎日、毎日一緒に練習してるから」

「毎日、毎日ね」

「一緒にやることが当たり前になって、それでも毎日繰り返して」

「ずっと、ね」

「だからお互いを信じていけるんでしょ」

「相手が自分の手をとってくれることを」

「それだけじゃなくて」

「手を離した相手が、ちゃんと自分のブランコをつかまえることを」

 女の子はうなづいて、男の子の顔を見ました。

「だからあんなにすてきなことができるんでしょ」

 男の子はうなづきました。それをみた女の子も、また顔を上に向けます。男の人の手から離れた女の人は、空中でくるくると何回も回ってから手を伸ばします。その手はしっかりとまた自分のブランコをつかんでいます。大きく振れて戻ってきた女の人は、両足をブランコにかけています。さかさまのまま女の人はブランコにかけた足をゆるめて、空中に飛び出しました。女の人の伸ばした手の先には、男の人が手を伸ばしています。ふたりはしっかりと手を握り合い、そのまま大きく振れました。みごとに手をつないだふたりがゆれつづけるのを見て、こどもたちはいっぱい拍手をしました。



 ふたりがゆれつづけているあいだに、あかりが暗くなっていき、またまっくらになりました。こどもたちがザワザワしていると、舞台のまんなかに光があたりました。するとそこに、はじまりの時とおなじ、すらりと背の高い男の人が立っていました。

「みなさま、おしまいまでおつきあいいただき、まことにありがとうございます。きょうのカーニバルはこれですべておしまいです。楽しいことはすべていつか終わります。でも、終わるということは、またいつか始まるということなのです。みなさま、ごきげんよう。またいつかお会いできることを、こころより願っております。ごきげんよう、みなさま。」

 男の人は深くおじぎをして、幕の中に消えていきました。

 始めとおなじように、テントのなかは昼間のように明るくなりました。こどもたちは夢からさめたように、みんな立ちあがりました。あくびをしている子がいます。空中ブランコがすごかったことを、まわりの子とワイワイ話している子がいます。まだずうっと舞台を見つづけている子がいます。でも、カーニバルはたしかに終わったのです。みんなテントの外にでて、家に帰りはじめています。いおりはとなりの男の子と女の子を見ました。ふたりもいおりを見ていました。

「おもしろかったね」

「そうだね...」

「すごかったよね」

「すてきだったわ...」

「...あのさ、」

 いおりは言いました。

「きみたち、どこの子だっけ。ぼく、どうしても思いだせないんだ...」

 男の子はひっそりと笑いました。女の子はやさしく微笑みました。

「また、このカーニバルで会おうよ。」

「また一緒に見ましょうね、いおりくん...」

 ふたりは一緒にそう言って、テントの外に走りだしていきました。いおりは慌ててふたりのあとを追いかけました。

 走り出たテントの外はまっくらでした。来たときとおなじ、ふかい闇と静けさがあたりをつつんでいます。ふたりはもういませんでした。そして何よりふしぎなのは、出ていったほかのこどもたちがひとりもあたりにいないことです。もうみんな、うちに帰ってしまったのでしょうか。

 いおりはうしろをふりかえりました。カーニバルのテントからは明るい光が洩れています。いおりはまたもどりたくなりました。明るいテントの中に。

 でも、もどって何になるでしょう。あのふたりはもういません。ほかの子も、もうみんな帰ってしまったでしょう。テントのなかは明るいけど、カーニバルはもう終わってしまったのですから。いおりは走りだしました。あたたかい闇のほうに。おとうさんとおかあさんが待っている、あたたかいうちがあるほうに。いおりはどんどん、どんどん走っていきます。



 次の日、おかあさんはいおりの服がだしっぱなしになっているのみて、首をかしげます。

「かたづけたはずなんだけど...」

 それからなかなか起きてこない、ねぼすけのいおりを起こそうと、2階にあがります。いおりはゆりおこされると、

「...カーニバル...だよ...」

 といって、また寝てしまいます。

「また、いっしょに見ましょうね。」

 おかあさんは言ってしまい、びっくりします。

「わたし、なにを言ったのかしら。カーニバルなんて行ってもないのに...」

 ちょっと考え込んでしまいます。でも、なんとなくやさしい気持になっていおりの頭をなでてあげます。

「ま、いいわ。もう少しねかしといてあげましょ。」

 それからそっとへやを出て、ごはんのしたくをするために、階段を下りていきました。

おしまい

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