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夜のカーニバル(2)


 つぎは何が出てくるのでしょうか。こどもたちは、どきどきしながら待っています。すると、幕の向こうで、大きな動物がうごく気配がしました。こどもたちが、ハッと息をのむと、それに応えるように、かんだかい雄叫びがテントをゆるがしました。

 「ゾウだ!!!」

 ゾウの雄叫びに負けない大きな歓声です。幕を割って、大きなゾウがすがたを現わしました。つづいて1頭、もう1頭出てきました。3頭のゾウが舞台にならんで立ちあがり、長いはなをふりあげて、大きなぼうしを上げてあいさつをしました。

 「あっ!ひとがいる!」

 と、だれかが叫びました。ほんとうに、まんなかのゾウのせなかに、ちいさい女の子がのっています。女の子は、ゾウのせなかの上にたちあがると、幼稚園の先生がつかうような、ちいさな笛をふきました。

 「ピッ!」すると、ゾウたちはまえの足をあげ、うしろの足だけでたちあがりました。

 「ピーッ!」ゾウたちはまえの足をおろしました。

 「ピピッ!」ゾウたちはうしろの足をあげ、まえの足だけでさかだちをしました。

 「ピーッ!」ゾウたちはうしろの足をおろしました。

 「ピリピリピリーッ!」

 ゾウたちは舞台の外がわをゆっくりとまわりはじめました。あのちいさい女の子が、じぶんの何倍もあるゾウたちを、ちいさな笛だけであやつっているのです。こどもたちはびっくりしています。ゾウたちはまた舞台にならびました。

 「あ、ボールだ」

 誰かが叫びました。見るとピエロたちが、自分よりも大きいボールを、うんうん言いながら押してきます。

 「どうするんだろ」

 「サッカーだよ」

 「こんなにせまいのに?」

 ピエロたちは、とうとうゾウたちの前までボールを押してきました。すると女の子がゾウの背中からひらりと飛び降り、ゾウたちの前に立ちました。体にぴったりした、キラキラひかる服を着ています。

 「きれいねえ」

 となりの女の子がうっとりしたように言いました。

 ゾウからおりた女の子は、また笛をふきました。

 「ピッピッピリピーッ!」

 ゾウたちは自分の前のボールに、片方のまえあしを置きました。

 「ピリッピッピリピーッ!」

 ゾウたちはもう片方のまえあしを、自分の前のボールに置きました。こどもたちはみんな、息をのんでいます。

 「ピリピリピリピーッ!」

 ゾウたちはうしろあしを両方ともあげてしまいました。そしてそのまま、舞台のうえを、ボールにのったまま、そろそろとまわりはじめました。

 「すごーい!すごーい!」

 こどもたちの大拍手がまきおこりました。ゾウたちはボールにのったまま、舞台のうえを一周してしまいました。

 「ピーッ!」

 女の子の笛がひびきわたり、ゾウたちはゆっくりとボールからおりました。女の子はさっそうと舞台の中央に進みでて、ふかくおじぎをしました。ゾウたちも、まえあしのひざをまげて、おじぎをしました。ゾウ使いの女の子はまたゾウのはなに足をかけ、ゾウのせなかにするりとのぼり、こどもたちの拍手のなか、ゾウたちといっしょに、舞台のうしろがわの幕の中に消えていきました。ゾウたちが幕のなかに入っていくのといっしょに、また電気がすこしずつ暗くなってきて、気がつくと、また真っ暗になっていました。みんながザワザワしていると、少しかなしい音楽がながれてきました。



 フッとちいさな電気がともり、サーカスのテントの、高いてんじょうのほうがボンヤリと照らし出されました。よくみると、その高い高いてんじょうのあたりに、ながい棒をもった人がういています。いやいや、目をこすってよく見ると、ほそいヒモのうえに立っているようです。あんな高いところで、たった1本のひもに!そのひとは、ヒモの上を歩き始めました。ほそいヒモの上を、まるでふつうの道を歩くように歩いていくのです。

 こどもたちは声をだすのも忘れ、口をポカンとあけて、高い高いところを、ひとりきりで散歩しているそのひとを見みつめていました。そのひとはゆっくりと歩きまわり、やがて光の届かない、やみのなかへ進んでいってしまいました。こどもたちはじーっとてんじょうを見上げていました。しばらくしてやっとぱちぱちと拍手がおこりましたが、ゾウたちの時とはうってかわって、心細そうな、すこし元気のない拍手でした。

 電気がまたあかるくなったとき、伊織は、ふと、うしろのほうを見てしまいました。すると、やっぱり空いている席があって、どうもさびしい感じがするのです。

 「ねえ、あのうしろのほうのさ、だれもすわってないところがあるでしょ。あそこって、なんだか少しこわくない?」

 伊織は、となりの男の子にいいました。

 「すこし、さびしいね」

 男の子はいいました。

 「あそこは、もう来なくなった人がいたところだからなのよ」

 と女の子がいいました。

 「もう来なくなった人?」

 「ええ。来たくなくなったか、道をわすれちゃったか、とにかく、前は来てて、来なくなっちゃった人がね。だから、あそこはさびしいの」

 「ふうん…」

 伊織は、なんとなく、さびしい気持ちになりました。

続きます...

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