沖縄三昧紀行
第3回 臼井光昭

  ドライブインで今晩の宿を探す。携帯電話で幾つか民宿を当たってみたが、どこも一杯でようやく辺土名に民宿を見つける事ができた。午後4時を回っていたので直ぐに出発した。駐車場を出て直ぐの所に茅打ちバンタという標識が出ていたが、バンタとは崖の方言で束ねた茅を高さ70メートル程の崖から投げると強風で吹き上げられバラバラになってしまう所だと聞いて見たことにする。中学生だったとき結婚してハワイに新婚旅行に行った教師が、強風が吹き上げる崖があって、人間でも吹き上げてしまう凄い所だと言っていたことを思い出す。そんな事を考えている間も車はヤンバルの森を左手に見ながら海岸沿いを走っていった。辺土名は国道を名護方面に数キロ戻ることになるので場所的にはあまり良くないが、ノグチゲラの生息地に近いので明日はそこを通って東に抜けることができる。道は空いていたので直ぐに辺土名に着いてしまった。民宿に入る前にオクマビーチでひと泳ぎすることにする。車を道なりに走らせていくと道の脇に海岸線が見えてきた。適当な所に車を止めて泳ぎたかったが、ビーチに近い最も良い所はJALプライベートリゾートに占領されており、全く入り込む余地がない。仕方ないので諦めようと思ったが、平野が必ず付近に穴場があると言って走らせたので、すべて任せて外の景色を眺めていた。車は最初に走った道に戻り、先程の道を少し走ると直ぐに左折した。その先に地元の人しか分からないような広い資材置き場があった。その道は最初に通過したとき前の車が入っていった所で、不思議なところに入っていくなと思った所だ。早速水着に着替え海に入る。海岸から見ると綺麗だが、白い砂が舞っていて視界はゼロに等しかった。沖縄一ひどいビーチだ。真っ白い砂が煙幕になり目の前にハブクラゲが居ても全く分からない程で、夕暮れも迫っていたしチェックインする時間も来ていたので1時間ほど泳ぎ民宿に向かった。民宿は直ぐに見つかったがアパートのような所で、一人3500円を前払いする。鍵さえ置いていってくれれば何時出ていっても良いと言われたので少し変な気がしたが、確かにタコ部屋のような所で盗むようなものは何もない。ただ煩わしい事を省略したいのだと理解し部屋に入った。部屋にはクーラーが付いているだけで、冷蔵庫すらなくただ寝るだけのスペースがあるだけだった。

 国頭村(クニガミソン)の中心地を見たかったので宿に着いて直ぐに散策に出かけた。銀行があり商店街も道沿いに有ったので間違いなくここが中心だろうが、直ぐに人家は消え亀甲墓(カメコウ)がたくさん並んだところに出くわしてしまった。その裏山に火葬場があり、とても夕方来るところでは無かった。慌てて通り越し川沿いに山に入っていったが、深い緑に覆われ行き止まりになって、しかも暗くなってきたので慌てて宿に戻った。宿に戻ると平野は居なかったが、おそらく風呂に入ってから散策に出かけたのだろう。風呂で体を洗っているときに平野は戻ってきた。夕焼けを撮りに海岸に行っていたらしい。風呂から上がり飯を食べに街に出ると、闇の中で村の若者が数人集まりローラースケートをやっていた。村の中心の道には人が歩き昼間とは打って変わって賑やかになっていた。道沿いに走っていくと車がたくさん止まり繁盛している店が有ったが、ネオンが輝き落ち着きそうもなかったので隣のこじんまりした食堂に入ることにした。客は我々だけでスナックに有るようなフカフカの椅子が不釣合だった。高校生ぐらいの女の子と母親が店で働いていて、あまり愛想を感じないが落ち着いた感じで地元ならではの料理を食べられそうな雰囲気を漂わせていた。俺は沖縄そばが食べたかったが、500円もしたので意外な感じがした。ちゃんぽんと言うメニューが有ったので聞いてみると、野菜炒めを御飯に乗せたものだと言われそれにする。長崎ちゃんぽんを想像していたので、麺を使わないと言われ少し驚く。味は特に特徴も無く、こんなものかなと思いながら食べた。

 帰り際にビールとキュウリ、梅干しを商店で買い、スナックから出てきた酔っ払いを眺めながら宿に戻った。タコ部屋でオリオンビールを飲みながら明日の予定を相談する。普通なら地元の居酒屋に行って飲みながら相談するところだが、はっきりとした疲れは感じなかったが多少疲れていたのだろう、外で飲みたいという気力が全くが湧いて来なかった。明日は日の出前に起き、オクマビーチで満月と日の出を同時に見る事にする。10時頃ビールを飲み終わり、すぐに床に就いた。  次の日は4時30分に目が開く。まだ真っ暗なので布団の上で天井を眺める。ボーッとしているうちに5時になり、平野も起きたので支度をして民宿を出た。外では鶏が盛んに鳴き、月明りが足元を照らしていた。

 車で昨日の夕方泳いだオクマビーチに向かう。十分足らずでビーチに着いてしまった。満月の光が海面に写り、波に揺らめく光から「荒城の月」をイメージしてしまう雰囲気を漂わせている。日の出までまだ時間があるのでコーヒーを入れる。鶏の鳴き声を聞きながら朝日を待った。海岸の空気は暑すぎず寒すぎず丁度良い。コーヒーを啜り、月光の揺らめきを眺める。どのくらい経ったのだろう。水平線が紅くなり、背後の雲もピンク色に染まっていった。月光は衰えず、赤く染まっていく空と月明りに照らされる海が観ているものをその場から離さなかった。

 太陽は観ているものに一瞬の感動を与え、地球に灼熱の光を与え始めた。明るくなってくると小鳥たちが飛び交い、一日が動き始めた。目的の光景を眺め、満足した気持ちでヤンバルの森に向う。森に入ると道に沿って標識が立ち並んでいた。リュウキュウヤマガメに注意、リュウキュウサンショウウオに注意、ヤンバルクイナに注意など、ここは動物たちの世界なのだ。県道を登っていくと、突然平野が車を止めた。ヤンバルクイナが道を横切ったのだ。俺は一瞬信じられなかったが、道路脇の土手の草むらが不自然に揺れているのを見て何かが居ることを実感した。車から降りじっと待ってみたが、草むらから出てこようとしない。道のど真ん中に車を止めてしまったので、平野がゆっくりと車を移動させる。その空きに草むらの揺れが、土手の上の方に少しずつ移動していく。その動きは鶏のように少し動いては止まり、また少し動いては止まると言ったように、ジグザグに動いていった。動きが土手の上に上った時、ヤンバルクイナが姿を現した。スラッと伸びた首、白と黒の縞縞、長く伸びたオレンジ色の嘴、野生をむき出しにしたキリッとした目でこちらを睨み草影に消えていった。僅かな時間だったが、その姿はくっきりと瞳に焼き付いた。

 ヤンバルクイナを見てから慎重に車を走らせる。そこから少し行ったところに鉄柵で区切られた草原のような空間が有り、そこをヤンバルクイナが走り回っているのをまた平野が発見した。今度も車を止め草原をじっと覗き込んだが、逃げてしまったようだ。いくら待っても出てこないので仕方なく車を走らせた。

 山を登り切ったところに安波(アワ)ダムがあった。安波川の上流に作られたダムで早朝だったせいか小鳥が飛び交い、美しい羽の蝶が花の周りを乱舞していた。ノグチゲラの巣の跡もあり、満ち足りた気持になる。

 ダム湖から一気に名護を目指したが道を間違えてしまい、昨日泊まるはずだった安波集落に出てしまった。途中、丸々と太った2メートルぐらいのハブが道に横たわっていた。夕べ車に引かれたのだろう。朝から色々なものを見る事ができ満たされた気持ちで一杯になる。そこからパイナップル畑を縫うように進んでいくと湖に戻ることができた。今度こそ名護を目刺し山を下っていくと、ヤンバルテナガコガネ採取禁止と書かれた看板があったり、米軍基地のゲートがあらわれてくる。そして、僅かに離れたところに沖縄コーヒー豆園の看板が掛かっていた。日本で栽培されたコーヒーを飲みたくなり、販売店に立ち寄ることにした。

 庭の入り口に営業中の看板は立っていたが、真っ白いテーブルの置かれた中庭の奥に有る建物は静まり返っていた。畑の真っ直中に有る空間は朝日に照らされ、庭に咲き乱れる紅いハイビスカスの周りを色とりどりの蝶たちが飛び回っていた。中庭を通り玄関を覗いてみると、入り口のガラス戸は閉ざされカーテンが引かれていた。時間は7時45分。人が住んでいるのか分からないが、平野が呼んでみる。全く音沙汰がないので何回か声をかけていると、中で人が動いたような気配がした。カーテンが開けられガラス戸が開いて、中から男の人が出てきた。俺たちが起こしたのだが、半分諦めていたため予想もしなかったことに戸惑ってしまう。たじろぐ気持を押さえながらコーヒーを飲ませてもらえないか聞いてみると、男の人は風貌とは全く逆で、夕べ暑中見舞いを3時まで書いていて寝坊してしまったと言い訳をしながら椅子を進めてくれた。朝日に照らされた白いテーブルに付き、厚い緑に覆われたデイゴの木を眺める。そして、視界の中を漫ろ歩く蝶の姿を追って、視線を少しずつずらせて行くと、紅いハイビスカスの花を包み込むように光の筋が幾筋も葉影から差し込んでいた。朝の光に飲み込まれ、輪郭がぼやけてしまった紅い塊を無機質な気持ちで眺める。飛んでいく蝶の影がアクセントを付け、不思議世界へ誘ってくれた。

 陶器の触れ合う音が、朝の光りと景色の妙に奪われてしまった意識を現実の世界に引き戻す。白いテーブルに置かれた花柄のカップに黒褐色の液体が注がれ、鉢植えのパイナップルに視線が動いたとき、ウケケケケケケケケケケ〜とけたたましい鳴き声が静寂に支配された空間を震撼させた。「あれはアカショウビンだ。毎日、朝と夕に来て鳴いてる。」マスターは言葉少なに説明して家に入って行った。カップに注がれた液体は沖縄で栽培されたコーヒー豆から抽出された物だ。香りを味わい口に含んだ液体をじっくりと味わう。濃く入れたコーヒーに慣れた口には淡泊で物足りなさを感じてしまう。付け合わせに出されたクラッカーとビスケットを摘み、流れていく充実した時を過ごした。マーマレードがぬられたトーストを運んできたマスターにヤンバルクイナを見たことを言うと、朝か夕方に森に行けば道を横切る所を必ず見れると教えてくれた。他にもデイゴの木の花は5月に葉が全部落ちて咲くことや金武(キン)に行くと米軍の払い下げ品が安く手に入る事、自分はハワイから来たが沖縄は本音とたてまえがはっきりしていて、なかなか家を貸して貰えなかった事など興味深いことを教えてくれた。 百円トーストを食べ御土産に沖縄コーヒーを買い、海上ヘリポート建設で揺れた名護を目指す。

つづく


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