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1 「住所が決まったら絶対連絡くれよな」 「時々は戻ってくるんでしょう。その時は声かけてよね。待ってるから」 「俺のメアド知ってるよな。メールしろよ」 次々と掛けられる別れの言葉に少し鬱陶しくなりがらも、笑顔を保ったまま枢木スザクは頷いた。休日なのにわざわざ空港まで見送りに来てくれた同級生らに、例え内心どう思っていても、それを表に出すほど子供ではない。 今日これから数時間後の便で日本を発つことになっている。旅行ではない。留学でもない。引っ越すのだ。すでに荷物のほどんどは空輸して送ってある。あとはスザク自身が行けば引越しは完了する。 「忘れないでね」 同級生の輪の中から一歩だけ抜け出した女の子がそう告げた。 スザクは頷き、それに応える。 「忘れるわけないよ。本当に今までありがとう」 そう言いながら笑顔を向ければ、彼女の瞳に涙が溢れるのがわかった。大声を出さないだけでもマシか。そんなことを笑顔の裏で内心呟いた。 彼女だった。付き合って数ヶ月だっただろうか。彼女の方から告白してきた。ずっと長い間スザクに片思いをしていたようで、「いいよ」と応えた途端感情が抑えられずに泣き出したのを覚えている。そんなふうにせっかく叶った恋が僅か数ヶ月で終焉を迎えるのは、彼女にとって大ダメージだったのだろう。 引越しのことを伝えた時、派手に泣かれた。これ以上声が出ないんじゃないかと思いほど大声で泣き喚かれた。正直泣きたいのはこっちだよ、とイラついた感情で思っていたら声にも出ていたようで、彼女がハッとした顔でこちらを見ていた。 スザクが引っ越さなければならない理由、それは誰もが口にしなくても知っている。 父親が事故で亡くなったからだ。 だが、それに対しはっきり言ってスザクの感情は冷めていた。 母親はスザクを生んですぐに亡くなり、家族は父と息子だけだったが、残念ながらその親子関係は修復不可能なところまで冷え込んでいた。父親は元日本国首相であり、その生活は多忙を極め、スザクはほとんどお手伝いさんに育てられたようなものだ。現役を引退してからも講演だの何だのと家にいることはなかった。 広い屋敷の中で年に数度顔を合わせるだけの存在。 そんな人をどうやったら家族だと感じることができるんだ、とスザクは思った。父親が死んだ時もそれは変わらなかった。遺体を確認しにいった時ですら、テレビでよく見る元政治家、だとしか思えなかったのである。 父親が亡くなった直後は葬儀に追われ、マスコミの取材に追われ、まともな生活や思考を持つことができなかったが、一ヶ月もたてばそれらの騒々しさも収まり、急に周辺が静かになった。そしてその頃になってやっと今後を考えられる状態になった。 スザクは17歳だ。それは子供ではなかったが、かといって大人でもなかった。大抵のことは自分でなんとかできるが、それでもどうしても大人の手をかりなければならない時もある。スザクは悩んだ。そしてその結果、遥か遠い地ブリタニアにいる藤堂鏡志朗に頼ることにしたのである。 正直日本にはいたくなかった。父親は引退したとはいえ元大物政治家だ。そして枢木家は日本を牛耳る京都六家の一員であり、このまま日本にいればいずれ後を継げと言われるのが目に見えている。また葬儀時の中継に自分がでかでかと映ってしまい、そしてスザク自身の目立つ容姿のためか覚えられ、何かと声を掛けられることが多くなりうんざりしていた。そんな時にスザクのことを一番に心配してくれた藤堂に「ブリタニアに来ないか」と誘われ、一も二もなく頷いたのだった。 藤堂は信頼できる男だった。もともとは父親の親類らしくその縁でスザクとも知り合ったのだが、藤堂が開いている道場にスザクが通っていたため今ではすっかり師弟の間柄でもある。その信頼は名だけである父親よりもずっと深く厚いものだった。数年前に藤堂が武道を世界に広げるためにと日本を飛び出して以来、メールのやり取りだけだったが、彼らの間にある信頼は揺るがなかった。 スザクは自分を囲んでいる同級生の面々を見回した。目を潤ませている彼女も、残念がっている友人たちも、一緒にいてそれなりに楽しかった。けれどどこか彼らの輪に馴染むことができなかったのも、また事実だった。 スザクは手荷物を持ち、皆に言った。 「じゃあそろそろ行くね。本当にありがとう。落ち着いたらまた連絡するよ。それじゃ」 名残惜しむ声に笑顔で別れを告げ、軽快な足取りでスザクは出発ゲートへと足を進めた。搭乗口までに来ることには同級生の顔はすでに彼方へと忘れ去り、スザクはこれから向かうブリタニアへと思いを馳せていた。 十数時間のフライトを経て飛行機を降り、到着ゲートを抜けて空港の外に出れば、濃い空気が自分の身体にまとわりつくのがわかった。日本とは比較にならないほど濃い。しっとりとした空気だ。だがそれはすぐにスザクの身体に馴染み、まるで最初からここにいたような気さえしてくる。 ブリタニアは緑豊かな国だ。今でこそ国土面積はそこそこだがかつては大国として世界のあちこちに植民地を持っていたという。それがある時瓦解し、共和国として生まれ変わったという話だ。その時に色んなことがあったそうだが、残念ながらスザクはそこまでブリタニアの歴史に詳しくはなく、あまりよく知らなかった。 スザクは大きな深呼吸をした。肺に満ちる新鮮な酸素が心地いい。凝り固まった身体を動かし解していると、背後から声をかけられた。後ろを振り向けば父親の葬儀以来久しぶりに会う師匠の姿があった。 「藤堂さん」 再会に満面の笑みを溢れさせながらスザクは、藤堂に駆け寄った。 空港に停めてあった車に乗り込み、二人は久々の再会に言葉が弾んだ。空港から車で約1時間走ったところに藤堂が住む街がある。その間、二人はここ数年にあったことなどをお互いに話した。葬儀の時は忙しくあまり話せなかったのだ。 「どういう街?」 「そうだな、一言で言うなら緑が多いってことだな。あと付け加えるなら、古い街といったところだ」 「古い街?」 「昔は首都だったらしく、古い建物があちらこちらにある。近代的なものもあることはあるが、街の中心は今でもほとんどが古い建物ばかりだ」 「ふーん、そうなんだ」 藤堂の話を聞いてもイマイチピンとこなかったスザクだったが、街に入るとそれがどういうことなのかすぐに理解した。確かに街の中心部のほとんどが中世の街並みのような建物ばかりだったのだ。道路もアスファルトではなくほとんどが石畳だ。 藤堂は、ついでにスザクくんが通うになる高校も見ていこうと言い、車を郊外へと走らせた。街から離れ、両脇を森に囲まれた道を進んだ。しばらくすると急に開けた場所になる。広大な敷地に白い中世の雰囲気を持ちながらも近代的な建物がたっていた。 「ここがスザクくんが通うアッシュフォード学園だ」 「すごい。まるでお城だね」 「言われてみれば確かにそんなふうに見えるな」 藤堂はスザクの言葉に苦笑いしながらも同意した。 「ここの学園は中等部から大学まである。ブリタニアの中でも名門と呼ばれ、全国から集まってくるほどだ。寮暮らしの子も多いが、中には街や自宅から通ってくる子もいる」 スザクは藤堂の説明に顔を引きつらせながら、名門ってと呟いた。 「大丈夫だよスザクくん。この学園の方針は様々な人材を受け入れることにより、多様性を求めているんだ。海外からの転入生は比較的歓迎されている。それでも授業内容は厳しいので、あまりにも成績が悪いと進級できないから気をつけるように」 何とか頷きながらもスザクは引きつった顔をなかなか元に戻せないでいた。 成績は悪くはなかった。が、逆に言えばよくもなかった訳で、スザクは心の中に降り積もる不安を払拭することはできなかった。 それから再び車を走らせた。住宅街を抜け、森の静かな道をしばらく行ったところに藤堂の自宅がある。白いこじんまりとした洋館だ。だがそれはさきほど見た住宅街にある家と比べたら、であって、今まで暮らしてきた日本の一般的な家と比べたらかなり大きな家だと言えるだろう。 スザクは車を降りた。藤堂に案内されるまま付いていき、二階にある部屋に通される。 「ここがスザクくんの部屋だ」 焦げ茶色のフローリング。小さい花柄のベージュの壁紙。窓にかかっている水色のカーテン。木製のベッドとシンプルな机が壁にそって置かれていた。 「かわいらしい部屋だね」 「そういうな。ここら辺の家はこういった感じのが多いんだ。とりあえず必要なものは買っておいたんだが、他に何かあれば言ってくれ」 「わかった」 「車だけはスザクくんが来てから買おうと思って、買わなかったんだ。明日にでも見にいこう」 「車?」 「必要だろう、ここでは。学校にどうやって通うつもりなんだ?」 当たり前のように言う藤堂にスザクは目が点になる。 「運転はたぶんできるけど、ていうかまだ免許持ってないし。それにあの程度の距離なら、自転車で十分だよ。日本から持ってきたしね。お気に入りのやつ」 「そういえば、日本では免許は18歳からだったか……」 「うん。何とかなるよ、藤堂さん」 と言い、スザクは笑った。 [2012/09/02] |