「お願いっ! セイちゃん、料理上手でしょ。あたしに教えてっ!」
1人の少女が、同い年らしい別の少女の前で頭を下げている。
「ええっと、いきなり言われても……。レシィちゃん、何かあったの?」
セイと呼ばれたその少女は、困ったような表情を浮かべながら聞き返す。
「だって、イショップさんのために作った手料理、お兄ちゃんに捨てられちゃったんだもん。こんなの渡したら絶対に嫌われるぞって」
レシィと呼ばれた、最初の少女はばっと身を乗り出して早口にまくし立てる。ちなみにイショップと言うのはレシィの恋人で、セイの母方の従兄である。
「レシィちゃん、そんなに料理下手だったっけ……?」
その言葉を聞いたセイがおそるおそる聞いてみた。
レシィは真顔のまま、どうどうと答える。
「あたしがそんな繊細なこと出来るわけ無いじゃない!」
レシィ・セレイゾーは今年で7才になる。つまりは成人1年目である。ジマショルグとリムウルグに所属している。
白い肌に茶色の髪。口元を引き締めると、つんとすました表情になる、かわいい少女である。
3才の時、去る事情で親元を離れ、この国へとやって来た。法律上、未成年者は誰かの保護責任にあわないとならないため、彼女は当時コークショルグ長を務めていたアーバレスト、並びに妻のアサという、セレイゾー夫妻の元へと養子に入った。
彼女はそこでこれまでの3年間、義理の二親からの愛情をたっぷりと受け、新しく兄となったコブラと共に成長してきた。
持ち前の活発さ、優しさは誰かも好かれ、もう全く他の国民と変わることの無い生活をしている。
セイ・フォルンはレシィと同様、今年で7才になる。ミダショルグとバハウルグに所属している。
少し茶色掛かった肌の色に、同じく茶色の髪をしていて、一見不機嫌そうな顔をして見えるが、瞳に優しさを湛えた少女である。
レシィの養父アーバレストの弟、ウィンタストのたった1人の娘で、義理とは言え従姉妹同士だからか、それとも単に同い年だからか、レシィとは仲が良い。
最近はレシィに押され気味だが、明るく、真面目で優しい性格で、皆から好かれている。
「レシィ、ヴィチの鱗は取ってあるんでしょうね?」
「ええっ!?」
「ちがーう! それを入れるのは後!」
「そ、そんなぁっ!」
「何よこれっ! 火が強すぎよ!」
「きゃああっ!?」
…………
レシィの家に2人で上がりこみ、そこからまた約3刻。
セイの猛烈な料理指導のおかげで、なんとかレシィ作の『魚のグラタン』が出来た。
「出来た出来たぁ〜♪」
「ふはぁ……」
無邪気に喜んでいるレシィの隣で、深くため息をつくセイ。
「ほらほら、遊んでないで、届けに行くのなら行って来なさい」
顔を出したのはレシィの養母アサ。少し前に帰ってきて、2人の様子をずっと見ていたのだ。
「は〜い」
レシィは言われるまま、届けるための料理を持って、たたたっと玄関の方へと走って行く。
「セイちゃん」
部屋を出る前に、レシィは振り返る。そして、にっと笑って言った。
「ありがとうね」
彼女はそのまま玄関に走って行った。
セイは、レシィの笑顔を見て、苦労が少し報われたような気がした。
しゃっ、しゃっ……
部屋に響く音。
「い、いいのかな」
「ん? 気にしないでくれよ。キャンベラが進んで描くことなんてないからな」
レシィの遠慮気味な声に、隣に寄り添って座るイショップが答える。
「2人とも、そんなに動かないでくれよ。描けなくなる」
2人はイショップの家の居間にある、来客用のソファーに座っている。
ちょうど目の前には、さっきからずっとスケッチブックに鉛筆を走らせている、イショップの弟、キャンベラ。部屋の反対側、テーブルの椅子には、彼の父のズベイルが座っている。
「まあ、美味しい料理を頂いたお礼だと思ってくれ。キャンベラも絵の腕は確かなんだが、気が向かないと描かない質なんでね」
ズベイルが笑いながらレシィに言ってきた。
「いえ、ありがとうございます」
セイに手伝ってもらったとはいえ、自分の努力の結果を誉められて、レシィは顔を赤くする。
「だからもうちょっと静かにしててくれよ」
さっきから何度目かの、キャンベラの声が聞こえる。
「ああ、分かってるよ。レシィはなかなかそういうのが苦手なんだけどな。ということでレシィ、少し我慢してくれ」
イショップに言われて、ちょっと口を閉ざすレシィ。
再び、部屋にはキャンベラの鉛筆の音だけが響いた。
数日後、レシィはセイと共にイショップの家を訪れた。イショップから絵が出来たと言われたからだ。
「すっご〜い。とってもすごいよ」
「綺麗に出来てるわ。さすがキャンベラさん」
「まあ、さすがキャンベラってとこだな。俺にはちょっとここまでは出来ない」
レシィはただ目を丸くするばかり。セイも驚いた声を上げている。
そこに飾られていたのは、2人の姿。イショップとレシィが、ソファーの上で、仲良く寄り添って座っている。
絵の中の2人は、とても幸せそうな表情だ。
「レシィちゃんも可愛く描いてもらったのね」
「なかなかの美女だろ」
「なんだか照れるな」 絵の出来に、照れ笑いを浮かべるレシィ。だが、それもまんざらでもなさそうな彼女であった。
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