3つの恋の物語 〜カイシ・ラングル編〜 小池 真一


「ハーイ、アルカディア」
 大通り北で、僕は呼びとめられた。声のしたほうを振り向くと、手を振りながらこちらに向かってくる女性がいた。
「あ、カイシ。何か用?」
 カイシ・ラングル。僕と一緒にこの国に移住して来た仲間だ。
「んー、特に用は無いけどね。見かけたから。アルカディアは何してんの?」
「ちょっとカリナに用があってね」
 言うのは恥ずかしいが、カリナとは僕の恋人だ。移住したての時にお世話になった、アラニス・エマーソン議長の娘だ。
「へぇ、じゃあ仲直りできたんだ。良かったね」
「あの時はカイシの世話になっちゃって。ありがとう」
「力に慣れて良かったわ。もう喧嘩なんかするんじゃないわよ」
 カイシは怒った様に僕に言ってくる。でも、僕達のことを心配してくれているのが顔に現れている。
 ちょうど評議会地区からカリナが来るのが見えた。
「じゃ、カリナが来たんで、またね」
 僕はそう言ってその場を後にした。


 その日の夕方。
 僕と、同じバハウルグのカリナ。さらにアルバイトで茸取りに来ていた、もう1人の移住仲間のヨーン・フォーチュンと一緒に、シニア選手権の開会式を見に行く事になった。
 適当に世間話をしながらプルト闘技場に向かっている途中、大通り北で、カイシが誰かと口論しているのを目撃してしまった。

「うるさいわね! さっきからタラも嫌がってるじゃないのよ!」
「なっ。嫌がってなんかないだろう」
「見れば分かるじゃない! あんたみたいな魅力も無い変な男と付き合いたくないって言ってるようなものよ!」
「お、俺のどこが魅力無くて変な男なんだよ!」
「嫌がる女の子付けまわしてるんだから十分変な男よ!」
「付けまわしてなんかいないだろ!」

 僕達は口論に巻き込まれるのを恐れて物陰に隠れながら様子をうかがっていた。
 間に挟まれているタラ・バイドラーさん、大丈夫なんだろうか。
「相手はタカ・サナダさんみたいですね」
 同じく様子をうかがっていたカリナが言う。
「タカさんとカイシの口論か……。泥沼にならなきゃ良いけど……」
 僕は呟いた。タカさんもカイシも性格があれだからなぁ。
 もう1度顔を覗かせると、僕達に気付いたらしいタラさんが避難して来るとこだった。
「俺が呼んだんだよ」
 隣のヨーンが言う。
「ヨーン、2人が気付いたらどうするんだよ」
 だがヨーンは自信たっぷりに、
「大丈夫だって。意外と気付かないから」
と言うだけだ。恐る恐る様子を見ると、2人は口論に夢中で気がついてないみたいだ。

「あたしのどこが魅力無いって言うのよ!」
「そんな口ばっかの女に、男が寄るかよ!」
「なっ。あんたみたいな魅力無い男にあたしの魅力がわかるわけ無いでしょ!」
「魅力の無い女に俺の真の魅力がわかるわけないだろう!」

「なあ、ヨーン。2人の話、ズレてないか?」
「ああ。俺もそう思う」
 既に2人の口論は半刻も続いている。タラさんの話はもう消え去っている。
「でも、2人、似合ってると思わない?」
 一緒になって2人の口論を見ているタラさんが言ってきた。
「そうかなぁ」
 ヨーンが訝しげに返す。
「昔からよく言うじゃない。喧嘩するほど仲がいいって」
「これは違うような気がするけど……」
 僕は静かに溜息をつく。

「よーし。わかった。お前の魅力みてやるよ。だから」
「いいわよ。あんたの魅力みてやるから。だから」
「明日大通り南に来いよ!」
「明日大通り南に来なさい!」

 ひえ〜。ホントかよ。

ホントかよ


次の日。
「本当に2人来るのかしら?」
「さあねぇ。でもカイシは人一倍プライドが高いから、ああ言われれば来るだろうな」
 僕とカリナは大通り南にいた。一応デートの約束してたんだけどね。
「ねえ。サナダさんとラングルさんがデートするって話、本当?」
「昨日言ってたけどね。実際どうだろう」
 同じくデートの約束をしていたらしいヨーンと、彼の恋人イライザがいる。
 完全に話題はあの2人の事。
「あ、来たよ」
 カリナの声に、なぜか物陰に隠れる僕ら。ホント何やってんだろう。
 タカさんとカイシは、二言、三言話して港のほうへ歩いていく。
「早く。追うわよ」
 なんだか乗り気のイライザに促され、皆で2人の後を追う事となった。

「何やってるんだい、アルカディア君」
 港通りで、ハリス・フェンさんに声を掛けられた。
「あ、ハリスさん。いや、何でしょう。僕にもよく分からなくって」
 まさかタカさんとカイシをストーキングしているとは言えまい。なんと言って誤魔化そうかとしていると、カリナに捕まった。
「早く早く。2人行っちゃうよ」
 そのままずるずると引っ張られる。
「うわっ。カリナ止めろって。ハリスさん、また今度ぉ〜」
 カリナに連れ去られる僕を見て、ハリスさんは笑いながら手を振っていた。


 タラの港に、2人はいる。何か会話しているようだが、何を言っているかは聞こえない。
 特に口論しているわけではない。静かに話をするだけ。
 僕達4人はバスの浜の入り口から2人の様子を観察する。
「何話してるんだろう……」
 誰ともなく、そんな事を口にする。
「いい雰囲気だな」
 ヨーンの率直な感想。
 当の2人は、僕らの存在にも気がつかずに、ずっと話を続けている。
「2人とも幸せになれるといいですね」
 カリナの静かな一言が、僕達の心に響いた。

〜Fin〜

解 説

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