騎士見習い達の憂鬱 <2>


 気の毒なまでの二人の様子を同情を込めて眺めつつ、ウォラスは笑みを湛えたまま一気に切り込んだ。
「なるほど、わかりました。それで……隊長が思っていたような人物ではなかったと、二人して落胆していたわけですか?」
 こういう時の副長の笑みほど迫力があるものはない。
 リダテスもドゥーリも文字通り震え上がるようにピンと背筋を伸ばし、その後胸の前で手をぶんぶんと振りながらウォラスの言葉を懸命に否定した。
「いえいえいえいえいえいえ、ち、違います! 違いますよ、副長!!」
「そ、そうです! 副長、やめて下さいよ!」
「違うんですか?」
 涼しげな顔でウォラスが言うと、ドゥーリがくしゃっと顔を歪めて言った。
「副長、ずっと会話を聞いてらしたんですね? あぁもう……では正直に言います」
「はい。どうぞ?」
「その……近衛隊と言えば陛下の、王族の方々の身辺を警護する者として、騎士達の……いや、国民の憧れの存在といいますか、尊敬の対象だと思うんですよ」
 何を言い出すのかとウォラスは内心にやにやしながらも、それを億尾にも見せず首を傾げて先を促す。
「私達にとってもそうですし、こうして騎士見習いとして過ごしている事も誇りに思っているんです」
 ドゥーリはといえば開き直ったのか、迷う様子もなく話を続ける。
 横にいるリダテスは、それをハラハラしながら見守っていが、何かが吹っ切れたのか、いきなり会話に割って入ってきた。

「あのっ……その、失礼を承知で言います。隊長はともかく、副長も独身でいらっしゃいますよね?」
 隊長はいいのか、との突っ込みをあえて堪えて、ウォラスはゆっくりと頷いてその言葉を肯定する。
 リダテスは隣のドゥーリの方を見て、そしてまた口を開いた。
「近衛隊のトップの二人が独り身なんて……何故です? 近衛隊ですよ? 相手に困ることなんてないハズじゃないですか!」
「お、おい! リダテス、お前何言ってんだよ!?」
 ドゥーリが慌てて腕を掴んで止めようとしたが、リダテスはその手を振りほどいて言った。
「だって言葉を濁しても仕方がないだろう? 俺達の将来だってかかってんだ。ここはすっきりさっぱりしておきたいじゃないか」
「俺達とか言うなよ。そ、それに、だからって……はぁ、すみません、副長。私生活に立ち入ろうとか、そういう事ではないんです」
「あぁもういいから、お前は黙ってろ、ドゥーリ」
 そう言ってドゥーリの肩をぐいっと押して椅子に座らせると、リダテスはウォラスの方を向いて半ばやけくそに話を続けた。
「下世話な言い方をしてしまえば、近衛隊って言ったらもうモテモテの選び放題じゃないかとか思ってたんですよ! それがですよ? その頂点の二人が独り身なわけです」
「ほぅ……」
 ウォラスが表情を変えずに相槌を打つ。
 リダテスは一瞬怯んだようにも見えたが話は止まらなかった。
「何か理由でも? 例えばその……お二人の間に何かあるとか……いや、例えばの話ですけど」
「ふ、副長! その……こいつ馬鹿だから気にしないで下さいね! もう、リダテスもいいかげんにしとけよ!!」
「いいかげんも何も、もう口から出ちまったもんはどうにもならないだろう?」
「そ、それはそうだけど……」
 何やら揉め始めた二人を前に、ウォラスはコホンと一つ咳払いをした。
 途端に二人は凍りついたように固まり、恐々と目の前の上官の顔を横目に見る。
 あいかわらずその表情は穏やかであって、何を考えているのか全く読めなかった。

「なるほど……話はだいたいわかりました」
「……はい」
「……す、すみません」
 親に怒られた子供のように項垂れて小さくなる二人に、ウォラスは勤めて優しく話し始めた。
「まず二人の心配事についてですが……まぁここだけの話にしておいて欲しいのですが、確かに近衛隊にいるとそういう話は少なからずいろいろとありますよ。安心しなさい。君達も立派な騎士になったその時は声がかかるかもしれませんよ」
 ウォラスの言葉に二人が心底安心しているのが見て取れる。
 思わず噴出しそうになるのを堪えて、ウォラスは言葉を継いだ。
「君達のいうところの『選び放題』かどうかは知りませんけどね。近衛隊所属の騎士を是非……という話は、ない話ではありませんよ。それは確かです」
 リダテスとドゥーリが顔を見合わせて安堵の溜息を漏らした。
「ですが……」
 不意に声音が変化し、口調もぴしゃりと厳しいものになった上官に、騎士見習いの二人が震え上がるようにして背筋を伸ばす。
 ウォラスは別に怒っているわけでも何でもなかったのだが……いや、むしろ二人の反応を面白がっていると言ってもいい。
 だが上官の強い口調はそれだけで部下の者にとってはプレッシャーとなるのだ。
 それをわかっていて、ウォラスはあえてそういう声を出したのである。
 当然、面白がられていようなど、騎士見習いの二人に見抜けようはずもない。
 ウォラスはそのままの口調で続けた。
「一つ、とんでもない勘違いをしているようなので、そこだけは言わせてもらいますよ。なんです、隊長とって……冗談じゃありませんよ」
 やはりそこを突っ込んでくるか、と、二人は肩を竦めて小さくなって耳を傾けている。
 そんな様子も構わず、ウォラスはさも心外だと言いたげな様子で話を続けた。
「私にだって選ぶ権利はありますよ。嫌ですよ、あんな筋張ってて脂ぎってるような……食うのも食われるのもごめんです。例えばあの人が切り刻まれて料理で出されたとしても、全て避けますね……私はもっと小さくて柔らかい方が好きなんです」
 そんな話をするとも思わなかった人物の意外な言葉に、リダテスとドゥーリは思わず赤面して顔を見合わす。
 何もそこまで言わなくても……と二人が思っているところに、一番今現れて欲しくない人物がひょっこりと顔を出した。
「うん? やけに面白そうな話をしてんじゃねーか、ウォラス」
 まるでそこにいる事がわかっていたかのように、ウォラスは驚きもせずに声のした方を振り返った。
「帰ってらしたんですか」
 そこには件の人、近衛隊の隊長ダナンが引き攣った笑いを浮べて立っていた。

「た、隊長!」
「隊長!!」
 焦りと緊張で面白いようにガチガチになった二人を見て、いったいそれまで何をこいつらは話していたのだろうかとダナンが目を細めて首を傾げる。
 そんな部下二人を庇うかのように、ウォラスはダナンに声をかけた。
「これはまた随分と……お早いお帰りで。どうしました?」
 この言葉にいったいどれだけの意味があったのか、自分達の隊長が目に見える程に怯むのを騎士見習いの二人は不思議そうに眺めていた。
 ダナンは動揺丸出しといった様子で言い放った。
「う、うるせぇ、ほっとけ。その話はあとだ。おい、そこの二人!」
 隊長に声をかけられ、リダテスとドゥーリがビクッと固まる。
 その様子を楽しげに眺めながらダナンは3人の方に近付いてきた。
「お前らいったい何の話をしてたんだ? こんな楽しそうなウォラスは久しぶりに見たぞ」
「た、楽しそう!?」
「楽しそう、ですか?」
 驚きのあまり声の裏返った二人に、ウォラスはまた穏やかに笑いかける。
「ほらな」
 ダナンは手にしていた荷物を傍らに置くと、椅子の向きをくるりと変え、跨ぐようにして腰を下ろして背もたれに腕を乗せた。
「で、何の話をしてたんだ? 仕事のお悩み相談って雰囲気じゃーなかったよな?」
「え、えぇまぁ……」
「ちょっといろいろありまして……」
「なんだなんだぁ? 俺にはナイショってか、こら」
 隊長を前に何とも気まずく、話そうにもさすがにこればかりは言えるはずもなく、要領を得ない騎士見習いの二人に、ウォラスが助け舟を出した。
「さて、休憩はこれくらいでいいでしょう。君達はもう戻りなさい。隊長には私から適当に言っておきますから」
「て、適当ってなんだよ!?」
 聞きだす気満々だったダナンが不満そうな声を漏らしたが、リダテスとドゥーリはウォラスの言葉に心からの安堵の表情を浮かべて立ち上がった。
「そ、そういう事でしたら……我々はこれで!」
「あっ、お前ら! ちょ……」
「は、はい。失礼します!!」
「失礼します!!」
 ぺこりと二人揃って勢いよく頭を下げると、一目散にその場を逃げ去った。

 残されたダナンとウォラスの間に奇妙な沈黙が訪れ、そして数回の呼吸分の後、その沈黙を破ってダナンが口を開いた。
「筋張って脂ぎってるってなんだ、失礼な。ヒトを加齢臭まみれのおっさんみたいに言うなよ。だいたい俺の方が若いんだぞ」
「何の話です? それにそういうのは年齢の問題でもないんじゃないですか」
「心構えの問題でもないだろうが。で、この妙な話の出所はいったいどこなんだ?」
 やはりこの人は事の顛末をだいたい把握しているのだと理解したウォラスは、小さく笑って言った。
「もちろん筆頭侍女の……」
「シグネ殿か! 全くあのばーさんは……だいたい身を固めろとか落ち着けとか言うなら、俺より先にお前だろう、ウォラス」
「私ですか? それは違うでしょう。隊長として部下に示しがつかないという事をシグネ殿は……」
「ちょっと待て。それを言うならお前だって同じじゃねーか? 副長なんだし」
「そこは日頃の行いが物を言うという事ですよ、隊長」
 淡々と事も無げに言ってのけるウォラスに、ダナンは不服そうな視線を投げる。
 ウォラスはその視線を受けて、愉快そうに言った。
「騎士見習いの二人の期待に副うような『選び放題』ぶりを見せてあげたらいかがですか?」
 その言葉にダナンは思わず噴出し、声を上げて笑った。
「そうかそうか! いいねぇ、若いってのは! 確かに近衛隊に入りたての頃には、そんな期待もしてたかもなぁ」
 楽しそうに笑うダナンの横でくつくつと静かに笑っていたウォラスは、何か思い出したようにダナンの方を見て口を開いた。
「それはそうと……」
「ん?」
「明日は非番だから今夜は戻らない、はずだったのでは?」
 その言葉にダナンの笑いがぴたりと止まる。
「あ? あぁ……うん。まぁ……」
 何ともばつが悪そうに首の後ろを撫でながらダナンが視線を逸らす。
 ウォラスは心配そうにその表情を曇らせながら言った。
「……いらっしゃらなかったのですか?」
「あー、うん。いや……いるにはいた。いたんだが……」
 ダナンは左の頬を擦りながら、数刻前の出来事を思い出していた。