騎士見習い達の憂鬱 <1>
陽も西方へ随分と傾き、地面に落ちる影も長く伸び始めた夕刻。
バランドル城内にある近衛隊の詰所は、まだ灯が入っておらずぼんやりと薄暗い。
そんな詰所の奥に人影が二つ。
見張りの交替を終えて戻ってきたドゥーリとリダテスだ。
大きな溜息を吐いているのはドゥーリの方。
その横にいるリダテスも、溜息こそ吐いていないものの、その顔に浮かぶ落胆の色は隠せない。
「な〜んか……想像してたのと違うな」
リダテスがボソッとこぼす。
そしてそれに応えるかのように、ドゥーリの方も溜息混じりにつぶやいた。
「近衛隊だぞ? 騎士を志した者にとっては憧れの頂点じゃないか……」
「だよね……俺達みたいな騎士見習いにとっても……ねぇ?」
周囲には誰もおらず、そこには歯切れの悪い会話とも言えないような会話を交わす二人だけ。
そう、二人しかいないものだと揃いも揃って思っていたから、いきなり掛けられた声にドゥーリもリダテスも飛び上がるほどに驚いた。
「何か、ありましたか?」
一拍の間――。そして次の瞬間。
「うわぁぁぁあああああ!!!!!」
「わぁぁぁあああああ……って、な、なんだ。副長でしたか」
いったいいつの間に現れたのか、二人の様子を面白がっているようにも不思議がっているようにも見える微妙な笑みを浮かべて、近衛隊の副長、ウォラスがぽつんと立っていた。
二人は慌てて立ち上がり、上官である副長に対して礼を尽くすべく深々と頭を下げる。
ウォラスはゆっくりと近付いてきて二人のいるテーブルの向かい側に立つと、その顔をじっくりと見渡してからもう一度言った。
「何か、あったんですか?」
人当たりの良さそうな笑みを浮かべる上官に、二人はなぜか妙な緊張感を覚える。
近衛の隊長であるダナンに比べて、落ち着きもあり思慮深い人物というのがリダテスとドゥーリの副長に対する印象なのだが、なぜだろうか……最近は副長がにっこりと笑うと妙な戦慄がよぎるというか、緊張感が増幅するような気がしてならない。
まぁ確かにあの隊長にしてこの副長なわけで、ただの『いい人』というわけもおそらくないのだろうが……。
二人は顔を見合わせて困ったように顔を歪ませる。
そこへ畳み掛けるように、副長がまた同じ言葉を繰り返した。
「何か、ありましたか?」
二人の顔が蒼褪め、そして俯いたかと思ったら今度はウォラスに背中を向けての作戦会議が小声で始まった。
「お、おい……どーすんだよ!?」
「どうって言われても。だってさ、言いづらいじゃないか」
「でも別に悪い事を言ってるわけでもないだろ?」
「そりゃそうだけど……志が低いとかって、怒られそうじゃない」
見るからにこそこそと話す二人を向かい側から笑みを湛えたウォラスが見つめている。
微笑んでいるはずなのに何ともいえないプレッシャーを感じて、二人の声がどんどん小さくなっていく。
そして何も聞こえなくなり、沈黙の時がどれほど流れただろうか。
重たい空気の中、陽は既に町並みの向こう側に隠れてしまい、夜の帳が下りてきている。
見回りの者と一緒に灯を灯しに来た侍女が、暗い詰所の中にいる3人に気付いてひぃっと驚きの声を上げた。
それまでずっと黙って二人が口を開くのを待ち続けていたウォラスだったが、さすがに気の長い彼もついに口を開いた。
「私には言いにくいことですか? でしたら隊長にでも……」
それを聞いた二人は顔を見合わせ、面白いくらいに動揺を見せた。
そして何かを示し合わすかのように頷きあった後ぐいっと顔をあげ、二人して真正面からウォラスと向き合った。
「……ん?」
思わずそう言ったウォラスに向かって、口を開いたのはドゥーリだった。
「先ほど、見張りの交替が終わってリダテスとこちらに向かっていた時、その途中で筆頭侍女のシグネ殿に声をかけられたんです」
「シグネ殿にですか? またどうして?」
疑問に思った事を率直にウォラスが聞き返す。
それに答えたのはリダテスの方だった。
「はい。その、最初のうちは恐縮してしまって何を言われたのかよくは覚えていないのですが……途中からシグネ殿の愚痴のようになりまして」
「愚痴、ですか? 君達のような騎士見習いに愚痴をこぼすなど、シグネ殿にしては珍しい」
「いや、正確には愚痴というのも少し違いまして……」
最初の勢いはどこへやら、リダテスは随分と先を進めにくそうに言いよどんでいる。
それを見かねたのか、隣のドゥーリが割って入った。
「シグネ殿は私達に立派な騎士になって、殿下をお支えするようにと仰いました。それと……くれぐれも隊長のようにフラフラしたりする事なく、しっかりと地に足を着けて歩いていけと、そう付け加えられました」
その言葉を聞いたウォラスは思わずこみ上げてきた笑いを噛み殺す。
(まったく……シグネ殿はあいかわらずだな)
そう内心思いながらも、目の前のまだ何か言いたげな二人をじっと観察する。
見られていることを意識してか、二人の態度がまたしてもぎくしゃくし始める。
ウォラスはにっこりと笑って先を促した。
「それで、それを聞いた君達はどうしたんです?」
そう言って反応を見る。
二人は再び顔を見合わせて頷き合うと、意を決したように話を始めた。
「そ、その後シグネ殿は何か堰を切ったように話し始めまして……その、隊長のことです」
「決して悪く言っているわけではなくて、えぇっとその、母親なんかが言いそうなあれこれを……」
「あれこれ?」
何を言っていたのかはわかりすぎるほどにわかっているのに、ウォラスはあえて聞き返す。
二人は一瞬ぐっと言葉に詰まったが、それでもまた口を開いた。
「その……いつになっても根無し草のようにフラフラしてるとか、ふわふわしていて危なっかしいとか責任感に欠けるとか……そういった類の事を言葉を変えながら延々と」
「はい。最近は朝帰りも少なくなってきて、やっと落ち着くのかと思ったら未だに独り身のままで、いったい何を考えているんだって訊かれました」
「私達には答えようもないので、どうにかやり過ごして逃げてまいりました」
何を思い出したのか、二人の表情がうんざりとでも言いたげに引き攣り、心なしか顔から血の気も若干引いた。