印鑑 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!
 

神様、お願いっ!<2010遅すぎ新年突発企画小説>


 次に気が付いた時、私はパジャマで自分のベッドに横になっていた。
 昨日着ていた着物はきちんとそれ用のハンガーみたいなのにかけてあって、全部夢ではなかったのだと私の寝ぼけた頭に悟らせる。
 どうも目がしょぼつくので、顔でも洗おうと洗面所に行った私は、鏡の中の見慣れない顔に思わずフリーズしてしまった。

「……な、何コレ!?」

 瞼がとんでもなく腫れて大変なことになっている。なんで? 何このブス顔……どうすればこんなんなっちゃうの!?

「あ〜らら。すげぇ気合い入った顔だな、オイ。イメチェンか?」

 物好きなおっさんがそこにいた。

「そんなわけないでしょ……あのさ、あの後……」
「帰ったよ、もう。覚えてんだろ?」

 そうだった。結局夜明け近くまで話をして、二人とも帰ったんだった。私も航もその頃には落ち着いたんだけど、やっぱり二人になったらまた寂しくなってきちゃって、でもそれ以上に嬉しくって、二人して泣いたんだった。

「あんたは? 帰らなくていいの?」
「ぁあ? あぁ、まぁ……おじさんはまだちょっと、いろいろとね」

 背後の壁によりかかって鏡越しにこっちを見ている。それにしても私、ひどい顔だわ……浮腫んでるとか、ここまですごいのなんて初めてだし。バイトも何も休みの時で良かったよ。今日は外に出られそうにないや。
 そう思って顔を触っていると、おっさんは呆れたように笑って言った。

「そりゃ寝る直前まであんなに泣いてりゃ、ひでぇ顔になんのは当たり前だろ? そんな事も知らねぇって、お前なぁ……おじさんは心配だぞ? そりゃ心に波風立てずに安定してる方が楽チンだろうけどさぁ、でもアレだよ? ほら、あの……アレだよ?」

 慰めようとしてくれてるんだろうけど、おっさんはまた言葉に詰まってる。前にもキメルはずの時に言葉ド忘れしてたな。まったく……私は思わず吹きだしてしまった。

「大丈夫だよ、おっさん」
「は?」
「大丈夫って言ってんの。ちゃんと溺れて、ちゃんとあがけ。今ならたぶん、わかってると思うよ、私」

 おっさん、自分で言ってたくせにまたびっくりしたみたいに固まってたけど、次の瞬間にはまた例の優しい笑顔でくしゃっと顔を歪めて、ゆっくりと頷いてくれた。

「そっか」

 おっさんはそう言うと、ちょっと寂しそうに笑った。あれ、そういえばこの黒服なおっさんは初めてあった時と同じ恰好だわ。ちょっとヨレてるとことかも、イブの夜にあった時と同じかも。
 思わず噴出しそうになってたら、おっさん、鏡越しに睨んできた。

「何が面白ぇんだよ、帆波ちゃん? そんなブッスい顔で含み笑いされっとさ、おじさん、なんかこうムッと来るっていうか何ていうか……」
「うるっさいわね、また蹴り入れるわよ!? あんただって、いいかげんヨレたスーツ着てるじゃない」
「おいおい、お言葉ですけどコレ、お前のせいだよぉ? 母ちゃんと父ちゃんに帰らないでーっとか大変でさぁ……お前踏みとどまらせるのに俺ともみ合いになっちゃって、あげくに俺は帰り損ねるわ、ネクタイで絞め殺されそうになるわ、スーツはヨレヨレになるわで……誰のせいなんでしょうかねぇ、コレはぁ」

 う……っ、何となく、記憶に残ってるわ、それ。た、確かに私がやっちゃったみたいね、それ。

「ご、ごめんなさいだわよ。でっ、でもいいんじゃない? なんかこう……味のあるおっさんになってるわよ、うん。そうそう、逆にいい男っていうか」
「目ぇ逸らして言われても説得力がねぇんだよ……でも、ホントに大丈夫そうだな」

 そう言っておっさんは、安心したように煙草に火を点けた。あれ、煙草切らしてたんじゃ……

「買ってくれるっつったろ?」

 やけに意味ありげな笑みを浮かべて、おっさんが私に近付いてくる。すぐ横に立って、それでも鏡越しに私を見つめている。口を開くと同時に指先で挿んだ紙切れをスッと差し出された。

「何、これ!?」
「領収書? レシートよりかこっちかなってな」
「ちょっと! あんたなんで1カートンも買ってんの? 1箱の予定だったんですが?」
「1箱は1箱だろ? ちょっと大きいけどなー」
「あぁぁぁぁぁあのねぇっ!!」

 こみ上げてきた怒りを掌に集中し拳を固めた時、おっさんの手がひょいっと上に伸びて、頭を抱きかかえるようにおっさんの方に引き寄せられた。

「んぁ……」

 驚いて妙な声が口をついて出る。おっさんはこれまたすごく優しい顔をして笑っている。何? いったいどういう状況なのよ、これは!!

「なぁ、帆波」
「……何よ」
「おじさん、そろそろ帰るね」
「……そ、そう」

 鏡にうつる自分をおっさんの姿が、妙に気恥ずかしくって顔が上げられない。鏡越しに視線を感じるけど、それに応えることができない。
 おっさんは私の髪を梳くように頭を撫でながら、ぼそぼそと喋りだした。

「お前はリベンジ完了って言ってくれたけどさ、俺ん中じゃまだまだなわけよ。今回のはあくまでもお前の父ちゃんと母ちゃんの要望。俺は何もお前にしてやれなかった。神様だってのに、情けねぇ話だ」
「そ、そんな事……ないわよ。お、大掃除とか? いろいろ頑張ってくれたじゃない?」
「まぁ、そっち方面では、な」

 おっさんはそう言って自嘲するように笑う。

「やっと言ってくれたわがままだって、結局中途半端に終わっちまったしな」
「それよ。わがままって何?」
「なんだ、わかってないのか。初詣だよ。おまえ今まであんなに何かをやりたいとかって誰かに頼んだこと、あるか?」
「……そういやないかも」
「だろ? だから俺はちょっと嬉しかったんだけど……悪ぃな。あんなにダメとは思わなかったよ」

 そう言ったおっさんは、何かをごまかすように私の頭をぐしゃぐしゃにして、それから手を離すと一歩後ろに引いた。

「さてと……」

 ハッとして後ろを振り返る。おっさんの体が何だかハッキリしない。半透明みたいに透けて見えてる。洗面所のオレンジの電気に照らされたおっさんの体を通して、その向こう側にある洗濯機が透けて見えていた。そ、そんなぁっ!?

「ほーら、そろそろ限界だな。またな、帆波。今度はちゃんとリベンジさせろよ?」
「……わかった。たぶん次は私も大丈夫と思う」
「あぁ。そうなってることを祈ってるよ」

 そう言ったおっさんは顔を上げると、にやっと笑ってからフッと消えてしまった。現れた時もそうだけど、消える時にも唐突でいきなりだね、おっさん。
 思わず笑みを浮べた私の脳裏に、おっさんの思いが声になって届いた。

「……それにしても、最後がその顔ってあんまりだよな、帆波。おじさん、次来た時にお前見つけられるか、超心配。いや、なんか遠慮はしたけど、でもやっぱ言うわ。帆波、お前……ひでぇ顔だな」

 堪えきれない笑いが漏れてる音がする。それを最後に、おっさんの意識がきらりと光って消えた。
 何よ何よ、何なのよっ!! ちょっと感動的っとか思ったりしたのに、何? 最後の言葉が『ひでぇ顔』ですってぇ!? 言い逃げって、いい年の大人がやる事かしらっ!? ゆゆゆゆ許さない、許さないわよ、おっさん!!
 私はおっさんから渡されたレシートをぐしゃりと握り潰し、洗面所のゴミ箱に叩き付けるように捨てた。

「覚えてらっしゃい、おっさん。あんたのリベンジの時が、私にとってもリベンジの時なんだわっ!!」


 肩をいからせて洗面所を出ようとした時、少し暖かい風のようなものを感じた。
 きっと気のせいだと思ったそれには、ここ数日間で嗅ぎ慣れた煙草の香りが少しだけ混ざっていた。
 誰かに言っても信じてもらえないその体験は、たぶんこの先も私の事を支えてくれるんだと思う。
 いっぱいぶつかって、いっぱい泣いて、きっといろいろ悩んだりもするんだと思う。でもその時、これからの私はきっと頑張れるよ。

 でも、もしどうしてもどうにもならない時が来たら、その時はきっと素直に言えるよ。

『神様、お願いっ!』



== The End. Thank You!! ==

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