質屋 【蒼天・Party Room】神様、お願いっ!
 

神様、お願いっ!<2011時期はずし過ぎな大晦日小説>


 何とも穏やかな大晦日の朝を迎えた。
 もうすっかり冷めてしまったカフェオレが、まだマグカップの中に半分ほど残っている。
 それをぼんやりと見つめながら、私は小さく溜息を吐いた。

「あれ、姉ちゃん。まだ眠たい?」

 向かい側にいるのは弟の航。
 てっきり彼女とどこかに出かけるのだろうと思っていたら、どうやら彼女は家族で旅行のようだ。

『航くんも一緒にどう? ……ってさ、姉ちゃん行ける? 家族旅行だぞ、しかもクリスマスホリデーだか何だかって、冬休み入るなり海外行って年越してのんびりっとか? それ、俺違ぇだろっ!? 行かねーし!』

 っと、蒼褪めた顔で言ってきたのは数週間前のこと。何にびびっているのかわからんでもないけれど、まぁそんなこんなで航はクリスマス頃からずっと私のところに転がり込んでいる。そして私はと言うと、今年はついてるついてない以前に特定の彼氏と言えるような相手がいるわけでもなく、のんびりまったりクリスマスを過ごし、そして今こうして年の瀬を迎えているわけなんだけど……。

「いっぱい寝たし、もう眠たくないわよ、さすがに。やっぱり大晦日の夜はオールと行きたいじゃない。場所なんて家で充分だし」
「だーよなぁ。俺も寝すぎちゃって、どうシャキッとしていいかわかんねーカンジよ。でもまぁ、今夜はオールで!」
「友達と約束とかは? 私は大丈夫だから、出かけてきたっていいんだよ?」
「ん〜、そうだなぁ。まぁメールとか来たら出かけるかも。っつかさ、『どうせ航は女と一緒いんだろ』っつって、誰も俺に声かけてくんねーの」

 そうは言ってもそれなりに楽しく過ごしているのか、約束がないからと言ってつまらなそうにもしていない。私も……何だろ、例年のドタバタが嘘のようにまったりきちゃったせいかな。このユルいカンジが何とも気持ち良くって、誰かを呼び出そうとかいう気も起こらないんだよね。
 明日には新年。姉弟水入らずとはいえやっぱ年越しにはそれなりに何か食べ物、あぁ、あと年越しのお蕎麦とか? それっぽいコトはしたいっちゃーしたいような……航はどうなんだろう。
 冷えたカフェオレを飲み干し、洗い物をするために席を立つ。

「ねぇ航。オールはいいけど……食べ物、どうする? 何か食べたいもんとかないの?」
「あ、俺? そうだなぁ……あぁ、漫画肉とか食ってみてぇかな」

 マグカップを洗っていた手がぴくりと止まる。

「ま、漫画肉?」
「っそ、漫画肉。なーんだよ、姉ちゃん知んねーの?」
「知らないわよ……って、まさかあんた、骨が付いてるあの漫画によく出てくる、あれのこと言ってんの?」
「なんだよ、わかってんじゃん! そうそう、それ。それ食いたい」

 カップをふせて置き、また航の向かい側に腰を下ろす。

「あんたね、年越しに漫画肉って……いや、年越しはこの際いいわ。唐揚とか、フライドチキンとかじゃなくって? なんでよりにもよって漫画肉!?」
「いーじゃん。お互いクリスマスに相手へのプレゼントとかで金使わずにすんだわけだしさ、その金でどーんと肉を食うんよ。カタマリのでっけー肉とか、がっつり食ってみたくね?」
「いや別に。いや、いやいやいや……航、なんか違う」
「えー、俺いっぺん食ってみたいしー。切り分け禁止のかぶりつきオンリー♪」

 その時だった。玄関の方で物音。続いてピンポーンという呼び出しのチャイム。
 あれ、私誰か呼んでたっけ? 呼んでないよな……じゃ、航関係? そう思って航を見たけれど、どうやら航にも心当たりはないみたい……じゃ、誰?

「いーよ、姉ちゃん。俺出るし」

 そう言って航がインターホンに出る。

「はい。あの、どちら様?」

 訝しげな表情が声にもその雰囲気を漂わせる。
 だがいったいインターホンの向こうに誰がいたのか、その表情も一瞬で崩れ去る。

「お? 何、何、何よ? どうしたんさ……え? ケーキ……ケーキ? ケーキあんの? マジで?」

 どうやら知り合いがケーキを持って来てくれたみたいなんだけど……うぅ、なんだろう。悪い予感しかしないんだけど、この航の妙なハイテンション。そして何故ケーキ??? これはどうしたものかと思ってたけど、航の顔が私の言葉を聞き入れるはずもない事を物語っていて、仕方がないと私も腹を括る。

「……ひょっとして、あいつ?」

 溜息混じりに言った私の声と同時に受話器を置いた航が、ウィンクなんぞかましてから玄関にすっ飛んでいく。あーあーあーあー、楽しそうにまぁ!! 渋々私も航の後について玄関に向かう。だってここ、私の家だもん。やっぱり私が出迎えるのが筋ってもんでしょ?

 目の前で航が勢いよく玄関のドアを開ける。
 ドアの隙間からひょいっとケーキを持った腕が伸びてきて……あぁ、見覚えのある黒い袖が……。

「やっぱりか……」

 頭を抱えつつも航の後ろから腕を伸ばして玄関のドアを大きく開くと、そこにはやはり……。

「あ、遅くなりましたがメリクリですよ」
「遅すぎでしょ! あんた神様なんでしょ? 時間守れ! それにもっと厳かな雰囲気とか、ないの!?」

 呆れてつい声が大きくなる。言われた方はぷぅっと脹れて目を逸らす。チャラい恰好とわかめ頭はあいかわらず。髭ももちろん標準装備。来たよ、また……来ちゃったよ、また!

「おっさーん! 久しぶり、何、今日はどうしたん?」
「航ぅ! お前は本当にいい子だな。おじさん、お前みたいなヤツにまた会えて本当に嬉しいよぉ」
「おーよ! で、何よ?」
「はぁ? あぁ、そうそう。ケーキだよ、ケーキ。クルィッスマ〜スケ〜キ、プリィ〜ズなわけよ」
「マジマジ? おっさん、気ぃ利くじゃん!」
「気が利くじゃんじゃないでしょ? クリスマスケーキっておかしいでしょ、大晦日でしょ」
「何だよお前、そんな畳み掛けるようにこまけーコトを……じゃーいいよ、もう、大晦日ケーキで」
「そんなもんない!」
「じゃー帆波は食わねーのかよ」
「食べます! それとこれとは別!!」

 おっさんの手からケーキを奪い取って航にパス。航はというとケーキを受け取っていそいそと室内へ。続いて中に入ろうとするおっさんを、入り口のところでばしっと引き止める。待て待て待て、何ナチュラルに中入ろうとしてるの、このおっさんは!!

「待ちなさいよ」
「え? なぁ〜んでよ、ケーキだけ? ケーキだけなの? 持ってきた人も『コミ』で中入れてくれたっていいじゃん。俺はケーキ以下かよ」」

 上目遣いで見られてもイラつくだけというのが何故わからんかな、この人は。そしてふと気付く。おっさんの後ろに誰か、いる?

「ちょっと」
「ん?」
「後ろ、誰?」

 その言葉におっさんの表情が少しばかり引き攣る。何? いったい誰がいるっていうの? 肩越しにでも覗き込んでやろうとしてたら、おっさんはあっさりと背後の人物の正体を明かした。

「あー、さっきのケーキについて来た、オマケの……」
「オマケ?」
「そうそう。オマケの……二股くん」
「はぁあ???」

 何言ってんだかわけわかんない! 苛立つ気持ちに任せておっさんを押しのける。
 と、そこにいたのは……。

「誰がフタマタくんだよ。いいかげん名前覚えろよ、ジジイ」

 悪態を吐いたその人物に、さすがの私も驚いた。あぁ、なるほど、それでフタマタくんね。そりゃーナイス。なかなかいいネーミングセンスだわ、おっさん。

「あら……久しぶりじゃない、フタマタくん」
「お、お前まで言うなよ」
「なんでよ。私が言わないで誰が言うの?」
「そ、そうかもしんねーけどさ。そうかもしんねーけど……でも言うなよ」

 ばつが悪そうにそう言ったが、どうやら帰る気はないらしい。
 昨年のクリスマスを素敵に演出してくれた、いわゆる元カレくんがそこにいた。

 なんで? お前、いったい何しに来た!? ん〜っと何? 何がどうなってる!?
そう思ってさっきからの出来事を頭の中で軽くおさらいしてみる。んー、ケーキのおまけって言ったよね。ケーキの……あ、ケーキのあの包装、あれって確か……こいつの実家じゃなかったっけ?

「あのケーキ、あんたが持ってきてくれたの?」
「……え? あぁ、そう」
「なんで?」
「なんでって……いや、別に…………」
「別に、何?」
「……親父がさ、年明けに出す新作だからって……あの、だから……」

 目を合わせられないのか、俯いたままでどうもはっきりしない。あぁ、穏やかな朝が、静かな大晦日が音を立てて崩れていくわ。いったい何してくれちゃってんのよ、この男! ったくあれからこいつはって、あ……そういえば初詣の時におっさんが何か言ってなかったっけ? えーっと、何だったかしら。

「まぁ、いいわ。上がってく?」

 口をついて出た言葉に自分でも驚いた。目の前の男もさすがにこれには驚いたようで、目を見開いてこっちを見たまま石化してる。まぁそうよね、驚くわ普通。
 戻るのが遅いから航がひょっこりまた顔を出した。

「どうしたんさ、姉ちゃ……あれ、先輩? え? 何?」

 状況を読めない航が私とフタマタくん……いや、元カレ、宮司諒太郎の顔を交互に見ている。いや、ホントになんでこんなんなってんだか……。

「あぁ、そっか。さっきのケーキ、諒先輩んちの……姉ちゃん、すげーよ、ケーキいっぱい。丸いでかいのじゃなくってさ、いろんなのいっぱい」
「そう……」
「……あれ、なんか俺ジャマ? あれ?」

 いや、ジャマではない、むしろどうにかしろ……と言いたいけど、何とも微妙な空気が流れてるのは確かなんだよね。まいったな、どうしたもんか。でもお正月に会った時には本当に頭に来たのに、今は何ともないのがすごく不思議。あれか、もう過去の男、的な? まぁ1年ずっと怒り続けるようなバイタリティ、持ってるくらいならもっといろいろ人生変わってるか。
 困ってるうちに航まで黙り込んじゃって、どうにも気まずい空気に金縛ってたところに、役に立つか微妙なカンジの助け舟が。あぁ、おっさん! そうよ、あんたの出番だわよ、おっさん!!

「なーなー。お前らえれぇ立派なコーヒーメーカー買ったのなー。何、あのマシーン!? カンベンしてくれよ、おじさん機械弱いんだからさー。シンプルにコーヒーだけを黙々と落としてくれる健気なかわいい子選べよ。やたらあれこれ器用なのも俺はどうかと思うぜー。不器用でごめん、でもこれだけは得意なの、みたいなさぁ……な? もうあんなんコーヒーメーカーじゃねーよ、ロボだな、ロボ。優しさってもんがねーわ」

 は? それはいったい何の話だっ!?