町全体が妙に浮き足立ってるみたいな、慌しい空気に包まれてる。
そのせいかな? 私も何だかソワソワして落ち着かないカンジ。
「……ぉいっ」
「えっ? あ、何?」
「何、じゃねーだろ。ほら、オーダー!」
お客さんに見せてる笑顔とはおそらく真逆にあるであろう不機嫌全開の顔で、宮司がカウンターに置かれたオーダー票を人差し指でトンと指す。
「アイスコーヒーとアイスティー1つずつ! さっきから言ってんだろ」
「あ、あぁ……ごめん」
そっか。さっきから言ってたのか。やだ、私ちょっとぼんやりしてた?
反省しながらグラスを2つ並べ、氷を手早く入れる。カランカランとグラスにぶつかる氷の音が何とも涼しげで気持ちいい。
アイスティーとアイスコーヒーを注いでカウンターに置くと、宮司がコースターと一緒にトレイに載せ、視線だけを残して踵を返した。
宮司のお父さん、祥太郎さんがやっている洋生菓子の店『MIYAJI』は今日も大盛況。
地球にだか人にだか優しい配慮でエアコンの効き具合は控え目。それでも涼を求めて立ち寄るお客さんは少なくない。
それに今日は新池公園の花火大会。時間も時間だし、浴衣のお客さんも増えてきた。
バレンタインデーに手伝いで入って以来、私はこの店でアルバイトをしている。宮司のお父さんを祥太郎さんと呼ぶのにも大分慣れた。そしてまぁ当然、宮司も一緒に働いているわけだけど……。
「休憩したら?」
めんどくさそうにそう言って、宮司がカウンターの中に入ってきた。
「え? 今日はもう休憩とったけど……」
「……いや、なんかソワソワしてるっぽいからさ」
「うん?」
「トイレ行きてーんじゃねぇかと」
「ばっ……ち、違うわよ!」
言葉を選んでいるようでストレートに言った宮司の肩をバシッと叩く。
「違うのか?」
ばつが悪そうに宮司は顔を歪めた。
「トイレくらいテキトーに行くわよ。てか、私そんなソワソワしてる?」
「ソワソワっつーか、心ここにあらず? そんなんじゃグラス割ったりすんじゃねーの?」
「え、そんな風かな。まぁなんていうか……」
返答に困って店内を見渡す。
「今日、花火じゃん? なんか浴衣の子とかもいるしさ。ねぇ?」
我ながらムチャ振りだよなと思いつつ宮司を見る。
宮司は何かを納得したように小さくあぁ、と言って一つ溜息を吐いた。
「お前も行くの?」
「え? まぁ……」
「……彼氏との約束の時間でも近いのか?」
「は? なんでそういう話になんのよ!?」
「いや、落ち着かないカンジだし」
淡々と吐き出される言葉は何とも温度がなく、こういう話し方をする宮司は正直ちょっと苦手。
「約束も何も、商工会のテントの中で今頃忙しくしてる頃でしょ。顔くらいは出すけど……」
「……ふ〜ん。あっそ」
なんだよ! そっちが話を振ったんじゃない!!
今はどうだか知らないけれど、宮司はどうやら私の事が好きだった……らしい。
私が浩一さんと付き合っている事は知っているし、それでどうこうってわけではないけど……最近の宮司はよくわからん!
妙に気まずいカンジで会話が途切れた。いや、これどうしよう?
何か言おうと話題を探そうとしたら、ナイスなタイミングでバックヤードから祥太郎さんが出てきてくれた。
「お疲れ様。どう? お客さん、そろそろ退けそう?」
「どうだかな。花火までの時間調整で居座りそうな客もちょっといるかな」
「諒! お客様に対してそんな言い方するな。でもそっか……ちょっと早いけど閉店の看板、出しちゃおうかな」
そう言って首を傾げて店内の様子を見る祥太郎さんは、あいかわらず何を考えてるのか不思議な人。いや、優しい人ではあるんだけど、なんかそれだけじゃない空気を纏っているっていうのかな。
うっかりまじまじと見つめてしまって、その視線に気付いて振り向いた祥太郎さんと目が合ってしまった。
「帆波ちゃん、どうしたの?」
「え、いや。何でもないです」
「こいつちょっと今日変なんだよ。親父、先にあげてやったら?」
宮司、いらん事を……ほら、おじさんちょっと心配そうな顔になった。
「そうなの、帆波ちゃん? ごめんね気が付かなくって」
「いえいえそんな事ないんです。さっきちょっとぼんやりしちゃって、それで……」
「さっきだけじゃねぇだろ。ずっとぼんやりしてんだろうが」
ぶっきらぼうにそう言った宮司が、お客さんに呼ばれてその場を離れると、祥太郎さんは軽く息を吐いてから私に言った。
「そろそろ閉店の看板出して販売の方だけにしちゃうし、店は大丈夫だから……どうする? 帰る?」
「本当に大丈夫なんです。ほら、今日は町全体がいつもと違う雰囲気だから、そのせいでこっちもなんだか落ち着かない、みたいな?」
「それだけ? 本当に?」
「はい」
「そう? ならもうちょっと頼んじゃおうかな。帆波ちゃんのことは諒にも頼んでおくよ。心配だからね」
年齢のワリに茶目っ気のある笑顔でそう言うと、祥太郎さんはポンと私の肩を叩いてまたバックヤードに戻って行った。
そこに追加オーダーを持って戻ってきた宮司が怪訝そうに口を開く。
「何また親父と話してんだよ」
「話ぐらいするわよ。雇い主なんだから」
「ふ〜ん」
何だか含みのある言い方をして宮司がカウンターの中に入ってきた。
「何よ。オーダーじゃないの?」
「……帰んじゃねーの?」
「帰んないわよ」
そんなやりとりが聞こえたのか、祥太郎さんがバックヤードから顔をひょいっとのぞかせた。
「諒! 帆波ちゃん残ってもらうから。お前ちゃんと見とけよ?」
「はあ? だったら帰しゃいいじゃねーか!」
「本人大丈夫ってんだから、いいんじゃないの?」
「だからって、なんで俺!?」
その問いに答えはなく、祥太郎さんは楽しげに笑ってまたバックヤードに引っ込んでしまった。
「何だよ、あいつ」
そう言って軽く舌打ちした宮司は、追加の入ったアイスティーを手早く用意してまた客席の方へ。
私はシンクにちょっと腰掛けるみたいにして寄り掛かると、店内の様子をぼんやりと眺めた。何となく浴衣を着ている女の子の数を数えてみたり……1、2、3……けっこういるもんだな。あ、私は何を着て行こうかな。浴衣、持ってはいるけど。
浩一さんは連絡をしたら新池公園の入り口のところまで迎えに来るって言ってたけど、忙しいんじゃないのかな。抜けてきて大丈夫なんだろうか。手伝いとかあるなら、浴衣はやめた方がいいんだろうけど、私が行ったところで何かできる事があるとも思えないしなぁ。
あれこれ考えているところに宮司が戻ってきた。