篝火の夜


「長老様!」

「・・・ん?」

 長老と呼ばれ、杖を持った人物はその声のした方に顔を向けた。

「なんだ、スマル。どうした?」

 スマルと呼ばれた男は、一礼して顔を上げた。
 暗くて表情はよく見えないが、まっすぐに見つめ返してくる瞳には強い意志が感じられた。
 まだ若そうだが、落ち着いた態度のせいか、実際の歳よりもずっと上に見える。

「お聞きしたいことが、あります」

「聞きたい事、か。私で答えられる事ならば良いが、いったいなんだ?」
 スマルと長老が話しているのを、周りの男達は皆、固唾を飲んで見守っていた。
 いったいスマルは何を言い出すのか。
 その場の誰もが、スマルの次の言葉を待っているかのようだった。

「はい、本日夕刻、郷に駆け込んできた早馬のことです」

 スマルが答えると、まるでさざ波のような小さなどよめきが男達の間に広がった。
 長老は杖をコンッと軽く突いてそれを静めると、少し息を吐いて口を開いた。

「気づいていたか」
「もちろん」

 スマルは当たり前だとばかりにまっすぐ長老の方を見て頷き、さらに続けた。
「あれだけ派手に駆け込んでくれば誰でも気が付きます。ここにいる者で、あの早馬の事を知らない者など…」
 長老は、夕日に染まる郷の中に、早馬が騒々しく駆け込んできた時の様子を思い浮かべた。
「それもそうだの。あれは確かに・・・で、何が聞きたい?」

 皆、スマルの次の言葉を待った。

「あれは・・・あの早馬は、都からの使者だったのではありませんか?」

 さきほどよりも大きなどよめきが起こった。
 皆、それぞれに夕刻からずっと早馬の事は気にしていた。
 スマルが口にした言葉は、いわば誰もが聞きたかった事ではあったが、それと同時にその誰もが、口にすべき事ではないと内心思っていた事でもあった。

「違いますか?」
 スマルが答えを催促するかのように念を押す。
 長老は目を瞑って聞いていたが、やがてゆっくりと目を開くと、真剣な眼差しで耳を傾けている男達を見渡し、静かに言った。
「いかにも。あの早馬は都の、それも宮からの使者を乗せた早馬であった」
 驚愕とも動揺とも知れないざわめきが、男達の間に広がっていった。
 そんな周り男達の様子とは対照的に、スマルは至って静かに聞き返した。
「宮、ですか?」
「そうだ。宮からの早馬だ」
 長老も念を押すように重々しい口調で答えた。

「あの…宮からの使いが、来たんですか?」
 二人のやりとりを遮るように、長老と向かいあっている場所に座っている若者が立ち上がった。
「何があったんですか?」

 詮索するように言葉を続ける若者にスマルが釘を刺した。
「落ち着けシムザ。まだ話の途中だぞ」
 シムザの表情が苦々しげに歪んだのは、暗闇で周りに気付かれることはなかった。
 そしてまた、長老に向かって問いかける。
「長老、何があったんですか?」

「シムザ! 話の途中だ。座れ」

 今度は強い口調でスマルに言われ、シムザは不満そうにドカッとその場に腰を下ろした。
 まだ何か言いたげな様子ではあったが、左の拳でトンと膝をたたくと、言葉を飲み込みため息をついた。


 シムザの様子が落ち着いたのを確認したスマルは、長老の方に向き直り一礼した。
 長老はそんなスマルに向かって頷くと、顔を少しほころばせてシムザの方に目をやった。
「お前は、シムザだったか…まぁそう急かすな。お前は都や宮の話となると、どうしていつもそう……まぁ、かまわんがなぁ」
 そうシムザに言って微笑むと、再び男達に向かって神妙な声で話し始めた。

「えぇっと、なんであったか・・・そうじゃ、早馬は宮からの使者であった、という話だったよの?」
 一同が頷くのを見て、スマルが先を促す。
「で、使者の用向きはいったいどんな?」
「うむ・・・」

 そう言って長老が言葉を切ると、長い沈黙が流れた。