康大のマダガスカル紀行 @ 出発からアンチラベ到着まで     2006年5月


 327日。いよいよこの日は待ちに待ったマダガスカルへの出発日だ。荷物は大きなトランク1つとリュックサック、手には小さなスポーツバッグのほかに、シスターから預かっていた黒板、医療器具のドップラー、傘2本を携えてチェックインへ。と、ここで早速問題発生!!まずは、トランクに入れた2個のサッカーボール(子供たちにサッカーを教えるための)の空気を抜いてくれと言われたことだ。これは、上空に上がったときに気圧でボールが破裂する恐れがあるため、との説明に納得。続いて引っかかったのは、やはり懸念していたトランクの重さだった。一人20キロの重量制限にANAがサービスとして10キロプラスしてくれたのだが、僕のトランクは33〜4キロを表示。そこでトランクから粉ミルク2缶と釜飯パック(ご飯党の僕には欠かせない)を慌てて抜き出し、ANAが用意してくれた紙袋に移し変えて、機内持ち込みとし、何とかセーフ。こういう時、粉ミルク一缶何キロと知っている僕は強い…?

飛行機が離陸したのは、1810分。定刻通りに出発し、まずはバンコクへ。マダガスカルへの直行便はなく、バンコク経由となるためだ。飛行時間は約7時間20分。現地時間(日本との時差は2時間)の2320分に無事到着。しかし、ゆっくりもしていられなかった。乗り継ぐマダガスカル便は110分発。急いでマダガスカル航空のカウンターを探さなくてはいけない。しかし、表示を見てもよくわからない。英語で係員に聞いてみても、みんな自信なさそうに答える。右往左往すること30分、ようやくマダガスカル航空のカウンターを発見。端っこのほうの隅の一角がそれだった。こんなの見つかりっこないよ。マダガスカル航空はそれほどにマイナーということだ。週2便の離発着とあっては当たり前か。

バンコク / 夜中のせいか省エネなのか、空港ロビー内は薄暗い

ともあれ、手続きを無事終了し、いよいよ離陸といったときに、突然スチュワーデスが荷物棚に目掛け、スプレーを撒きだしたのである。「おっ!?なんだ?」と思って、あとで聞いてみると、防虫剤を撒いていたとか。さすがはアフリカに行く飛行機だ。飛行時間はおよそ8時間30分。時差を埋めるためにひたすら寝た。

マダガスカルの首都、アンタナナリボに着いたのは現地時間(日本との時差は6時間)の朝620分。入国手続きを済ませ、バッグを受け取り、ゲートをくぐると、真っ先にシスター牧野が近づいてきてくれて、ひと言「長旅お疲れ様」と。(その後ずっとお世話になった)運転手のエリーとも合流してほっとひと安心。そのまま車に乗り込み、まずはタナにある別の修道院に向かった。マダガスカルに14年ほど暮らし、フランス語も素晴らしく堪能なシスター平間が優しく迎えて下さり、お昼をご馳走になった。

シスター平間とシスター牧野 無事にシスターに手渡されたサッカーボール

昼食を終え、13時半ごろ、いざアンチラベのアベマリア産院に向けて出発。しかし、これがものすごく疲れた!!山間のくねくね道を延々と行くのだ。長旅の疲れ、時差、悪条件の道路…。これはもう眠るが勝ち、と爆睡を決め込んだ。3時間ほどかけて到着したときは、辺りは薄暗くなっていて、産院の様子ははっきりわからなかったが、ようやく「来たな」という気がした。いよいよ僕のマダガスカル滞在が始まった!!


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