メディア評

言語の危機

現代文化学部助教授
本多 啓


最終更新 1999/1/19 23:44

世界には一体いくつ「言語」があるのだろう。日本語、英語、ロシア語、アイヌ語、ネズパース語、ニヴフ語…6000とも8000とも言われるが、誰も正確には分からない。ただ一つ確実に言えることは、言語の数は急速に減りつつあるということである。たとえばhttp://www.sal.tohoku.ac.jp/~gothit/diversity.htmlは「世界の言語の半数近くが21世紀中に消失するであろうし、悲観的に見ると95%の言語が消失してしまう可能性さえある」という見積りを紹介している。

言語が絶滅する主な原因は話し手が少ないことである。固有の言語を持つ少数者集団が多数者集団の構成する国家の枠組の中に統合されると、自らの言語(だけ)を使用することが社会的に不利な状況を引き起こすことになる。一方で、教育やマスコミなどを通じても多数者の言語の影響を受ける。その結果、若い世代の人々はまず多数者の言語を習得するようになる。もとの少数言語を話せる人々は高齢化し、彼らの死とともに、その言語も絶滅する。

ある集団が固有の言語を失って多数者の言語を使うということは、その言語の背後にあった文化を失って文化的に多数者に統合されるということでもある。このような事態はアメリカインディアン(ネイティヴアメリカン)諸語、オーストラリア原住民諸語や東北アジア(ロシア)の諸言語など、世界各地で生じている。日本も例外ではなく、アイヌ語を母語として習得する人はもういない。このように現実に絶滅の危機に瀕している言語を「危機言語」と呼ぶ。東京大学にそのための研究施設がある(http://www.tooyoo.l.u-tokyo.ac.jp/ichel-j.html)。

世界人権宣言第二条は、人が言語に関して差別を受けてはならないとしている。1993年の世界先住民年を契機として日本でもアイヌ民族に対する法律が変わり、アイヌ語復興運動もある。

『言語人類学を学ぶ人のために』(宮岡伯人編、世界思想社)の第12章は、危機言語問題についての一般論と、ロシアのニヴフ語と日本のアイヌ語の事例を紹介している。『滅びゆくことばを追って』(青木晴夫、岩波書店)は北米のネズパース族の人々との心温まる交流も含めた現地調査の記録である。雑誌『言語』の新連載も危機言語問題を取り上げている。

(ほんだあきら・言語文化論)


『駿河台大学ニュース』50号、 1999年1月18日


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