上海市街区と川で隔てられ、東シナ海にいたる地域は、橋がなかったために全く開発されてこなかった。
東京23区よりも広いこの地域の基盤整備をし、外資を導入して香港に対抗する拠点にしようというのが、中国政府の野望だった。外国の金融機関がおいそれとやってくるはずもなく、この点は全く当てが外れ、香港のコントロールは大きな課題として残ったままだが、浦東新区の開発は着々と進みつつあり、今日も浦東に資本主義建設の鎚音が高く響いている。
といっても広大な地域なので、超高層ビルを固めて10棟建てるというのが何カ所かで行われているといった感じだ。どうもそういう目に見える形の開発が好きらしい。
O社の工場は、川を渡って15分くらい車を飛ばした先にある金橋出口加工区にある。ここは最大の輸出加工区だそうだ。ここに上海郊外にあった3工場を、40億円かけて集約した。そのほうがデリバリーが楽だし、行政からもさまざまな便宜が受けられるからだそうだ。
しかし、実際は浦東新区の土地代はかなり高くなっており、これを嫌って外国企業は逃げ出す傾向にあるという。中国政府が我慢しきれなくて、回収を急ぐ傾向であろう。
合同開業式という事で、工場をとりまく金網にはカラフルな旗が掲げられ、アドバルーンが宙に浮いている。式の直前には、爆竹が鳴らされ、太鼓のとどろくなかを黄色と青色の竜がうねり歩く。チャイナドレスのおねえちゃんがずらりと並ぶというたいへんな騒ぎとなった。お偉いさんは、副首相の名代として中央政府の機械部長(大臣)、電子工業部長、上海市の女性副書記、日本大使館小林総領事といった面々。私にはなんの興味もない。
ところが、件の女性副書記は、結構偉いらしい。序列が気に入らなくて、ごねている。なぜそういうことが起きるかというと、上海、天津、北京は中央政府の直轄地であり、かつ江沢民や副首相も上海出身であることもあり、中央政府のほうが格上とは、なっていないわけだ。ましてや中央政府は、浦東新区自体を直轄地として上海から独立させようと考えており、いろんな面で上海市とは対立関係にある。
Hill&Knowtonというアメリカのコンサル会社があるが、この会社が、上海市幹部の写真・住所入りのおっきな関係図をつくっていたのには驚いた。やはり、アメリカの中国研究はラベルが違う。
さっきのチャイナドレスのねえちゃんだが、香港の電通あたりの手配かと思ったら、プロモーターみたいなおばちゃんの話を聞いてみると、なんとヤオハンなどが出資してつくった経理学校の女子高生だという。それで、そのおばちゃんは、そこの先生なのだった。自分の生徒の中からまともなのを選んで、アルバイトさせているのである。日本でこんな事をしたら、大変な騒ぎになるところである。しかし、そこは中国。学校も独立採算が求められるのだろうか。
なにせパトカーを一日5万円で借りられるのだ。よく日本の経営者が、空港からパトカーの先導がついたので、熱烈歓迎にころりと参って不利な取引をするというが、上海では金持ちの子弟が、パトカーを借りて乗り回している光景が不思議ではないのである。
ところで、3工場をすべてみてみたが、私にはこれらの工場で黒字が出せるとは思えない。工場は基本的に日本の仕様でたてられており、機械も日本製だ。目に付いた中国製品はエアーカーテンくらい。事務室の備品など、ウチの編集部よりはよほど上等だ。
一方、ラインはほとんど自動化されていない。手作業で行う加工がほとんどで、これを平均年齢17歳という女性たちがこなしていく。彼女たちは車で2時間ほど南の村から徴発され、家族との涙の水杯を交わして、近所の寮に押し込められているのだ。
自動化されていないということは、精度の低い、付加価値の低い製品を作っているという事を意味するのではあるまいか。もちろん生産技術の移転には時間がかかるものだが。
工場の一つは、電話交換機用のリレーをつくっている。これは中国にとって必要なものの一つだ。しかし、シーメンスにリレーを納める外国企業はほかにもある。この部分では価格競争になっており、あまり儲かっているとは、少なくとも総経理の口振りからは思えなかった。ところで、現在の中国のレベルでは、このリレーですらも、シーメンスに納めるような国際標準の製品は作れないのだそうだ。さらに、クリーンルームの清浄度ときては、日本と二桁違うという。これでは、歩留まりにたいそうな差が出るそうだ。
なるほどそれもわかるが、中国が本当に狙っているのは、そうした部分の技術移転ではないのか。中国企業も必ずや国際標準を満たす製品を作れる日がやってくる。その日が早いか、遅いか、国際ビジネスに乗り出した企業にとっては、スピードの問題になっているのではないだろうか。
工場を償却する前にその日がやってきたら、いったいどうするのだろうか。
だだし、ここで考慮しなければならないのは、アジアビジネスをやっている企業は、決して一国単位でものを考えていないということだ。O社も、韓国にもマレーシアにも台湾にもインドネシアにも工場を持っている。そうした資源をフルに使って、その時点の環境下で経営者は最適化を考えるはずだ。そのための布石として40億の投資なら安いものかもしれない。ましてや10億人の市場への入場券も兼ねているのである。このレベルまで来たら、経営はまさに博打である。