ある旧日本人の死

(2004.03.10)

 ある経営者が死んだ。彼は、成功者であり多くの人を使う立場だったのだが、彼が経営する食品工場が伝染性の物質に汚染され、危険な状態になってしまった。
 彼はその事実を知りながら、あくまで公表を避け、自分で消毒して対処しようとしたが、もとよりその様なことで病原の拡散を防ぐことはできなかった。それよりも問題なのは、そうした事実を知りながら、七日間も届け出をせず、生産物の出荷を続けてしまい、病原の拡散を広げてしまったということだ。

 そうした責任をメディアから問われたときに、彼は「警察に話すことなので、何も言えない」とさらに情報隠匿を続けた。そしてその翌朝、彼は細君と一緒に首つり死体となって発見された。

 その日、国会では再発防止策が話し合われたが、本人が死んだということもあって責任追及の矛先はどうにも鈍りがちだった。死人にムチ打つことはよしとはされないからである。あまっさえ、「自殺防止策について」というとんちんかんな質問をした議員すらいた。もしここで、やっていいことと悪いことの区別がはっきり示されなければ、また同じことが繰り返されるだけなのに、この経営者が死を選択することによって原因や責任はうやむやにとなり、旧日本人の流儀はまたしても延々と生き続けることになったわけだ。

 私の目から見ると、この一件はこうみえる。
 情報隠匿は、旧日本人の十八番である。彼らは、「自分にとって都合の悪いことは、隠し通せば何とかなる」と考えている。「これはまずいことが起こっているな」とみんながうすうす感じていたとしても、なかったこととして隠してしまうわけだ。そしてみんなが黙っていることによって、全員が共犯になってしまう。
 「ケガレは見なかった事にすれば、問題ではなくなる」という意識に近いかもしれない。和歌山の毒物カレー事件の時に、気が動転した人たちが証拠となるカレーをきれいに洗い流してしまって、何が起こったのかの解明の糸口がなくなってしまったというのに似てるかもしれない。

 さすがにそれは人間の本性に反しているので、匿名の電話で事態が露見した。しばらく前の旧日本人社会であれば、そんな裏切り者はいなかったので問題は露見せず、日本中にあっという間に病気が広がっていしまってたいへんな被害が出ていたかもしれない。多少は世の中、進歩しているということなのだろう。

 事が露見してしまっても、この経営者は情報を開示を徹底して忌避した。これでは「自分にはすべての裁量権があるのだから、他人にとにかく言われる筋合いはない。私は社長だから何をしてもよいのだ」という発想であったと思われても仕方がない。
 もしも「自分の判断は間違っていたかもしれない」と思ったら、自分の判断の根拠や、その時に得ていた情報をきちんとオープンにして説明し、他者の客観的な判断を仰ごうとするはずだ。それによって自分の判断が正当なものであったことを堂々と主張すればいいわけで、それをしないで自分の殻に閉じこもったままで、「自分は悪くない」と主張しても、まったく正当性の主張にはなっていない。

 とはいえ、実際に無慮数万の家禽が死に、司直の追及の手も免れないという状況になってしまっては、とうてい自分の正当性を主張できない。悪いとわかっているのならば、社会に対する本当の謝罪は、遺書めいた「ご迷惑をおかけしました」の一言ではなく、問題はこのようにして起こり、このように自分は判断を誤ったということをさらけ出すことによって行われるべきで、そうでなければなんの足しにもならない。
 しかし彼が選んだのは、すべての説明を拒否することによって、自分が何をしたかについての情報を消し去ってしまうことであった。それでは「自分は本当は悪くない」と主張しているのとあまり変わらない。

 では、情報を開示することによって、彼が一番恐れたことはなんだったのだろうか。
 推測に過ぎないが、実は彼が一番恐れたのは、病気への感染を知りながらも市場に対する出荷を続けてしまった自分の判断の間違いを指摘されることではなかっただろうか。それは自分を守りたいという自己中心的な動機でしかないのだが。

  たとえ旧日本人であったとしても、生身の血が流れている人間なので、「他人に迷惑をかけるのは良くない」ということはうすうすは気がついている。だから本来であれば、感染に気がついたときに情報をオープンにしていれば、被害は最小化されたはずなのだ。しかしそれを隠蔽してしまったという負い目、自分に対する恥ずかしさ、悔悟の情が彼を自殺に追い立てたのではないかと私は思えてならない。もしそうでなければ、彼は自殺するまで自分を責める必要はなかったのだから。

  そこにあるのは、真実を見つめることができない人間の弱さでしかない。責任ある地位にある人間には、そうした臆病さは許されるものではない。リーダーが「自分さえ守れればいい」と思っていたのでは、みんなが不幸になるだけだ。リーダーの責任範囲は、自分の影響が及ぶ範囲全てに広がっているのである。

 この悲劇は、旧日本人の意識と、それに基づいた行動が起こしたものだと思う。
 そして死を選んだ経営者に対して、側隠の情を感じるのは、「自分自身もまたそのような立場になったときに、情報隠匿してしまい、ことを大きくしてしまう可能性があるかもしれない」という意識に基づいてはいないだろうか。

 しかし死んだからといって、この経営者の責任はまったく減殺されるわけではないのである。なぜならば、経営者はなによりも消費者の安全に責任があるからだ。彼の行為によって、日本人全員が大きな脅威にさらされたという事実は死によっても隠せるものではない。
 旧日本人としてみれば、目の前にいる従業員の雇用のことを考えてしまうから「何もなかったことにしたい」と考えるのだろうが、その時点で彼の判断は間違っている。自分を中心に、身近なものの利害からをすべてを考えるという共同体的発想がここにあるのだ。そこに決定的に欠けているのは何よりもまず「公的な利益を守らなければならない」という意識であろう。公の利益を考えず、「ただ自分は悪くない」という主張を身をもって行っただけの自死は自己中心的であり、そうまでしても「自分の小さな自尊心を守りたい、他者は関係ない」とする夜郎自大はまさに旧日本人の真骨頂である。

 経営者として自分が全権を持っているというお山の大将意識と、情報をコントロールする優位な立場を維持したいという意識に基づく情報隠匿性向は旧日本人に一般的なことである。
 それが企業社会で積もり積もってできあがったものが、現在各企業が抱え込み、またそれを処理するために多くの人々の機会を奪うことになってしまった不良債権である。本来であるならば、公的資金を注入されるような企業経営者は、この経営者のように首を吊ってしかるべきである。しかし彼らは、幸いなことにこの経営者はとは違って一代ですべてを築いたわけではない。「自分にはその責任の一端しかない」という意識が延長されて、「自分には責任はない、むしろ不良債権が増えたのは政府の責任である」という傲慢な態度にまで簡単に結びついているだけである。しかし彼らがやっていることは、この経営者は全く選ぶところがないと私には思えるのだ。

 さらに振り返れば前の戦争においては、やばい情報を隠匿しそのまま進んでいったことによって取り返しのつかない失敗をしたというケースは枚挙にいとまがない。 早い話、これが日本軍の最大の敗因であったのではないかとすら思えてならないほどである。

 ひとつだけ例を挙げるとするならば、情報統制下において日本国民は大本営発表に基づいて戦況を判断してきたわけだが、大本営発表に従えば終戦時まで「日本が負けるはずはない」と信じていた人が少なくなかった。当然であろう、なぜなら、大本営発表を絶対の真実と信じ込む限り、連戦連勝なのだから。しかし実際には多くの兵士や国民は、戦況がどれだけ不利であったとしても、その客観的な事実から目をそらし続けた。うすうすやばいとは思っていても、組織の秩序を維持するという観点に立って劣悪な環境にも耐え続け、そのためには死をもいとわなかった。東京中が焼け野原になっても、まだ日本の勝利を信じていたというのだから、旧日本人たちにつける薬はない。
 そうした情報隠匿と受苦の精神は、大きな損害を出して戦争に負けた後でも、日本的な美徳としてたたえられ、後の旧日本人にまで脈々と生き続けている。

 これに対して非常に対照的な事例がある。私が好んで見ているテレビドラマで、「ザ・ホワイトハウス」という番組がある。架空のアメリカの政権の中で、主に大統領と補佐官、広報担当者が日々の課題をいかにして解決していくか。その中に政治的な理念や、個々人の人間性を非常にうまく織り込んで見せてくれているドラマだと思うのだが、現在放送されている部分では、大統領が自分が難病に侵されているという事実を国民に隠しており、これをどのように公表するかということで悩み続けるというテーマが続いている。
 まずすでに、大統領自身が再選を前にして、その事実を国民に公表しようと考えているということ自体が、旧日本人にとって驚きであろう。「隠せるものは墓場まで持っていくのが、秘密を知ってしまった者の責任だ」くらいに考えている人たちには、自分に不利なことをオープンにする意味は理解できないに違いない。しかしこのドラマの登場人物たちは、自分が「やばいことを知っている」と自覚して行動し、第三者を結果として騙すことになっていなかったか……という点に関して非常に神経を使っている。故意に情報を隠したり、ウソをつくことは罪であり罰を受ける対象となることをしっかり自覚しているからだ。もとよりそうした感覚は、旧日本人にはない。

 経営者も、一般市民も、大統領も、広くは国民の一人であり、国益、公益を考えるという観点からすれば、すべての利害関係者にとって問題となる情報を隠しておく正当性はだれにもないという、まったく単純な事実を、旧日本人は金輪際理解すらできないのである。その淵源は、自分と他人を分けて考えず、一視同仁、どんぶり勘定にすることで、自分と他人の責任を同化し解消してしまう「なあなあ」の精神にある。
 しかしもし利害関係者に情報公開しないことが、「騙している事に等しい」ということが理解できないのであるならば、それは他人の人権を否定し、お互いが信頼しあって社会を運営していくという基本的な構造を否定していることに他ならないのだ。顧客をそのように見ているということは、すなわち顧客を搾取の対象として認識しているということであり、そうした考え方のビジネスが成り立っていること自体が異常としかいいようのないことである。

 旧日本人とは、そのような人種なのである。まあ今さら驚くほどのことでもないのではあるが。

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