『武家の家計簿』(磯田道史・新潮社) この本は、金沢藩藩士の天保年間から明治までの家計簿を分析しているらしいです(「週刊新潮」の紹介記事を読んだもので)。8代目当主は借財整理の英断をして借金棒引きに成功したのですが、どうやっても赤字は残ったそうです。それは筆者の言う「身分費用」(親戚・同僚との付き合いの祝儀贈答、儀礼行事費用、下女の給金など)のために、どんなに節約しても構造的に赤字になってしまうからなんですね。
共同体社会の中でこそ生きられる武士としての体面を守ることがそれだけ大切だったんでしょう。しかし、その結果として「身分費用のためにゆくゆく借財でお家断絶になるとしても全然構わない」と武士階級はみんながみんな、あきらめていたわけです。「ふつうに生きていて赤字が出るようなバカバカしい経済構造自体を変えるべきだ」という方向にはどうやっても頭が回らないわけです。ものすごい経済観念の欠如です。体面を保つために死んでもいいといってるわけですから、「健康のためだったら死んでもいい」と言ってるのと同じですよね。
でもこれって、いまの日本の状況と同じです。このまま財政が悪化したら経済破綻しかないのはわかっているのに、「財政出動しろ」と圧力をかけたり、実際に自主運用の含み損が兆単位で出ているのに「郵便貯金や年金を株価対策に使え」と要求する政治家たち、彼らはおそらく、「日本が潰れるなら潰れてもしかたないだろう」と思っているのでしょう。コントロールしようという意思はないわけです。それと同様のことが各企業で起こっています。そういう人は経営者としては不適当だと思うのですが、いくら言っても馬耳東風なのは、江戸時代以来のハラキリ型の経済観念が正統派だと未だにみんな思っているからなのだとわかりました。