フィクションはタイトルで泣け 第7回
凡人の作戦その2 「四文字熟語の威力 」
溜池通信編集長 かんべえ
http://tameike.net/
2000.4.30
だからといって、何も中国の古典にあるようなすごい用語をひねくり出す必要はありません。たとえば『資治通鑑』といえば、語感の強さもすごいし、意味も「治(政治)を資(たす)ける通鑑(通史)」ですから、相当なありがたみが感じられます。しかし、フィクションを読むのは中国の皇帝ではなく、満員電車の中で文庫本を開くような連中ですから、力を入れ過ぎると失敗します。あまり日常からかけ離れた言葉を使うのは考えものです。
四文字熟語の大部分は、「2文字+2文字」でできています。ごく単純な2つの用語を組み合わせて、インパクトがあってオリジナルな熟語を作るのが上手な手法です。このジャンルの代表作は、何といっても太宰治の『人間失格』でしょう。「人間」も「失格」も、それぞれ切り離してみれば普通の単語で、特段難しい漢字も使っていません。それでも4文字そろったときの威力たるや絶大です。これに加えて「恥の多い人生を送ってきました・・・・」という太宰独特の語り口が重なれば鬼に金棒というもの。
日本SF界が生んだベストセラーにも、四文字タイトルの名作があります。『日本沈没』です。声に出して読み上げてみても、「ニッポン・チンボツ」という語感に歯切れの良さが耳に残ります。小松左京は晩年になって『首都消失』という自己模倣の二番煎じを書きますが、あいにく「シュト・ショーシツ」では力が入らなかった。四文字熟語はリズムの良さが命なのです。
最近のマンガに『蒼天航路』があります。三国志の快男児、曹操を主人公に描いたもので、イメージにぴったりのいい題名になっています。「ソーテン・コーロ」という語感も悪くない。「XX三国志」みたいな題名にしなくて大正解だったといえましょう。
四文字タイトルで良くあるパターンに「XX物語」という手口があります。源氏とか平家とか、いろんな「XX物語」があるので、ついついやりたくなってしまうのですが、成功例は少ないようです。その昔、"Little Women"というちっとも面白くない題名を、『若草物語』と訳したすごい成功例がありますし、『二都物語』も詩情ゆたかですが、荒俣宏の『帝都物語』になるともういけません。
ご参考までに、四文字熟語の題名は、本の表紙に記すときにデザインが工夫できるという長所があります。たとえば大新聞の名前はほとんどが漢字四文字ですが、「朝日新聞」は縦書き、「読売新聞」は横書き、「毎日新聞」と「産経新聞」は2文字X2文字で組んでいます。こういう工夫ができるところが四文字熟語の便利なところです。
最近、『金融腐食列島』が話題になり、映画にもなりましたが、題名を漢字6文字にしてしまった点でメジャーになりきれなかったような印象を禁じ得ません。漢字ばかりの長い題名は、いわゆる「石塔型」と呼ばれる駄目な例の典型で、この場合も『金融腐食』でとどめておいた方が、のちのち「XX銀行の金融腐食」などと使いまわしが効いて良かったような気がします。