フィクションはタイトルで泣け 第6回
凡人の作戦その1 「困ったときは地名を使え」
溜池通信編集長 かんべえ
http://tameike.net/
2000.4.29
それでは自分が一流かどうか、自信のないクリエイターはどうしたらいいでしょうか。これから凡人でも使える題名の作り方を伝授いたします。
最初に紹介するのは、「困ったときの地名」定跡です。先に紹介したのが人名もそうですが、固有名詞には普通名詞にないインパクトがあるものです。地名は人によって違う印象を持ちやすいので、ある程度、最大公約数的なイメージにのっとってつけなければなりません。
地名を上手に使う作家につかこうへいがいます。彼の演出ノートの中に、こんなくだりがありました。「女の子が一人でアメリカに留学することを親に告げる。このシーンでどの大学に行くことにするか。一人旅がつらい、厳しいものであることを表現する必要がある。そこで彼女は"シカゴ大学"に行くと言うことにした」。
なるほど、UCLAでは遊んじゃいそうだし、MITではおたくっぽいし、ハーバードでは嘘臭い。その点シカゴなら寒いし、治安も悪いし、大学の勉強もきつそうだ。このへんのイマジネーションが、固有名詞を使うこつだといえましょう。
つかこうへいの作品には、地名が絶妙に使われています。『熱海殺人事件』や『蒲田行進曲』で、熱海や蒲田の代わりに別の地名を入れてみてください。何を入れてもぴんと来ないのが分かると思います。最近は「殺人事件」の頭に適当な地名か電車の名前を付けて、ベストセラー一丁上がり!てなこともあるにはあるのですが、それでは記憶に残る題名にはなりません。もしあなたが西村京太郎のファンであれば話は別ですが。
地名をタイトルに取り入れた名画は不思議と多いものです。『カサブランカ』や『ローマの休日』を見て、一度はここを訪ねようと思った人は少なくないでしょう。一方でパリとかニューヨークは人気がありすぎるのか、記憶に残るタイトルが少ないのは残念です。駄作はいくらでもありますけど。筆者が好きなものを
挙げますならば、『パリは燃えているか』、『パリ、テキサス』(これは本物のパリではない)などがあります。やはり有名な地名となると使い方が難しいので、少し小さめの都市に限定した方がよろしいようです。どこにあるのか知らないけど、『シェルブールの雨傘』なんて実にいい響きです。
話が脱線しますが、地名がもっともよく使われるのは演歌の世界です。それこそ『知床慕情』から『長崎は今日も雨だった』まで、日本列島のあらゆる岬、半島、海峡、港町、山などが歌いこまれてきました。これは一種のデファクトスタンダードとなっているようで、韓国でも『釜山港に帰れ』という名作を残しています。
地名をキーワードにした題名は、中身に関係なく人々の記憶に残る可能性があります。少なくとも地元の人は喜んでくれます。なかには、これで観光資源が増えるとほくそえむ人もいるでしょう。前川清の『そして神戸』はどうということのない演歌でしたが、大震災以後は禁断の曲となり、しまいには紅白で歌われたりしました。この手の楽しみがあるので、地名を使うセオリーはなかなかに有力なのです。