フィクションはタイトルで泣け 第3回
求められるコピーライティングの技術
溜池通信編集長 かんべえ
http://tameike.net/
2000.4.15
さて、いい題名をつけるためには、コピーライティングのような知恵が必要になってきます。題名にとって重要なことのひとつに覚えやすさがあります。人の名前もそうですけど、「いっぺん聞いたら忘れない」というのが理想です。口に出して読んでみたときの語感も大切にした方がいいでしょう。
最近、話題になったミステリーに『屍鬼』があります。これ、内容的には相当な力作だとの評判を聞いておりますが、この題名は失敗だと思います。つまり、「こないだ、"しき"を読んだけど面白かったねえ」と言われても、この人が読んだのは『史記』なのか『四季』なのか、はたまた『式』なり『指揮』なり『死期』なり、あるいは『士気』『子規』『私記』といった小説があるのかと思ってしまい、しかも困ったことにどれを取ってもありそうな題名なのです。これではオリジナリティという点で失敗です。
音の頃の良さ、というのも大切です。これまた筆者が読んでない作品ですけど、外国人作家による『いちげんさん』という小説があります。これは文句なし、題名の名作です。この題名の魅力は、「京都という街を舞台にした疎外感の物語」という内容を見事にひとことで表しているだけでなく、「ん」の字が2つも入っているので音の響きが良くてゴロがいいのです。
富野由悠季氏が語るところによれば、「アニメの主人公の名前には"ん"を入れる」のが鉄則だそうで、「ガンダム」や「イデオン」など、彼の作品には必ずと言っていいほど「ん」が入ります。これはいささか飛躍かもしれませんが、わが国においては「あんぱん」「ピンポンパン体操」とか、「めんたんぴん」とか、「ん」の字が入る人気者は枚挙にいとまがありません。
覚えにくい、読めない、書けない、語呂が悪いなどという題名は不親切です。
最近ではすっかり大家になったミステリーの京極夏彦は、やたらと難しい漢字をつかった題名でヒットを連発しています。これはいわば確信犯で法則を逆手に取ったマーケティング戦略といえましょう。とはいえ、読んでない私がどれひとつとして彼の著書の題名を正確にここに記せないことからいっても、あまりお得な作戦ではないようです。そもそも「じょろうぐも」なんて普通漢字では書きませんがな。
簡単な、誰でも知っている言葉を使って、万人の印象に残る題名を作るのがプロの技といえましょう。いたずらに長くてわかりにくい題名の作品で、歴史に残るようなものがあるでしょうか。単純にして明快、オリジナリティがあってなおかつ一度聞いたら忘れないというのが題名の理想であります。ノーベル賞作家の大江健三郎は、若いころには『狂気よ、われらの生きのびる道を教えよ』などとやらかしてましたが、その後は反省したのかこの手の題名は使っておりません。