ぼくは一度台所の隅に、
ほうれん草の根のところをうすく切り捨てたのを放置して
老師にみつかったことがあった。
老師はだまってそれを拾いあつめられると
「よう洗うて、ひたしの中へ入れとけ」といわれた。
ぼくは赤面した。
ほうれん草の根はまことに洗いにくい。
老師は怒るふうでもなく、
「いちばん、うまいとこを捨ててしもうたらあかんがな」といわれた。
「何ものにも、執着していてはならぬ。
どうして一体粗末なものをいやがる法があるのか。
粗末なものでもなまけることなく、
上等になるように努力すればいいではないか。
ゆめゆめ 品物のよしわるしにとらわれて
心をうごかしてはならぬ。
物によって心をかえ、人によってことばを改めるのは、
道心ある者のすることではない」
ぼくは捨てたほうれん草の根の端っこをわたされた時、
右のような教訓がきこえてきたような気がした。