十一月の章

この月もまだ山に果がなる季節である。
栗、椎、地梨子、またたび、すぐり、わが家のまわりの
雑木林へゆくと、野生のそれらがしずかに私を待っている。

私の書斎からは、栗の梢がみえる。
ことしはどういうわけか不作である。
去年は二斗も拾って、カチ栗にし、客にも仰山分けて
さしあげられたのに、何となく淋しい。
ものの本によると、栗にしても、椎にしても、
ある年は、狂ったようにみのるが、そういう翌年は、
まったく不作だそうだ。
しかし二十本ほどある栗の中で、少し、イガをみせているのが
一、二本ある。
これは、去年はダメだった品種なのだろう。

樹も、人間に似て、働いたあとは眠りたいのだから、
ことしの不作を云い詰るわけにもゆかない。
ことしは一服してもらい、また来年はみのらせてくれ、
と手をあわすしかないのである。

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