オーディオの科学へ   ここを読む前に「サブウーファーの薦め」にも目を通しておいて下さい。

サブウーファーの音は遅れる?

という話がある。本当だろうか? とりあえず測定をしてみた。測定は4発又は8発サイン波を用い、マイクで収録した波形をオシロにかけ写真を撮った。

実験方法

スピーカ : サブ(スーパー)ウーファー : YAMAHA YST-SW1000 
        カットオフ周波数:130Hz(常用 40Hz)、ボリューム位置:12時くらい、位相 : 正相(標準)
       メインシステム : ダイアトーン DS-1000ZA

部屋、アンプ 等は ここを参照

音源 : WaveGene for Windows(Free Soft) でWAV ファイルを作製・保存
     Onkyo USB Digital Audio Processor SE-U33GX でD/A 変換 
     左チャンネル出力を参考信号としてオシロ ch1 入力へ、 右チャンネル出力をアンプ Line3 右チャネル入力端子へつなぐ
     サブウーファーの入力信号はアンプのプリアンプ出力を使う。

マイク : Sony ECM-280 エレクトレット型(30 Hz 〜 18000Hz),
     μ741 オペアンプで利得100倍のプリアンプ使用(自作 これを付けないと S/N が悪く良いデータがとれない) 
     プリアンプの出力を直接 オシロ Ch2 入力へ。
     マイクの位置は標準で両スピーカーから0.5 〜 1 m、床上約20 cm、一部の測定は(定在波の影響を見るため)
     聴取位置の直前(スピーカから約2m)、床上20cm で行った。

オシロスコープ : 日立製 V-212 20MHz アナログ、ch 1 に参考信号を入れトリガーにも使う。
   縦軸感度は標準 50mV/div、今回は過渡特性の測定が主目的なので縦軸は見やすいように適当に調節した。
   時間軸は標準 10msec/div 又は 20msec/div (測定結果から時間間隔は推定可能)

カメラ : CANON EOS Digital Kiss マニュアルモード マニュアルフォーカス、感度 ISO 100、シャッタースピード 1sec 固定、

測定結果 とりあえず周波数順にまとめたものを示す 上の波形がマイク出力、下が入力電圧を示す

32.5Hz (周期 31msec) YST-SW1000

サブウーファーの過渡特性 定常音圧に達するのに3波弱必要。 制動は比較的良好

40 Hz (周期 25 msec) YST-SW1000

左サムネールをクリックして下さい
結果は 32Hz とほぼ同じ

60 Hz (周期 17 msec) YST-SW1000 および DS-1000ZA

左が DS-1000ZA 密閉型で過渡特性が優秀なSPと評価されている。これを基準にサブウーファーの過渡特性(右図)を評価すると、 (1) YSTはDSに比べ時間軸が約半波長(〜8 msec)遅れている。(2) 立ち上がり、制動はDSの方が少し優れているが、この周波数ではYST もそれほど遜色はない。ところで、左図DSの応答波形で右端のピークがひどく尖っており波形が歪んでいるように見える。これは、電圧波形の終端がサイン波から瞬間的に0 V になり、この部分のフーリエ成分には高周波成分がふんだんに含まれている。DS-1000 はフルレンジシステムなのでこの高周波成分がこのように再現されるわけである。それに対しYST は高周波成分はカットされているので波形が鈍りこんな形になる。

70 Hz (周期 14 msec 定在波が発生する周波数) YST-1000 8波

左はスピーカーから約1m の位置、右が 聴取位置直前(スピーカから約2m)、いずれも床上20cm 付近での収録。 我が家のリスニングルームでは天井と床の間の平行面間の反射で約70Hz の定在波が発生する。そのため、定在波が成長するために約5波長(70 msec)ほど立ち上がりが遅れ、残響も長い。なお、このような測定結果は我が家だけでなく、ネット上で見つけたこのサイト(63Hz のデータ)でも同様の結果が得られている。

このように定在波は音圧-周波数特性に凸凹を作るだけでなく過渡特性に甚大な影響を及ぼす。

参考データ 他のスピーカーの単発サイン波応答

他のスピーカシステムの過渡特性がどうなっているか知りたいところであるが自分で測定するのは簡単でないので文献を当たったところ、古いラジオ技術誌(巻号不明)に載っていた別府俊幸氏の単発サイン波応答のデータを見つけたのでその内3つのデータを紹介しておく。


B&W 801
(バスレフ)

Tannoy Debon
(バスレフ)

著者自作(密閉)
ユニット DYNAUDUO


左サムネールをクリックして下さい.
大きくなります。


残念ながら単発サイン波では立ち上がり特性を見ることは出来ないが、制動特性はある程度わかる。ただし、著者の目的は低音特性ではなくクロスオーバー周波数付近の特性で、低音特性は部屋の影響かスピーカーの特性かよくわからない嫌いがある。それでも、さすがに高級モニタースピーカーとして有名な B&W 801 の特性は音圧出力、過渡特性とも優秀である。これに比べても、YST-1000 の制動特性は決して見劣りしないことがわかる。

さて、音が遅れるとは?

物理的には

(1) 力と速度(電圧と音圧)の関係 : 例えば振り子の運動を考えてみよう。重りに最も大きい引き戻し力がかかるのは振り子が振り切ったところである。しかしこの位置は振り戻し点に当たるので速度は0である。一方、重りが中心(真下)にあるときは左右への復元力は0だが速度は最大である。このように単振動する系の質点にかかる力と速度は1/4周期(位相90度)ずれている。これと同じように、スピーカーの場合、振動板を動かす力はアンプ出力電圧(正確にはスピーカーのボイスコイルに流れる電流)に比例し、音圧の生じる原因である振動板の速度はかかった力(=加速度)より遅れて変化する。サイン波の場合少なくとも90度位相が遅れる。つまり、最小で振動周期の1/4 は原理的に遅れることになる。ただし、この遅れは、入力電圧と音圧出力の差をもたらすが音の遅れとして感じるわけではない。

(2) 共鳴振幅の増大と収束 : ブランコをこぐとき周期に合わせて力を入れると振幅がどんどん大きくなっていくのを経験したことがあるだろう。このように共振があるとその周期に近い時間間隔で力をかけると振幅がどんどん大きくなる。実際には摩擦抵抗などにより一定の平衡値に近づくがこれが立ち上がり時間といってもいい。制動が弱いスピーカーでは立ち上がりが遅く、同時に振動の収束も遅くなる。この点でもYST システムは他のシステムに比べてもかなり良く制御されているように思える。ただし、部屋に定在波が立つとかなり立ち上がりが遅くなり残響時間も長くなる。

(3) 群遅延
実際のスピーカーシステムはもっと複雑で、空気抵抗、ダンパーによる制動など、色々の要素がからみさらに遅れが生じる。詳しくは群遅延(バースト波の遅れ)として解析され、音が遅れると感じる主因は、群遅延時間が周波数によって異なるためと考えられている。振動板やバスレフポートの共振があるとその周波数付近で群遅延は最大となる。特にバスレフ方式の場合、振動板とダクトの共鳴の2つの共振を利用しているので密閉型に比べ遅延時間は大きくなる。YSTの場合振動板の共振は正帰還で抑えられており普通のバスレフ型より遅延時間が短くなっているはずである。実際このデータで見られるようにDS-1000とYST-SW1000の時間軸の差(10ms以下 正確には群遅延時間そのものではない)過去の文献に見られるデータより密閉型との差は小さい。

以下 2008.4.24 追加
なお、最近 YST-SW1000 の後継機である YST-SW1500 の測定データがネット上で公開されており、

http://www.hometheatershack.com/forums/subwoofer-tests/6015-index-subwoofer-tests-manufacturer-model.html
(このサイトの製品リストの最後の方)

リストの直上に記載されている密閉型(Velodyne SPL-1200)に比べ、価格が安いにもかかわらず、群遅延時間(26msec)、80msec後の遅延スペクトル共より優れている(高速である)ことが読み取れ、「バスレフ式は音が遅れる」という噂は単なる風評に過ぎないことが分かる。

結論的には、このシステムは超低音の音圧出力はかなり大きいが、他のシステムに比べて特に音が遅れるという傾向は見いだせなかった。

聴感では

私自身はYSTを古くから使っているが特に音が遅れると感じたことはない。耳が悪いと言われそうだが、それなりの根拠はある。

(1) 最近は映像付きの音楽番組を見る(聴く)ことが多いが、例えば大編成のオーケストラで近代曲を聴くときなどよくバスドラムが活躍する。バスドラムは37Hz 辺りにチューニングされていることが多いようだが、映像で奏者がバチを当てた瞬間の音を決して不自然に感じたことはない。

(2) iPod をイヤホンで聴くことも多いが、密閉型のイヤホンは原理的に超低音に強く、音圧も十分で群遅延時間も原理的に極めて小さいものと思われる。これと、比較してYSTの音が遅れて聴こえるという感じはない。

(3) 測定で得られた遅延時間は人間が検知出来るといわれている限界値よりかなり小さい。

そこで、どうして巷では、サブウーファーは音が遅れるといわれるのか理由を考えてみた。

(1) 黄金の耳の持ち主であり、実際に生じているわずかな時間遅れを感知している。

(2) 日頃聴きき慣れない40 Hz 以下の音そのものを遅いと感じる。

(2') これと関連し、サブウーファーの薦めページの最後に書いたように、例えば、基音が D0音 37Hzのバスドラムの音を低音があまり出ていないスピーカーで聴くと、高調波成分をバスドラムの音と勘違いし、これをスピード感のある低音と思い込み、本当に37Hz が出ていると遅れた低音と感じてしまう。

(3) メインシステムとのつながり(主にオーバーラップ)が悪い、あるいはボリュームの上げすぎ(要するにチューニングが悪い)不自然な音を出している。

実際、音楽信号と耳だけでサブウーファーを適正にチューニングするのは至難の業である。サブウーファーを使っている人はぜひ、測定をしてみることをお薦めする。少なくとも Wave Gen で 25Hz 以上5Hz 毎に 100 Hz くらいまでの20秒くらい続くサイン波をつくり、CD-R に音楽CDとして焼き CDプレーヤーにかけ耳で聴くだけでも多くのことがわかるはずである。

クロスオーバー周波数の目安としてはメインシステムの低域音圧特性が平均音圧から −6 〜 ー7 dB 減少する辺りの周波数を選ぶとよい。私自身は メインシステム Diatone DS1000ZAに対して YAMAHA YST-SW1000 をカットオフ周波数 40 Hz、ボリューム 11時、逆相接続でつないでいる。

なお、より手軽に良好なサブウーファーとメインシステムのつながりを実現するには、最近比較的安価に手に入るようになったDSP機能付きAVアンプを利用することである(例えば これ)。補正用のマイクが付属しており、クロスオーバー周波数や音量、位相特性まで自動的に設定してくれるそうである。 (2009.4.7追加

(4) このデータに示すように盛大な定在波が立っており、これを音の遅れと感じる。

ただし、10畳程度の部屋では定在波は 50 Hz 以上となりサブウーファーの受け持つ範囲には含まれない場合が多い。

もちろん、巷に流布する「サブウーファーの音は遅れる」という風説が先入観として作用することも大いにあり得ることである。

さて真相は?