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パソコンによる健康被害

●頸肩腕障害●

 凝りや痛覚の広がりに着目
      早めに十分な休養を勧める

渡辺靖之(港勤労者医療協会芝病院神経内科)

● 米国では,パソコン業務増大に伴うRSI(反復性ストレス障害)による経済的損失は年間3〜6兆円 と見積もられている。

● 頸肩腕障害は,手指の反復性動作や長時問の姿勢,上肢保持による静的筋肉疲労によって起こる。

● 凝りの広がり,痛覚過敏や半身感覚障害の有無,握力・背筋力の低下度などから重症度を診断する。

● 早期発見と,早めの思い切った休職や休養,通院治療などの早期診断・治療が望まれる。

欧米をはじめ世界各国でパソコン業務が急速に増大するにつれて,パソコン作業に関連して生じる筋骨格系障 害が問題になってきている。

勤労者集団を対象とする大規模な調査が行われている欧米諸国では,作業関連の筋骨格系障害・頸肩腕部の年 間有訴率が14〜46%と報告されている。米国では,こうした障害をRSI(Repetitive Stress Injury;反 復性ストレス障害)と呼んでいる。民間損保会社の労働災害保険統計によると,年間25万件以上のペースで, 職業性RSIが発生しているという。これらの労災に伴う企業側のコストは,3兆〜6兆円にも上ると見積もら れている。


【1】 頸肩腕障害の定義

パソコン業務が普及する日本でも,当然ながら職業性頸肩腕障害が多いと思われるが,その多くは一般の健康 保険の下,様々な疾患名で診療されており,国レベルでの保険統計は出されていない。また,労災保険認定の敷 居が高いために,「手指前腕の障害及び頸肩腕症候群」の業務上認定は年間100件前後に過ぎない。

しかし,日本では海外に先駆けて,1960年ころから職業性頸肩腕障害が問題になっていた。女子事務労働 者(キーパンチャー,電話交換手,タイピスト,スーパーマーケットチェッカー,一般事務作業者など)の間に, 多数の罹患者が急速に現れた。それらの患者は,手指腱鞘炎,上腕骨上顆炎,胸郭出口症候群(斜角筋症候群), 手根管症候群などと診断され,整形外科や治療院をにぎわせていた。その中には経過が難治で,症状の部位が広 範囲に及ぶ重症な事例も多く,そのような事例に対しては「頸肩腕症候群」という診断名が付けられた。

74年に日本産業衛生学会頸肩腕症候群委員会は,職業性頸肩腕症候群を「頸肩腕障害」と呼称し,表に示す ような定義をまとめ,提案した。この定義は,整形外科医の間では必ずしも歓迎されなかったが,臨床の場にお いても,研究者の間においても,現在に至ってまだ十分に通用する定義と考えられる。


【2】 頸肩腕障害の諸病態

RSI(反復性ストレス障害)とも呼ばれるように,まず手や手指の反復性動作による障害が挙げられる。手 指腱鞘炎,上腕骨上顆炎,手根管症候群などである。

次には,長時間の姿勢や上肢保持による静的筋肉疲労による障害,疾患が考えられる。胸郭出口症候群(斜角 筋症候群)や項背腰部の筋筋膜炎症などである。

これらが慢性化,難治化することについては,神経因性疼痛(Complex Regional Pain Syndrome)と同様の病 態と考える研究者もいる。

また,書痙(Writer's Cramp)のように上記いずれの病態にも含まれない中枢性筋緊張冗進の病態機序も考慮 しなければならない。

そのほか,VDT(Visual Display Terminal)の眼科的な障害である近視やドライアイ,心身の全般的慢性 疲労などがある。

筆者らの病院のこれまでの30年間の臨床経験では,上記のいずれの病態,疾患も実際に経験されており,職 業性頸肩腕障害の構成部分であり得ると考えている。さらに今後,臨床経験や基礎的研究が積み重ねられることに よって,より詳しい病態機序の解明がなされなければならないと考える。

業務による障害を対象とする。
すなわち,上肢を同一肢位に保持または反復使用する作業により,神経・筋疲労を生 じる結果起こる機能的あるいは器質的障害である。
ただし,病像形成に精神的起因および環境因子も関与も無視しえない。
従って,本障害には従来の成書に見られる疾患(腱鞘炎,関節炎,斜角筋症候群など) も含まれるが,大半は従来の尺度では判断しにくい性質の健康障害であり,新たな観 点に立った診断基準が必要である。

●表 頸肩腕障害の定義 日本産業衛生学会頸肩腕症候群委員会(1974)による


【3】 頸肩腕障害が発生しやすい職種

筆者らの病院の受診動向からみると,頸肩腕障害の発生しやすい職種としては,具体的には,パソコン作業が 多い事務作業者,印刷・出版におけるいわゆるVDT作業,コンピューター関連業務,パソコン作業はそれほど 多くないが,介護・福祉・保育職場での管理・パソコン業務,歯科衛生士・検査技師,手話通訳者,などの職種 である(症例)。

また,頸肩腕障害が発症して重症化しやすいのは次のような場合である。(1)作業の内容や密度が職能熟練度 を超えて要求された場合(熟練度不足,人を減らした合理化,残業・長時間労働の慢性化,体調が悪いのに同じ 作業量を続ける)(2)作業者自身による動機付けの強さ(例えば,手話や手話通訳などボランティア要素がある 場合やコンピューター関連業務などにみられる出来高請負,職制兼務など)(3)作業環境(パソコンの配置や作 業机の広さ,照明,空調,願音など)の悪さ−。

症例

33歳女性。23歳から,ある企業の計算センターのコンピューター業務 に携わり,10年目になる。就職して2,3年目から肩凝りを自覚していた。 だんだんひどくなってきていたが,我慢し,休養をできるだけ多く取り,悪 化しないように気をつけていた。3年前から残業が多くなり始めた。月間残 業時間は40時間程度から,ピーク時には200時間になることもあった。1 年前から,(1)難聴(2)冷房が我慢できない(3)左手のしびれ(4)両手首・肘 関節部の痛み(5)項背腰部の痛み(6)目の疲れやすさ−などの症状がひどく 感じられるようになった。2ヵ月前に耳鼻科受診したが,原因不明の右耳難 聴と言われた。

診断書を書いてもらい2ヵ月前から休業療養になった。自分は職業病では ないかと考えて,インターネットで「職業病」と検索して芝病院を知り,受 診した。

診察所見では,見たところやせていて,少し投げやりな態度が見られ,疲 れやすいのかと思われた。「凝りの広がり」は調べられず,指頭による叩打 法では,項背腰部から両下肢ふくらはぎ中央まで,頸部から両上肢手首まで の非常に広範囲な部位にわたる痛覚過敏が見られた。握力・背筋力の計測で は右握力13〜15kg,左13〜14kg,背筋力24〜28kgであった。他 に神経学的異常所見はみられず,頸椎椎間板症を疑わせる所見も無い。検査 では,貧血無く,甲状腺機能異常も認められなかった。頸肩腕症候群という 病名に変更して引き続き休業と安静通院治療を指示した。幸い両親と同居で 家事負担はほとんどなく,半寝たきりのような状況で療養している。

耳鼻科の指示で休業休養開始して現在まで7ヵ月が経過したが,背筋力は 11〜18kgに低下している(休養初期悪化現象)。

頸肩腕障害で難聴が見られるのはまれであり,本事例の難聴は別の問題か もしれない。それ以外の症状や障害は職業性頸肩腕障害に特徴的とみられる。 今後,握力20kg,背筋力40kgくらいにまでに回復したら,もっと積極的 な通院治療とリハビリを指導し,握力25kg,背筋力60〜70kgくらいに 回復したら再就労の方向を考える予定である。

【4】 頸肩腕障害の診断

手指腱鞘炎,上腕骨上顆炎,手根管症候群,胸郭出口症候群(斜角筋症候群)は,従来からの整形外科的疾患 として,比較的問題なく診断される。

しかし,項背腰部から下肢・頸部,上肢の広範囲にわたる筋硬や圧痛,易疲労性,脱力感については,X線や MRI検査による画像診断でも異常所見が認められず,「自覚的愁訴が多彩な割には他覚的所見が乏しい」とし て臨床医が診断に苦慮させられるところである。

とはいえ,筆者らの病院では,手指腱鞘炎,上腕骨上顆炎,手根管症候群,胸郭出口症候群など局所障害以外 の職業性頸肩腕障害の全般的な他覚的所見を,次のようにして把握できると考えている。

(1) 「凝り(筋硬)」の広がり

「凝り」の程度の客観的判定は不可能とまでは言えないとしても困難である。そこで「凝り」の広がりに着眼 して検査して記載する。頸椎椎間板症の椎間板性疼痛が合併している症例や,次に述べる痛覚過敏や半身感覚障 害を持つ症例では,それを避けて基準点を決め,身体背側部の各所を指で圧しながら患者に自己評価させる。

上項部から腓腹筋部までをチェックする。左右の広がり,腰部や下肢までの広がりは,病態の進展と並行する と考えられる。

(2) 「痛覚過敏」の検査

圧痛検査は,約40gの強さによると決めていても,検査者による再現性は乏しく,トリガーポイントと言わ れるように点としての把握になる。また被検者である患者側からも,凝りと痛みの区別は難しい。

そこで,指頭による叩打法で検査すると,痛覚過敏の範囲を比較的容易に確定することができ,検者による変 動も少ない。また知覚検査と同様に,カルテ記載も容易であることも重要である。

実際,指頭による叩打法を用いて,「痛覚過敏」に着眼して,約180人の職業性頸肩腕障害の患者を検査し たところ,比較的大きな範囲に長期間固定的に痛覚過敏領域が認められたのは30人であった。これらの30人 はすべて,慢性・難治化した症例であった。

痛覚過敏領域では,圧痛検査はすべて陽性となるが,圧痛ポイントは必ずしも叩打法による痛覚過敏ではない。

(3) 「半身感覚障害」

神経学の教科書に記載される半身縦割り型知覚障害は,ヒステリー障害の一つと言われているが,ここでいう 「半身感覚障害」はもう少し漠然とした知覚障害であり,患者は「体半分が何か重い膜が掛かったような不快な 感じで,寒冷に敏感」などと表現する。180人中5人くらいの頻度でみられる。

障害側の半身では,凝りの検査は不可能である。痛覚過敏とは合併することもある。

(4) 握力・背筋力

「患者は,意識的あるいは無意識的に症状を重くみてもらいたいと考えているのが普通だから,背筋力測定を しても腰痛悪化の危険性が多いだけで無駄である」として,職業性頸肩腕障害に対する握力・背筋力測定の意義 を認めない臨床医や研究者は多い。

しかしながら握力・背筋力測定は,適切な指導を行えば安全に計測でき,しかも受診ごとの計測値を1ヵ月単 位で見ることによって病状の推移を適切に把握することができると筆者らは考えている。

20〜50歳女性では,握力左右25kg,背筋力70kgが大体の標準値である。これが,例えば握力左右15 kg,背筋力40kgくらいに低下してくれば,大幅な業務軽減あるいは休業療養が必要という判断の目安になる。

また,休業療養により病状が改善し,リハビリしていよいよ再就労という段階でも,握力・背筋力の測定値は 良い目安として用いられる。

【5】頸肩腕障害の療養・治療

(1) 早めの思い切った休養を

ある程度重症化した症例では,就労のままでは,せっかく通院治療を重ねても改善せず,むしろ悪化,慢性化 していくケースが少なくない。

早めの思い切った休業・休養,通院治療が望ましい。この場合,実際には医師による診断書が必要なわけであ るが,そこでは職業性頸肩腕障害の疾患診断だけでなく,重症度診断区分が確立されることが必要である。これ は,再就労可否の判断の際にも重要である。現状では,産業衛生学会頸肩腕症候群委員会や労働省の診断基準を 参考にして,患者が実際の業務遂行に現在どれだけの障害を感じているか,「慢性疲労度」はどの程度なのか, などに着眼した具体的な判断が必要とされる。

(2) 休養初期にみられる症状の悪化

大幅な軽減業務や休業・休養により改善するはずの症状や計測値にさっぱり改善傾向が見られず,逆に悪化し てそれが何ヵ月にも及ぶことがある。

「休養,休業しているのになぜ?」という逆説的な現象であるが,慢性疲労による頸肩腕障害の場合には,こ うした「休養初期悪化現象」が存在することが多い。この期間には,とにかく十分な休養,睡眠が必要なのであ る。休業,休養の当初から「張り切って鍛える式の運動療法」をさせては逆効果である。

(3) 治療

一般の病院や診療所で行われる治療としては,薬物療法と温熱療法がある。凝りや痛みに対する消炎鎮痛薬, 筋弛緩薬は初期だけにするか,少量にとどめることが多い。副作用として胃症状が出現することが多い。自律神 経失調症状の一つとしての胃症状にいわゆる胃薬を投与したり,睡眠障害に対して睡眠薬を投与することが多い。

温熱療法は,ホットパック,上肢パラフィン浴,マイクロ波などり一般的な方法があるが,運動療法やマッサ ージ治療などと組み合わせて行われることが多い。

また針灸,マッサージ,その他の非医療施設で行われる療法については,筆者らの病院では積極的に勧めてい る。その場合,もちろん適正料金で清潔・安全などの条件が満たされていなければならない。

通院治療の際には,休業の場合はもちろん,就労通院の場合にも,来院の曜日や時間を一定させて,一週間の 仕事・生活の中の疲労対策の一つとして,定期的に治療を受けてもらうことが重要である。

(4) 運動療法

「鍛えて強くする式」の運動療法ではなく,基本はリラクセーションである。リラクセーションとしての運動 療法は約1時間,小集団で行われるのが望ましい。治療者や他の患者からのアドバイスを得ることができるし, 孤立しがちな療養に励みとなる。

(5) うつ病の合併に注意

頸肩腕障害自体に自律神経失調症状が含まれるが,それは心因性の障害ではなく,また「精神症状」でもない と考えられる。

しかし,どんな慢性疾患にも共通であるが,医療スタッフが見逃してはならないのが,うつ病を主とした精神 障害の合併である。職場や家族に分かりにくい病気である上,患者が一人で悩み,孤立することが多いため,う つ病やうつ状態の引き金になりやすい。

うっかり見逃すと最悪の事態も考えられる。筆者らも,過去に実際に幾人かの自殺未遂,既遂の事例の経験が ある。その後,月1回,そうした精神障害を合併した患者などを対象に,スタッフ内で「気になる患者検討会」 を行い,早めの適切な対処ができるように心掛けている。 

(2001.1  日経メディカル別刷 1月号 掲載)



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