我が国では、古くは旧制高等学校の副読本として用いられて以来、長年にわたって翻訳出版が相次ぎ、今日でも数多くの中学校国語教科書に小品が載せられるなど、彼の作品は代表的な海外文学として愛読されてきました。事実、日本はドイツ語圏、米国に次いでヘルマン・ヘッセ文学が最もよく読まれる国のひとつでもあります。また、数年前に日本で「庭仕事のたのしみ」でベストセラーになり、ヘッセの意外な側面に驚かされたが、ヘッセが膨大な数の作品を遺した水彩画家であったことは知られていません。
 2002年、ヘルマン・ヘッセ生誕125年を迎えたヨーロッパでは、特に生国ドイツならびに後半生を過ごしたスイスにおいて、合計350を越える展示会、講演会、シンポジウム、映画公開、朗読会など様々なイヴェントが開かれました。その多くは、20世紀ヨーロッパの文豪を回顧するにとどまらず、詩人ヘッセの今日的意味を深く掘りさげる目的によるものでありました。近代市民社会の困難と苦悩を描いた彼の文学作品は、これまで長いあいだ読み継がれ、ますますそのメーセージの輪郭を明確にしつつあります。
『車輪の下』『ペ一夕ー・カメンチント』など一連の青春小説で流行作家としてデビューしたヘッセでしたが、彼自身、深刻な精神的危機を迎えた40歳前後、家族を離れてひとりスイス南部に移住し後半生をそこに過ごした。そのとき彼の精神への療法のひとつが水彩画を描くことでした。爾来、生涯に描かれた水彩画は2,000点とも言われています。
 この展覧会では『デミアン』『荒野の狼』といった精神の闇に彷復する近代的人間像、『シッダルタ』に見られる東洋的救済などヘッセ文学の世界を概観するとともに、その今日的意味を探りながら、画家小説『クリングゾル最後の夏』にスポットライトを当て、ヘッセの絵画的経歴を検証しつつ最晩年の詩の世界へといたる詩人像を展観します。また、本展は「2005年・日本におけるドイツ年」(日独両外務省運営、2005年4月〜2006年3月開催)の一環として行われます。

展覧会企画

ヘルマン・ヘッセ展