【誘拐事件発生か!?】

空港では、旅行社「世界ツーリスト」のオウマ社長が出迎えてくれることになっていた。小さな空港のロビー内を見渡すが、それらしき姿が見えない。オウマさんにはナイロビのホテルで一度会っていて、顔は覚えていた。きょろきょろしていると、「SEKAI?」と聞いてくる2人組がいた。「世界ツーリストの客か」という意味だろうか。つられるように思わずうなづくと、「OK,OK」と僕のバッグを持ってさっさと外へ出ていく。車のトランクに荷物を詰め込み、彼ら2人が前に、僕1人が後ろの席に座って、すぐに車は走り出した。

...大丈夫だろうか。一応、「世界ツーリスト」という会社名を名乗っているし、車にステッカーも貼ってある。しかし、有名な会社であればその名前は誰でも知っているだろうし、ステッカーなんかもすぐに手に入るはずだ。僕のように1人で空港に降り立つ客が多いとすると、誰かを捜している風な人に声をかければ、簡単に引っかかるのかもしれない。考えると、どんどん怖くなってくる。別に黒人差別をするつもりはないが、そういう眼で見ると前の2人、車に乗ってから話もしないし、サングラスをかけ、黙々とガムを噛んでいるのを見ていると、とてつもなく恐い人間に思えてくる。

とりあえず、様子を見るしかない。物盗りなら、恐らく郊外の人気のないほうへ向かうはずだ。ナイロビ市内に向かうようならまず大丈夫だとみていい。そうしてしばらく外の景色を見ていると、だんだん建物や人の姿が多くなってきた。そして、見覚えのあるような街並み。ナイロビだ、間違いない。高いビルも見える。良かった。まもなく世界ツーリストのオフィスに着くだろう。そして、オウマ社長が笑顔で迎えてくれるだろう。

車は、道路沿いのビルの前で止められた。ところが、降りろとも言われない。ドライバーがビルの中に消えてゆき、しばらく何の音沙汰もない。ようやく出てきたのはさっきとは違う男、もちろんオウマさんではなかった。あいさつをかわし、助手席の男とも二、三言葉をかわした後、車はまた走り出した。オフィスはここではなかったのか。

車はナイロビの大通りを抜けて、今度はもう一直線に郊外に向かっている。市内のビル群を後にし、だんだん周りに広大な風景が広がってくる。...これはやばい...。このまま行くと確実に誰もいないサバンナのど真ん中に向かってしまう。そんなところで襲われても誰も助けに来てはくれない。確かに、郊外で強盗なんかはよくある話らしい。さあ、どうするどうする。..動悸が速くなってくる。どうやったら、助かるか。真剣に考えた。後ろの席から前を覗くと、やはり何もしゃべらず、くちゃくちゃとガムを噛む音だけが聞こえる。視線を下に移すと、サイドブレーキが目に入った。そうか、あれを思い切り引けば、前の2人はフロントに投げ出されるだろう。自分はそのつもりにしていれば、何とか体は持ちこたえられるはずだ。しかし、そこからはどうする?2人を車から降ろし、自分だけで運転して逃げることができるのか。もしその間に襲われたら?武器を持ってたりしたら?考えは尽きない。

とりあえず、向かっている場所を聞こうと思った。「我々はどこに向かっているのですか?」聞くと、「オウマの家だよ」と1人が答えた。「それはどこにあるのですか?」「あそこに見えるよ。」彼らが指差したほうには、小さな家らしきものがいくつか並ぶ、ちょっとした住宅街のようなところが見えた。あそこに近づいているのなら大丈夫か。しかし、もしあそこに行かずにまた離れていくなら、もう本気でやばいことになる、そう思った。何とか無事に着いてくれ。こんな所で死にたくない。

車は何となくそこへ近づいているように感じた。やがて、道を折れ、住宅街に入ってゆく。そして、1軒の家の前で車は止まった。なんとか着いたようだ。

良かった。無事に着いた。その頃には、もしこう殴ってきたらこうよけて、こう殴り返して、とか、もうイメージトレーニングは完璧にこなしていたのだが、とにかく少し安心して車を降りた。中に入れと言われたが、入ったとたんみんなに取り囲まれて、そして...などと考えると、まだまだ油断はできない。中に入ると、テーブルを囲んで何人かが座っているのが見えた。そして!その中に、あのお世話になった運転手のクルーアさんの姿を確認した時、それまでの緊張が一気に解けていくのがわかった。笑顔で握手をかわした。しかしまてよ、彼がもしぐるだったら、などと心をかすめた直後、オウマさんが奥から現れた。これでもう心配することは何もない。

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