いつも通り、ホテルでしばらく仮眠を取り、目覚めてすぐに窓から外を眺めた。なんとか晴れている。よし、今日はイケる。いそいそと用意をする。初めて一人で出掛ける夜だ。一階のレストランでお湯を水筒に入れてもらう。用意に手間取り、既に10時近くなっている。
車に荷物を放り込み、エンジンをかける。ホテル玄関前のスロープを降り、右折して郊外への道をたどる。車はほとんど走ってはいない。スリップする気配もなく、順調だ。ラジオを鳴らし、車を進める。
イエローナイフ・リバーあたりの近場でもよかったが、町の灯りがまだ近いのと、電線があったのとで避け、どんどん遠くへと進む。そして、昨日見つけておいた、広い湖のほとりで車を停めた。
エンジンはかけたまま、外に出てみる。寒い。そして、一人で闇の中にいると、とてつもなく怖くなってくる。耐えられるだろうか。車に戻り、ラジオのボリュームを上げる。オーロラはまだ、兆しも見せない。長丁場を覚悟し、本を読み始める。途中、水筒のお湯でホットチョコレートを作って飲み、今度はパソコンを立ち上げて、ゲームなどやっていた。
「上海」というゲームで、終盤にさしかかり、頭を悩ませている時だった。うーむと唸りながらふと窓の外を見ると、一日目に出たのと同じ、薄いオーロラが出ているのが見えた。
「出てるやん!」
叫んで外に飛び出し、カメラのセッティングを始める。あまりにも唐突な出現だった。
空の一隅に現れたそのオーロラにカメラを向け、夢中でシャッターを押し続ける。しばらくのち、ふと振り返ってみると、同じぐらい明るいのが反対側にも出ていた。思わず、「おおーっ!こっちにも!!」と、カメラを逆方向に向け直す。そうしているうちにも、オーロラはどんどん明るさと動きを増し、うねりながら光の帯を天頂に延ばしてきた。やがて、両側から延びた二つのオーロラが一つに結ばれ、天空に太い光の道が出来上がった。大きな大きなオーロラだ。気付けば、一人で歓声を上げていた。
見ていると、カーテン状に広がったその光る襞(ひだ)はとどまることなく形を変えてゆく。色は、緑から、黄色やオレンジに絶え間なく変化し、触手のようにわらわらわらと動き続ける。天上を見上げると、ちょうど真上のあたりからシャワーのように降り注ぎ、その先が自分の手に触れるかと思うほどの無数の光の帯が、頭上で暴れ回っている。「オーロラ嵐」という現象だ。写真を撮ろうにも、あまりに動きが激しく、10秒もシャッターを開けていられない。感激、そして感謝の思いがこみ上げてくる。
「やったーっ!ありがとうーーっ!!」
また叫んでいた。ここに来て4日目。やっと会えた。やっと見ることができた。胸がいっぱいになる。カメラの手を止め、しばらく頭上の嵐に見とれていた。光のショーは、15分ほど続いたが、やがて勢いを止め、だんだん薄くなりながら、また出てきた辺りに位置を変え、そのまま山の向こうへと消えていった。時間は、真夜中12時を少し過ぎた頃のことであった。
途中、フィルムを換えようとして、異変に気付く。手回しでリールを回しても、固くて巻き取れない。どこか、変に引っかかっているようだ。ダークバッグは持っていないので、代わりの黒いビニール袋にカメラを入れ、手探りで裏蓋を開けてフィルムを取り出す。やはり、切れているようだ。何とか、ちぎれたフィルムをかき出してフィルムバッグに入れようとしたが、慌てていて地面に落としてしまった。とりあえず持ち帰るが、現像は不可能かもしれない。それから、レリーズも壊れてしまった。カメラを三脚ごと倒し、その際、カメラにねじ式に装着している部分がぽっきりと折れてしまったのだ。仕方がないので、以後は全て直接手でシャッターを押していた。
いったん車に戻り、再び待ち続ける。小さなオーロラがいくつか、出てきてはまた消えていった。明け方4時過ぎ、少し大きいのが出た。それはやはり空の一端から見え始め、天の川のような道を作りながら移動し、反対側の空へと消えていった。
地平線の辺りが白み始めた。もう5時だ。夜が明ける。6時間以上、ここにいたことになる。今日はもう充分だ。とにかく、心から感動し、同時に、この旅が無駄に終わらなかったことに安心していた。ここで満足できるオーロラが見られなければ、この旅全部が無意味なものになっているところだった。これで心おきなく日本に帰れる。
■■■ この日見えたオーロラ ■■■


※切れたフィルムはやはり現像できず、小さなオーロラしか写っていませんでした。