Umbrella

<1>

 あの日も雨が降っていた。

 雨、と言うよりは、嵐だった。



「うぉ〜い、雑用」
「何だ?」
 皿洗いをすれば、皿を割る。手伝えと言っても料理に手を出してしまう、この闖入者は、邪魔だとばかりに厨房を追われて甲板掃除をさせられていた。
 ほんの数名の海賊団の船長と名乗るこの雑用は、サンジを見るなりウチのコックになれと、しつこいくらいに誘いかけてくる。サラリとかわしても、ハッキリ断っても、懲りるということを知らない雑用、ルフィは、事ある毎にサンジを誘う。
「テメェ、ドコ掃除してんだ!」
「ん。手すり」
「アホか!!!雨の日に手すりなんて磨いてどうすんだよっ!」
「水掛けなくてすむから、楽だろ?」
 にしし、と得意気に言うルフィにサンジは踵落としをお見舞いした。
「ってぇ〜…サンジ料理作れるだけじゃなくて、足も強ぇんだなぁ」
 蹴られても笑っているルフィに、サンジはがっくりと肩を落とす。
 前を見据え、前に進むことに躊躇することもないルフィは、さしずめ太陽を求め頭を巡らせるひまわりのようだと思った。
「おい!ルフィ!いつまで其れやってんだ?」
 バラティエの船に繋いである、ルフィが乗って来た海賊船から声が掛けられた。
 緑の髪、緑の瞳で、腹巻きに刀を差している姿から想像するに、彼は剣士なのだろう。ルフィの笑顔に隠された眼差しとは違い、彼の眼差しはそのままでも鋭い。全てを射抜く様な眼差しは、今のサンジには眩しくて正視する事が出来ないが、それで目を反らすのもサンジのプライドが許さず、甲板からその姿を見下ろした。
「よぉ、ゾロ!もうすぐだ」
「もうすぐって、誰が決めたんだよ」
「俺だ!」
 威張って言うルフィへ、サンジは蹴りを繰り出したが、軽い身のこなしで避けられてしまった。
「当分先には進めそうにねぇな」
 そんな船長の姿を見て、彼、ゾロは苦笑いを漏らし、船内へと入っていった。



 キリキリ引き絞られる胸の痛み。

 先に進む。

 その言葉が、サンジの胸を杭でジワジワと突き刺す。
 真綿にくるまれるような痛みに、サンジの眉間には深く皺が刻まれた。



 一体いつ、先に進めるのだろうか。


 この手は充分大きくなったというのに。


 何一つ変わっていない自分の手をちらりと見ると、拳を作り強く握りしめた。



「雑用。そこは良いから、倉庫の整理手伝え」
「おう!なぁ、サンジ!オレたちの船で、一緒に行こう!!グランドラインは楽しいぞ〜、きっと!!」
 満面の笑みでサンジを誘うルフィの顔にタオルを投げつけ、その笑顔を隠した。


「行くさ…いつか、な」



 必ず、

 オールブルーはオレが見つける。



 握りしめられた拳をゆっくり解き、胸のポケットから煙草を取り出した。

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2002/10/3