Umbrella

<2>

 夜になっても雨は止むことがなく、サンジは自室の窓から外をぼんやりと眺めていた。
 傘を差し延べるのは、誰だろう。



 甲板下から明かりが漏れていた。雑用の乗っていた船に残っているのは、剣を腰に差したあの男だけだと、そんな話を厨房で聞いた気がする。
 オレンジの髪のレディはバラティエの一室に居てもらっているし、雑用と長い鼻の男もこの船に乗っていた。あと二人いたような気がするが、もう一艘の方に乗っているらしい。
 暇つぶしにでもなるかと、サンジは雨の中甲板に出た。
 下を覗き込み、ひょいっと飛び降りた。明かりの漏れている一室に足を向かわせると、どうやらダイニング兼キッチンのようだ。
 カチャリとそのドアを開けると、剣士が一人酒を瓶から直接飲んでいるところだった。
 振り向いたその表情は、仲間が戻って来たと思っていたらしく、驚きに彩られる。
「コックが何の用だ?」
「一人淋しく飲んでんのか。侘びしいねぇ。ツマミくらいねぇのかよ」
 ズカズカ上がり込み、質問に答える事なく、ゾロの向かいにどっかりと座ったサンジに、呆れる。
 妙な男だ、とゾロはまた酒を呷る。
「ツマミ、作ってやろうか?酒ばっかり飲んでると身体に悪いんだぜ、剣士さんよぉ」
「余計なお世話だ」
「そうか、食いたいか。オレの料理は野郎にはもったいねぇんだが、作ってやるよ。礼はいいぜ、その分雑用に働いてもらうからよ」
 人の話を聞けよ…と、会話が噛み合わない事に、ゾロは頭を抱えた。
 よく分からない男だと、こぢんまりとしたキッチンに立つサンジの背中を見た。



 暫くして出てきたのは、本当にここにあった食材で作ったのかと驚く程の、ちゃんとした料理だった。ツマミを作ると言っていた気がするが、これでツマミなら料理は一体どんなモンだと、今までの航海での食事を思い出し驚きを隠せなかった。
「在り合わせだし、あんまり時間掛けられねぇから大したもんは出来ねぇけど、ツマミくらいにゃ丁度いいだろ。食いながら飲め」
 ゾロの手から瓶を取り上げると、用意したグラスに注ぐ。一つをゾロの前に、もう一つを自分の手に持ち、サンジはグラスに口を付けた。
「それと、酒は瓶から直接飲むんじゃねぇよ。しかもワインだろ、グラスに注いで飲め」
 急に現れて、あれこれと人の世話を焼くコックだ、とゾロは煩そうに眉間に皺を寄せた。それでも目の前にあるツマミから良い匂いがゾロの鼻孔を擽る。置かれた箸を取ると、一つ口に放り込むと、口腔に広がる旨味がゾロの舌を唸らせた。
「うめぇ……」
「旨いか?」
 その時素直に口を突いて出たゾロの言葉に、サンジがぱあっと笑った。その微笑みに見とれた瞬間、子供のような笑みは消え口の端をクッと上げ、煙草を銜えシニカルな笑みを作る。
「まぁ、オレが作ったモンにマズイモンはねぇからな。このオレがわざわざ作ってやったんだ、心して食え」
 恩着せがましく言う奴を無視して、ゾロは黙々と食べ続けた。



 今までゴーイングメリー号には縁が無かった煙草の煙が、キッチンに揺らめく。苦い匂いとサンジから香るコロンがフワリと漂う。
 静かに、雨の降る夜に向かい合って酒を飲んだ。
 何故この剣士のそばに居ると落ち着くような、落ち着かないような気持ちになるのか分からず、サンジは煙草を燻らせながらぼんやりと窓の外を見つめた。




 静かに降る雨は、まだ止みそうにない。

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2002/10/16