Umbrella
<プロローグ>
雨が降る。
いつもと変わることなく。
小さな手を広げて雨粒を拾うのは、掴める事が叶わないかもしれない夢を集めようとする為。
早く、早く。
大人にならなければ。
この手が大きくなって、背ももっと伸びて、誰にも今の幸せを奪われないように。
この手で大切な夢を掴み取れるように。
大切なあの人を守ることが出来るなら、夢なんか諦めても悔いはない……。
シトシトと3日程降り続く雨は、止む気配を見せない。
屋根のない甲板で手すりに寄りかかったまま、落ちてくる雨に身体を曝していると、全て洗い流されて綺麗になるような気がして、サンジは小一時間程そこに居た。
「何してやがる、チビナス」
「チビナスって呼ぶな、クソジジィ」
出会ってからもう何年も経っているのに、バラティエのオーナーであり、料理長であるゼフはその呼び方を変えようとはしない。
もう夢以外は何も持たない子供だった頃のサンジではない。背も伸び、スラリと伸びた体躯は痩せてこそはいるが、子供のそれではなく、スーツ姿も様になる青年と呼んでも可笑しくないくらいに成長していた。
「雨が降ってちゃ、レディをココで口説くのにも傘が要るなぁ」
「くだらねぇこと考えてんなら、とっとと仕事しろ」
タオルを頭にかけられ、その上から頭をガシガシと掻きむしられる。
「ばっ!クソジジィ!!セットが乱れるだろうがよっ!!」
「何がセットだ」
鼻で笑われて、サンジはムッとしてタオルを引き剥がした。
「そんなぼんやりしてる暇があったら、仕込みでもしてきやがれ」
「言われなくても、わかってるよっ!」
ドスドスと音を立てて船内へと入っていくサンジを、ゼフは大きな溜め息を付いて見送った。
料理の腕はそこそこになったが、相変わらず餓鬼臭いサンジが文句を言いつつもこの船に残っている意味をゼフは知ってる。どうやってサンジをこの場所から、自分から解放してやればいいのか、策を案じていた。
(このままでいいなんて、思うんじゃねぇぞ。チビナス…)
捕らわれている。
サンジにも分かっていた。
この場所に。
ゼフに、
捕らわれているのだと言うことを。
餓鬼のクセに、いっぱしを気取って10代の始め頃から煙草の味を覚えた。煙草が舌にどれだけの影響を及ぼすのか知らなかった訳ではないが、どうしても背伸びをしたくて、早く大人になれると信じて噎せながらも止めることが出来なかった。今では逆に無くてはならないものになっている。
濡れた髪をタオルで拭き、バスルームへと向かった。
分かっていた。
求めているのは、キッカケだ。
2002/10/3