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CHANGE OF HEART

Kei Kitamura

<5>

 残された唇の感触と、呟きの意味。

 サンジはフィルター部分に火が到達するまで、呆然ともう見えなくなったゾロの背中を追っていた。
「あっ!つ…」
 指に熱が伝わり、慌ててサイドテーブルのアッシュトレイに短くなった煙草を押しつけた。煙草の灰が山のようにこんもりと盛り上がった其れを眺め、先ほどのゾロの言葉を反芻する。

−−…なん、だって…?
−−ルフィが、オレを?

 まさか。
 そんなこと。
 あるはずがない、と、サンジはルフィの眠るハンモックへ視線を向けた。
 気持ちよさそうに寝息を立てているルフィ。蹴り上げられたブランケットがハンモックから落ちかけているが、両手はしっかりと其れを掴んでいるのが見えた。
「…いてぇ…」
 銃弾を受けた左肩が熱を持って、痺れたような感覚にサンジの思考は遮られる。疼痛に耐えきれず、ソファへと身体を沈めた。
 天井の木目を数えながら、ぐるぐると回り続ける思考をそのままにサンジは眠りに落ちた。



 サンジの寝息が聞こえ始めた頃、ルフィはハンモックからゆっくりと起きあがり、音を立てないように床に降りると、ソファへと近づいた。その傍らに膝を突き、サンジの寝顔をのぞき込む。眉間に刻まれた皺にそっと手を伸ばしたが、触れるか触れないかのところで手を止め、躊躇うように左目を覆う髪に指を絡ませた。
 サラサラとルフィの指からこぼれ落ちる金の髪。そっと頭を撫でると、サンジの顔に笑みが浮かんだ。
「サンジ」
 思わず髪を梳いていた手を引いて名前を呼びかけると、サンジの薄い唇からこぼれた名前。
「ゾロ……」
 小さな小さな声で、柔らかくゾロを呼ぶサンジの声。こんな風にゾロの名前を呼ぶサンジの声は初めて聞いた。

−−いつも、こんなに優しい声で、ゾロを呼んでいるのか?サンジ…

 きつく握りしめた拳が、細かく震えた。
「何で…?どうして、ゾロがそれを言うんだ…っ」
 ハンモックに移された時に、ルフィは目が覚めていた。
 サンジが海に落ちた時、迷うことなく飛び込んだゾロに、ルフィは言いようのない不快感を覚えた。今までに経験したことのない、どう形容していいのか分からない感情。奥歯を噛みしめる程の悔しい思いを、あの時銃を握りつぶす事でかろうじて消化させたのだ。

 ゾロの手に安心したような顔をしたサンジ。
 ゾロの口づけを避けることなく、受け止めたサンジの唇。

 ルフィの頭を優しく掻き回したサンジの指。

 このまま寝ているサンジを抱きしめたい衝動に駆られたが、フェアじゃないと思い、ルフィは音を立てず甲板へ上がって行った。
 確かめたい。
 ゾロの気持ちを。



「ゾロっ!」
 キッチンの扉を勢いよく開けると、ナミとゾロの姿があった。ここ数日キッチンに居ることが多くなったナミと、サンジの皿を提げて来たゾロ。
「ルフィ……きゃっ!」
 椅子に座ったままのゾロの頬を手加減無く拳で殴りつけた。何も予期していなかったのだろうが、床に倒れる事無くかろうじて踏みとどまった。
「…っ!何しやがる、テメェ!」
「ゾロが悪ぃんだろ!」
「俺が何したってんだ?!」
「サンジに何を言った!!」
「…っ!」
 最初の一発は驚いていたものの、ナミはその後のケンカには別段驚く事無く、肩を竦めてキッチンの扉を開けた。
「ケンカするなら、外でやってね。キッチンを壊すと後でサンジくんにお仕置きされるわよ、アンタたち」
 ごはん抜きとかね、と、ナミに言われ、ルフィはそれは困ると甲板へ出た。ゾロも殴られた頬を撫でながらルフィに続く。
「何を言ったのか、何でルフィが怒ってるのか分かんないけど、程々にしてよ」
 ナミは脇を通り過ぎるゾロに、そう言って釘を差すとキッチンの扉を閉めた。

−−起きてたとは…思わなかったな

「よし、やるか」
「何をやるんだよ、何を」
「何って、ケンカだろ?」
「あ〜……」
 頭をガシガシ掻きながら、ゾロはばつが悪そうに俯いた。やる気満々で準備体操をしているルフィを見て、更に頭を抱えた。
「悪かった」
「言い訳すんなよ」
「うわったっ…待て!!」
 問答無用で飛びかかってくるルフィを寸でのところで避けながら、話を聞けと諭すが、今のルフィには何を言っても無駄と言うことも、ゾロは分かっていた。こうなってしまっては仕方がない。全力でぶつかってくるルフィには、こちらも全力を出さなければ、礼儀知らずだ。
 暫くゾロとルフィの戦闘は続いたが、これ以上船が壊されていくのを黙って見ている訳にもいかず、恐々と見張り台から覗いていたウソップが、止めに入って事は一時中断となった。
 ウソップが投げたコショウ玉の威力は、それはもう凄かった。ウソップ自身にも降りかかり、三人でクシャミを連発して、最後にはナミからのうるさい!の一喝でこの騒ぎは収まった。
「…へっくしっ…、何があったか知らねーけどよ、っくしゅっ…これ以上船壊すなよ。修理すんのオレなんだからな…っくしょん!あ〜これ使えるなぁ」
 自分の作った武器に感心しながら、ウソップはまた見張り台へと登っていった。
 残された二人は戦意喪失して、甲板にそのまま寝転がる。ザラザラとコショウが散らばっていたが、さすがに疲れてそんな事はどうでもよかった。


「ゾロ」
「んあ?」
「何で、あんな事言ったんだ?」
「あ?」
 青空の下、太陽が眩しくてゾロは寝返りを打ち、ルフィの方へ身体を向けた。
「だって、オレだって分からなかったんだぞ」
「ああ…」
 先程の続きをルフィが問いただし始めた。ゾロはケンカの途中から何が原因だったのかさえ忘れかけていた。
「オレはサンジが好きなのか?」
「俺に聞くなよ」
「だって、お前が言ったんだぞ」
 勢いよく飛び起きて、ルフィがゾロに詰め寄る。
「悪かったよ。んなこと、言うつもりじゃなかったんだがな」
 暫く考え込むようにしていたルフィが、真剣な顔で横になったゾロを上から見下ろし、疑問を投げかけた。
「……サンジはゾロが好きなのか?」
 目を閉じていたゾロの瞼がピクリと動いた。
「それは、俺に聞くことじゃねェ」
「じゃ、ゾロはサンジが好きか?」
 その問いかけに無言のままのゾロに、再度問いかける。

「ゾロは、サンジのことが好きか?」
「二度も言わなくても聞こえてる」
 ゴロリと向きを変え、ルフィに背を向けると、動いた弾みで落ち着いていたコショウが宙を舞う。
 じっと答えを待っているルフィの視線を背中に感じ、居たたまれなさにゾロはもっそりと起き上がる。コショウまみれになった頭をいつもの仕草でガシガシと掻くと、ルフィに向き直り、ちゃんと答えを出した。


「ああ」


 短い答え。
 でも、それが多分ゾロの本心。
 その答えにルフィは、今まで見たことも無いような複雑な顔をして、そうか、と呟いただけだった。
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2002/2/8UP

続けざまにUPです!ちょっと勢いで書いてしまわないと、また一ヶ月とか平気で放置してしまいそうだったので…。
なんだか微妙な関係になってきました。
楽しいです。ええ、ワタシ今楽しんで書いてます。
そして、まだ続くらしいです(-_-;)すみませんっっ。
*kei*