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CHANGE OF HEART

Kei Kitamura

<4>

 銃声と共に、サンジの身体が海に投げ出されてしまった。

 浮かび上がってこない様子を見るまでもなく、ゾロが海へと飛び込んだ。飛び込む瞬間、今にも飛び込みそうなルフィに目をやると、悔しそうな顔をしていたように見えた。

−−そうか…ルフィは……



 それから程なくして、ゾロがサンジを海上へと引き上げた。
「ウソップ!梯子を降ろせ!」
「あ、ああ!」
「オレがやる」
 海に飛び込んだゾロをしばらく見ていたルフィは、サンジに銃弾を向けたであろう海賊の元へ向かったが、その海賊は既に意識が無く手に握られた銃を取り上げ、握りつぶしたのだった。
 ゴムの両手を伸ばし、海上に浮かぶサンジをゾロの腕から掬うように抱え上げ、船上へと引き上げ甲板にそっと横たえる。サンジの肩からは銃弾による出血が酷く、海水に濡れた甲板を見る間に紅く染め上げていく。ルフィに荒く引き上げられたゾロは、横たわるサンジの元へ駆けつけ、海水で頬に張り付いた金の髪を除け、息を確認する。
「ナミ!」
「持ってきてるわよ。どいて」
 救急箱を抱えたナミが、キッチンから飛び出してきた。それを待たずにゾロがサンジの纏っていた衣服を剥いでいく。肩に負った銃痕が露わになると、ゾロはそっと背中に手を回した。
「貫通してねぇな。弾が残ってる」
「分かった。ウソップ、お水とお湯汲んできて。後、火ちょうだい。ルフィ、足押さえてて」
「わ、分かった」
 ゾロはサンジの顔をのぞき込み、頬を叩いて覚醒を促しているところや、ウソップがキッチンへと駆けていくのをただ呆然と見ているルフィに、ナミが声をかける。
「ルフィ!しっかりして。足を押さえて!」
「あ…ああ」
 数回名前を呼ばれて、漸く気が付いたルフィが慌ててサンジの足を押さえた。
「水もってきたぞ。湯は今沸かしてる」
「ありがと」
「おい!サンジ、聞こえてるか?おい!」
 サンジの瞼が少し動いたのを見て、ゾロが名を呼ぶ。
「…っ…うあっ!」
 覚醒と同時に肩に焼けるような痛みを感じたサンジは、身体を捩りジタバタと暴れ出した。
「しっかり押さえてて!」
「うっ…ナ、ナミさ…?」
 聞こえてきたナミの声にサンジがはっきりと覚醒する。上半身をゾロに下半身をルフィに押さえられていることと、肩口にオレンジ色が見えた。
「ああ、サンジくん。良かった。ちょっと痛いけど我慢してね」
「ナミ!お湯!火!」
「ウソップ、もっと火を近づけて」
「痛い…って?…いっ!!」
 焼けたナイフがサンジの肩を抉る。寸でのところで声を噛み殺したサンジが、顔を背けた。
 肉を抉られる感触にサンジの全身から冷や汗が出ている。

−−なん…だ?

−−どうなってん、だ?

 痛みなのか熱なのか、ともかく肩の感触が気持ちが悪い。歯を食いしばり其れを我慢していると、ふと濡れた髪を撫でる指に気づく。
 無骨な指はゆっくりと宥めるように頭を撫で、頬へと滑り降りてくる。繰り返し繰り返し髪を梳くように、頬を掠めるように撫でられる。そちらに意識が向き、肩を抉られる痛みが少し和らいだような気がした。

−−ああ…これはゾロの指だ

 そんな様子をルフィはただ見ているだけだった。
 自分の手ではない、ゾロの指に安心したような顔をするサンジの顔を、ただ、見ているだけだった。

  カツン…

「取れた…」
 ナミのため息と共に銃弾が甲板に転げ落ちる音がした。其の音を聞いて、3人とも大きな安堵のため息をついた。
「…っ…はぁ…」
 続いて、サンジの身体も弛緩していった。
「多分神経には触ってないハズだから、暫くおとなしくしていたらすぐに治るわよ」
 ニッコリとナミに微笑まれたサンジは、いつもの軽口をつける状態ではないらしく、浅い息を吐きながらナミを見て
「ありがとう。ナミさん」
 そう小さい声で呟くと、ゆっくり目を閉じた。
「おいっナミ!サンジ死んだぞ!!」
 目を閉じてしまったサンジにルフィが慌てた声を出す。
「うるさいわね。別に死んだ訳じゃないわよ、寝ただけよ。縫合するから、また暫く身体押さえててよ」
 ナミの言葉にルフィが大きく頷いた。
 そしてナミが一言呟いた。
「医者が必要よね…この船…」



 その後暫く
「音楽家だろう?」
「バッカじゃないの、アンタ?!こんなに怪我ばっかりする人たちがいっぱい乗ってる船に必要なのは、まず医者でしょう?!ゴム性脳みそでも少しは使いなさいよ!」
「おお!ナミ頭いいなぁ。でも音楽家は必要だろ?」
「何のために必要なのか言ってごらんなさい?」
「海賊は歌うだろ?」
 といったような、くだらない会話がなされていたのは、どうでもいいことだが。





 覚醒はいつも突然だ。
 サンジが目を開けると、そこはいつもの男部屋。ただ寝ている場所はどうやらソファーの上のようだった。
「…っ!」
 身体を起こそうとして、肩に走った痛みでそのままソファに逆戻りしてしまった。眉間に皺を寄せ、痛みに耐える。

−−くそっ…肩やられたのか……
−−指…は、動くな。よし。
−−鈍くせーことしちまったなぁ…

 視線を落とすと腹の辺りに黒いものが乗っているのが見えた。

−−?…ルフィ?

 身体は床の上に置いて、頭だけをサンジの腹に乗せてスヤスヤと寝息を立てているのは、どうやらルフィのようだった。涎を垂らしながら何やらむにゃむにゃと口を動かしているルフィに思わず笑みが漏れる。

−−看病してんじゃねぇのか?人の腹ん上で寝て、しかも涎まで垂らしてやがるぜ、オイ

 硬い、と思っていたルフィの黒髪にそっと手を伸ばすと、思いの外柔らかくて、その手触りを楽しむように撫でていた。
 ふと灯りが漏れ、見上げると男部屋に通じる扉が開いて見覚えのある足が降りてくるところだった。
「気が付いたのか?」
「ああ…どんくらい寝てた?」
 片手に食事と思われるトレイを持ったゾロが、下まで降りてソファへと近づいてきた。
「丸二日くらいだな」
「二日か…よく寝てたな」
 クスリとサンジが横になったまま笑った。
 そのいつもにない柔らかな笑顔と、ルフィの頭に添えられたままの手を交互に見て、ゾロは複雑な心境になった。これをどう捉えて良いものかと考えたが、答えはあの時にもう出ている。
「飯、食えるか?」
「飯…?オマエが…?」
 驚きに目を見開くサンジに、ゾロは苦笑いを漏らす。
「俺が作れるかよ。とりあえずこの数日はナミが作ってる。後から金請求されるんだろうな」
「ナミさんの手料理かよ。嬉しいじゃねェか。オレはコックだから、人の料理ってすげー嬉しいんだよな…っと」
 起き上がろうとした時、ルフィの頭が乗っている事に気づいたサンジが、その動きを止めた。それに気づいたゾロがサイドテーブルにトレイを置き、ルフィを抱え上げようとしたが、しっかりとサンジの掛けていたブランケットをしっかり掴んで離さない。どうしたものかと中腰の微妙な体勢でゾロが思案していると、サンジが笑いながら、そのまま持っていけと促した。
 サンジのブランケットをルフィに掛け、ハンモックに降ろした。
「お前の看病をするって聞かなかったんだぜ、ルフィ」
 だから、ずっと寝ずに傍にいたんだ、と聞かされてサンジはそうか、と答えただけだった。
「起きあがれるか?」
「ああ、…っ」
 痛みに眉を寄せたサンジの背をゾロの大きな手のひらが支えるように抱きかかえた。その手の熱さに、胸が軋む。
「弾が入ってたんだ。暫くおとなしくしてろってよ」
「こんなん大したことはねェ。それよりオレはオレの仕事しなきゃなんねェだろ」
 ゾロの手から離れるように背を起こす。
「おお!ナミさんの手料理!!」
 大げさに喜びを表すサンジに、大きなため息をついて、肩や腰に負担がかからないよう、彼の腰に枕をそっと押し当て、ソファの空いた場所に腰を下ろした。
 それだけのこと。ただそれだけのことに、サンジの鼓動が跳ね上がったのをゾロは知らない。背中に感じるゾロの気配と、僅かに伝わる熱。
 嫌な優しさだと思った。
 ゾロの優しさは、ある意味残酷だと、そう思った。


 サンジに与えられた食事は、無理のないようにとナミが気をつかったお粥だった。熱い其れをゆっくりと時間を掛けてサンジは食べ尽くした。
「ごちそうさま」
「よし。んじゃ寝てろ」
 サンジの手から椀を受け取ると乗せてきたトレイに置いた。サンジの腰に当てていた枕をずらし、座ったままのサンジを横たえさせようしたところで、サンジがソファの背に手を伸ばしそれを拒んだ。
「煙草、吸わせろよ」
「……んな時くらいやめとけ」
「二日も吸ってねーんだぜ。ニコチン不足で頭が働かねェ」
 自分のジャケットを探し、立ち上がろうとしたサンジをゾロの手が押さえつけた。言うことを聞くようなタマじゃないと諦めたゾロが腹巻きの中からサンジの煙草とマッチを取りだし、サンジの手に乗せた。
「お前のジャケットに入ってた煙草は濡れて吸えねぇよ」
 手に乗せられた煙草とゾロの顔を交互に見る。薄闇の中で逆光の為ゾロの表情が見えない。
 ケースから一本取り出すと、早速火を点ける。ゆっくりと吸うと慣れた味が灰に染み渡り心地よさに目を閉じ、吸った時と同じようにゆっくりと煙を吐き出す。頭に回るニコチンにクラクラと身体が揺れている気がする。
 ふと唇に何かが触れる感触に目を開けると、視点が定まらずぼんやりと緑色が見えた。それがゾロの唇だと気づくのに、しばらく時間がかかってしまった。触れているだけの其れはすぐに離れ、呆然としたままのサンジを残していった。
 トレイを手に何事も無かったかのようにゾロは甲板へ続く階段を上り始めたが、ふと足を止めた。
「ルフィはお前を好きだぞ…」
「………え…?」

 長くなった煙草の灰がポトリと落ちた。
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2002/2/7UP

お待たせしました(え?待ってない?すんません。放置プレイをしてしまいました…)
なんか…長くなりそうな気がしてきました。
そして、これの何処がルサンなの?と言った感じでしょうか。
すみません。ルフィ絡みの単なるゾロサンです。ハイ。
で、続きます(汗)
*kei*