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CHANGE OF HEART

Kei Kitamura

<10>

「早く。出てけよ?ゾロ」
 ルフィの何の感情もこもっていない声が、怖かった。
 馬鹿馬鹿しいと、一蹴してしまいたい。そうしてしまえるのなら、とっくにやっている。
 サンジは抵抗する事に疲れ、手で顔を覆い全てを諦めてしまった。
「何のつもりだ?」
 低く怒気を込めたゾロの声が、床を這うようにサンジの耳に届く。
「真っ昼間からンなトコで、テメェは何をしてんだ」
 ゾロがカツカツと床を鳴らし近づくと、ルフィの腕を取りサンジから引き剥がした。
「夜で、ココじゃなきゃいいのか?」
「そうゆー意味じゃねぇ!」
「違うのか?夜ならサンジとこんな事、しててもいいってことだろ?」
 ずっと、ルフィの口調は変わらない。ゾロの方が怒りを露わにしているように感じるのは、都合のいい解釈だろうか、とサンジは覆っていた手を剥がし、ゾロを見つめた。
「お前はソイツを泣かせてぇのかよ?」
「ゾロも泣かせてるだろ?」
「…っ」
 怒っている顔。

 何故?
 何に対して?

「ゾロは卑怯だ」
「…な、にっ?!」
 ゾロに捕まれた腕を払い、正面から対峙するルフィの口調は変わらない。
 滅多に聴くことのないルフィの真剣な口調は、まるであの時と同じだ。

『死なねぇよ』

 穏やかなのに、鋭く胸を抉る。
「黙ってたって、何も伝わらねぇだろ。待ってたって、どうにもならねぇだろ。サンジの気持ちの上に胡座をかいて、優越感に浸ってるだけなら、おれがサンジを貰う」
「ソイツの気持ちはどうなる?」
「そんな事を気にするんのか?ゾロには関係ないことだろ」

 聞いていられない。
 そんな遣り取りを聞き続けるだけでは、耐えられない。

「……け」
 きつく目を瞑りサンジは絞り出すように呟いた。
「出てけっ!二人ともだっ!!もう何も聞きたくねぇ!」

 壊れる。
 何もかもが、音を立てて崩れていく。

 俯いたサンジを一瞥すると、ルフィはくるりと背を向けて開け放されていたキッチンの扉へと歩き出した。ゾロの脇を通り抜ける時、小さな声で囁いて。

『ちゃんと言わねぇと、本当におれが貰う』

「ルフィ」
 背を向けたルフィを振り返り、ゾロが声を掛けると、麦わら帽子を持った手を挙げて軽く振り、頭に其れを被せた。
 閉じられた扉を暫く見つめていたゾロは、サンジへと視線を移す。
「…オマエもだよ、出ていけ」
 消えない気配にサンジが呟く。
 床に座ったままで動かないサンジの脇に膝をついて、小さく見える肩に手を置いた。
「悪かった」
「……」
 肩に置かれた手の温もりを振り解こうとはせずに、黙ったまま俯いているサンジに、ゾロはため息を落とすと言葉を続けた。
「落ち着いたら話すっつってただろ…」
「落ち着いてねぇ…」
「いい。そのまま聞け」
 聞きたくないと、頭を振るサンジを無視して話すことにした。いつまで経っても先に進まないのでは、ルフィにもナミにもいいように遊ばれてしまうだろうし、サンジの方が持たないのではないかと思った。
「聞けよ。俺はお前がいねぇと困る」
「…そりゃ、メシ作る人間がいねぇとこの船は持たねぇよな」
「違う。俺が困るって言ってんだ」
 サンジが自嘲気味に笑う。
「ああ…そうか。性欲処理相手がいなけりゃ一人で抜かなきゃなんねぇもんなぁ」
「そうじゃねぇ」
 肩を掴んでいた腕に力を込め、その身体を胸の内に抱き込んだ。後頭部に手を回し額を肩に押しつけ、サンジの髪に顔を埋める。
「そうじゃねぇよ。お前が撃たれて海に投げ出された時、どうしようかと思った」
「……」
「どうしようかと思ったんだ」
 小さく囁かれた言葉に驚き、戸惑いを隠せないサンジが、身体の横にだらりと落ちていた腕を上げ、ゾロの背に手を回した。粗い目のシャツを掴み、しがみつく。
「ゾロ…オレが好き?」
「……」
「なぁ……オレを好きかよ?」
 黙ったままサンジを離そうとしないゾロにサンジが問いかけた。
「ああ」
 短い返答にサンジは更に言葉を続ける。
「オレがいねぇと困る…?」
「ああ」
「でも…ルフィも好きだろ?」
「…ああ」
 その短い返答にサンジの身体が強張ったのが、ゾロの胸に伝わった。サンジを好きだと言ったゾロが、同じことをルフィにも言っているのだろうかと、胸に灯った火が冷水を浴びせられたように消えていくのを、ゾロの身体を押しのけることで誤魔化したかった。
「違う。お前はルフィを好だろう?…そう聞かれて、違うと答えるか?」
 離れようとする身体を更にきつく抱き締めて、鼓動を聞かせるかのように胸に頭を押しつける。
 聞こえてくる鼓動と、暖かい身体。
「お前もルフィが好きだろ?」
 コクリとサンジが頷いた。
「俺はお前に惚れてる」
 その言葉に咄嗟に顔を上げようとしたサンジを、後頭部を抱えたゾロの手が邪魔をする。
「顔、上げんなよ」
 盗み見たゾロの左耳が赤く染まっているのに気が付いて、揺れる3つのピアスをただ呆然と見つめた。

 鼓動が早い。
 どちらの鼓動なのか、よく分からない。

「最初に抱いた時から、ずっとだ。お前は違ったかもしんねぇけど。俺は最初っから、お前に惚れてたんだ」

 抱き締めてくる力強い腕とか。
 背中に回った、熱い掌とか。

 耳元に吹き込まれる低い声とか。

「もう言わねぇからな。忘れんなよ」
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2002/4/14UP

すみません…。もうすぐ終わりますから…っ。
今しばしお付き合いいただけると幸いですぅ。
*kei*