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Blue Rose

Vol.3

「イテ…」
 小さく呟いたサンジの声に反応したのは、チョッパーだった。キッチンにはサンジとチョッパーの二人だけで、晴天の午後、チョッパーは絹さやの筋を取るサンジの手伝いを買って出ていた。サンジの手伝いをすると、誉めて貰えるのがとても嬉しかった。そして時々美味しいご褒美を貰えるのだ。
「サンジ?どうかしたのか?怪我した?」
 椅子から飛び降りてサンジの元に駆けつけて来る船医に、サンジは笑顔を向けて首を振る。
「違う、違う。何でもねぇよ」
「でも今サンジ痛いって…」
「言ってねぇよ?気のせいだろ?」
「でも…」
 尚も言い縋るチョッパーの頭(とは言っても帽子だが)を軽く叩くと、その背を押した。
「ほら、手伝ってくれんだろ。それが終わったらこっちも頼むな」
 笊に上げたレタスをボウルに重ね、テーブルへと置いた。心配そうな顔をするチョッパーにサンジは苦笑いを漏らす。
「どっこも怪我してねぇよ、ホラ」
 そう言って両手をヒラヒラと振り、安心させるように笑った。
「そうか?でも本当に何かあったらじゃ遅いんだぞ。ちゃんとすぐ言えよ。サンジもゾロもルフィもムチャばっかりするんだから」
 可愛いトナカイが怖い船医の顔になるのを見て、サンジは分かった分かったと、また苦笑いを漏らした。
 サンジは嘘をつくのがとても上手で、チョッパーには見抜く事が出来ない。
 そして、怪我とか痛みとかをいつまでも我慢してしまうトコロがある。
 見たところ怪我はしていないようだし、変わった様子も見られなかったので、チョッパーは再びサンジの手伝いの続きを再開した。
 絹さやは筋を取って、レタスは水気を切り一口サイズに手で千切る。
 作業に取りかかったチョッパーを見て、サンジはホッと溜め息を付いた。思わず漏れてしまった言葉が聞こえているとは思わなかった。『痛い』と言う言葉は、この船医の前では禁句だったと思った時には遅かった。

−−耳敏いな…

 大した事ではなかったのに、チクリとした痛みに驚いて声が出てしまったのだ。痛みそのものは既に無く、サンジは首を傾げるだけだったが、もう治まってしまった事と料理の最中ということで、そんな事はすっかり忘れてしまう。
 雄大なる冒険に向けて走り続ける船の中で、些細な出来事は頭の片隅にも残らず、ただ前を見据えて進むだけ。
「サンジー、終わったよ」
「ああ、ありがとな」
 笊いっぱいの絹さやを持って、チョッパーが足下に駆けてきた。 
「次は?次は何を手伝う?」
 見上げてくる顔がとても一生懸命で、サンジは嬉しくなる。
 帽子を軽く二回叩くと、冷蔵庫を開け小さなカップを取り出し、ガラスの器にひっくり返すと、綺麗な色のゼリーがプルプル震えて落ちた。オレンジソースを掛け、スプーンを添えてテーブルに置く。
 チョッパーの視線はサンジの行動に釘付けで、コトリと置かれたゼリーとサンジを見比べる。
「次は、コレを食べてオレに感想を言う事」
「…いいの?」
 少し首を傾げ、食べてもいいのかと問いかけてくるチョッパーを抱え上げ、椅子に座らせる。
「いっぱい手伝ってくれたからな。ルフィには内緒だぞ」
「…うんっ!」
「おし、食え」
 いそいそと食べ始めるチョッパーを見ながら、サンジはジャケットから煙草を取り出した。火を点け、視線を窓に向けると空青く、海は蒼い。
 グラスを一つ手に取り氷を入れて、冷えた飲み水を注ぐと、カラリと音がした。輪切りにしていたレモンを浮かべ、シンクに置く。
 バタンと大きな音を立ててキッチンの扉が、唐突に開かれた。
「あっちぃ…な」
「ゾロ!」
 突然の闖入者にチョッパーが慌てた声を出す。
 また鍛錬でもしていたのだろう、額から汗が流れ落ちている。頬を伝った汗は床にポタポタと音を立ててこぼれ落ちていた。
 そろそろ来る頃だろうと、氷の入ったグラスを差し出すと、ゾロは当然のようにそれを受け取り飲み干す。
 何の会話も交わしていないのに、こうやって日常に慣れていく。
 動く喉を見ていたくなくて、サンジは新たにグラスを取り出す。そろそろみんな喉が渇く頃だろう。きっと、ルフィが騒ぎ出す。ウソップがその声で思い出したように、キッチンにやってくる。レディたちには、デザートと一緒に冷えた飲み物を。
「サンジーっ!!おやつーっっ!!」
 予想通りに騒ぎ出したルフィの声。自嘲めいた笑みを浮かべ、サンジはトレイにグラスを乗せて、キッチンを出た。
「うーるせぇよ!ほら、サクサク取りに来い!ナミさん、ロビンちゃん、一休みに冷たいプルルンゼリーはいかがですか〜?」
「おー!!食うぞっ!サンジ〜っっ!!」
「こんな綺麗な食べ物はテメェにゃ勿体ねぇんだよっ!クソゴムっ!!こりゃレディ専用だ。食いたきゃキッチンに行きな」
 静かだった船が喧噪に包まれる。
 キッチンに取り残されたのはチョッパーとゾロ。
 喉の渇きが収まると、次の渇きが来るようで、ゾロは酒瓶に手を伸ばした。
「凄いな、サンジ」
 掴む前にチョッパーの小さな呟きが聞こえ、手を止める。
「…何が?」
「ゾロは思わないか?」
「だから何が?」
 この小さな船医が何を言わんとしているか理解出来ず、重ねるように問いかけた。
「だって、サンジ今までずっとキッチンにおれと一緒に居たんだよ?食事の準備したり、片づけしたりして。でも、ゾロが来るの分かってたみたいにすぐ飲み物出したし」
 なるほど。
「それにルフィが騒ぎ出すのも分かってたみたいだった」
「…単にルフィが腹減る時間だっただけじゃねぇのか?俺の稽古が終わる時間だっていつも同じような時間だし」
「そうかもしれないけど、でも、凄いよ!違う事をしてても、色んな事をいっぱい考えてるんだな、サンジは」
 目を輝かせるチョッパーにゾロはかける言葉が無かった。
「……」
 まぁそうかもしれない。
 余計なことも考えすぎるとは思う。
 何度身体を重ね合わせ、繋ぎ合わせても、分からない事が多すぎる。考えている事が多すぎるし、思いもよらない事を考えていたりもする。
 そこまで考えて、ふと我に返った。
 流れる汗を首に掛けたシャツで拭うと酒瓶を掴む。
「ゾロっ!飲み過ぎは身体に良くないんだぞ!」
 掴んだ瞬間にチョッパーに怒鳴られた。肩を竦め、薬代わりだと振り向かないままキッチンを出る。後ろで騒ぐ声が聞こえてくるが、ヒラヒラ手を振ることで答えた。

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2003/9/18UP

あー…続くんですねぇ、コレ。
てゆーか、コレ裏に置くものでも何でも無いかもなぁ…

*Kei*