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「真実は・・・」
「天と赤兄のみが知っている」
「わたしは・・・何も知らない」
しんと、水を打ったような静けさが広がる。
鎌足は、唇を噛みしめた。
やられた!
おそらく有間皇子は、これ以上何ひとつしゃべらないだろう。
まさか、ここまであからさまにしらを切るとは、鎌足は予想していなかった。
しかも、何ひとつやましいことなどないと言う顔で。
これでは、誰の目にも、無実の罪で赤兄に陥れられようとしているとしか見えない。
すでに玉座の女帝は、動揺した様子で、はらはらと痛ましげに有間を眺めやっている。
出家を促し認めさすなど、到底できようもない。
どうしたらいいものかと、中大兄皇子の方を向き、鎌足はまたもや息を呑んだ。
中大兄皇子の端正な顔は、怒りのあまり蒼白になっている。
思惑がはずれたこと、無言の挑発に乗り、有間の望む展開にさせられたことで、堪忍の限界にきているのかもしれない。
普段冷静にしてはいるものの、中大兄皇子の心の中に、時折激情が渦巻くことを、鎌足は承知していた。
(皇子さま、どうかお心を鎮めて・・・)
鎌足は強く念じた。
よもやとは思うが、中大兄皇子が取り返しのつかない言葉を発してしまったらと、鎌足は気が気ではなかった。
「有間・・・」
押し殺したような中大兄皇子の声に、誰もが内心びくりとした。
そう、ただ一人、有間皇子を除いて。
だが、みなの心配をよそに、中大兄皇子は強張った頬のままではあるが、強靭な意志の力で、平静な様を装い、かすかに笑った。
「なるほど。今すぐにことを決めるのは、早急すぎるようだな」
有間の顔は、今はまた無表情に戻り、光を放つ目だけが中大兄皇子を窺っていた。
中大兄皇子は、ふっとひとつ大きく息をつき、自分に言い聞かせるような調子で宣言した。
「そなたは、とりあえず飛鳥に戻るがよい」
有間は、黙ったまま深く頭を下げた。
音にならないため息が、そそここで漏れ、室内の緊張が、ぎこちなくとけた。
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