ドラゴンハート

劇場版パンフ スタッフ
監督ロブ・コーエン
プロデューサーラファエラ・デ・ラウレンティス
脚本パトリック・リード・ジョンソン/チャールズ・エドワード・ポギー

 「剣と魔法」が伝説になり、中世が始まろうとする時代のお話。暴王の圧政に抗して立ち上がった農民達と王の軍の闘いの最中、王は倒れその王冠は遅れて到着した若き王子アイノンの手に。だが、騎士の修行の途中であったアイノンにはまだ国を統べる王の理も、慈悲の心も理解できてはいなかった。戦で瀕死の重傷を負ったアイノンは、母である皇太后と、忠誠の騎士、ボーエンの手で伝説のドラゴンの洞窟へ運ばれ、騎士の掟を守り、慈悲深い王となることと引き換えにドラゴンの心臓の一部をもらいうけ、九死に一生を得ることができた。だが、長じて王となったアイノンは慈悲に薄く酷薄な、父王以上の暴君になっていたのだった。

 一方、誇り高い騎士だったボーエンは、邪悪な龍の血がアイノンを変えた物と思い込み、騎士の誇りまでも捨て、ドラゴンスレイヤーとして世界中のドラゴンを狩りたてていた………

 ILMのパワー全開のTVーCFを見てちょっと気になったんで観に行ってみた作品。劇場でパンフ買って中を見たら、なんとプロデューサーがラウレンティスの娘(爆笑)。いやーな予感がしたんだけど(^^;、まずは心配して損した出来で満足満足(^o^)

 必見なのはドラゴンのドレイコ。今までに登場したどんな個性を持ったクリーチャーもマネのできない豊かな表情と、おそろしく複雑怪奇な形状の肢体が自由自在に動きまわる様子を見るだけでも驚嘆するのに、声を当ててるショーン・コネリーのイメージが被さってもまったく違和感ない、ってのはすげえ(^o^)。どれいこ様いつのまにかドレイコとコネリーの顔が、ダブって感じられるもんね(笑)。デザイン的にも怖くも、ユーモラスにも変化する表情豊かな顔は魅力たっぷり。決してかっこいい顔には見えない(鼻面がもっと長くてもよかったんじゃあないかな、って意見もありましたが)けど、インディーのオヤジがドラゴンだったら、きっとあんな顔してただろうなあ、と(笑)。

 ストーリーもドレイコの顔にあわせたかのように、ユーモラスな部分が結構あって悪くない。強力なCG技術を売りにしつつ、お話自体はむしろこじんまりとまとまった佳品、といったところか。アーサー王伝説からもさらに年月が過ぎ、騎士道も、魔物も、魔法も失われた新しい時代へさしかかった時期の、あたらしい人の暮らしと、昔ながらの物との惜別を描いて好印象。派手さはないけどちょっといい映画であります。見直したぞラウレンティスの娘(笑)。

 それにしても「ネバー・エンディング・ストーリー」のファルコンで、とほほな気分にさせられてから十有余年、ついにここまで人間臭い芝居をヤってのけるモンスターが出現したこってすなあ。今回はまあいってみればILM側も「顔見せ」的な意味合いの仕事だったのだと思うけれど、このつぎにやってくる作品がどんなものになっているか、想像するだに恐ろしい(苦笑)。たとえば着弾に顔をしかめたり、浅黄のほうを向いて優しい表情になったりするガメラ、なんてのが造れちゃうわけだよな。日本独特の「大」怪獣映画にこの技術がほんのちょっぴり加わるだけで、これまでとは比較にならないぐらい表現力豊かな怪獣映画ができるわけだ。ああ見てみたい、でもいったい何年先の話なんだろう。こうして彼我のセンスの差がどんどんひらいていくことが一番怖いねえ。

 技術的な部分って言うのは決して追い付けない物じゃないと思うんだけれど、どの技術をどこで、どう使うかってセンスの部分で、日本とアメリカの差はどんどん拡がっていってるような気がしてしかたがない。伝統芸も結構だが、伝統芸だけやってたんじゃどれが伝統芸かわからなくなっちゃうよ。芸は芸として置いといていただいて結構だけど、常に新しい表現方法の研鑚も怠るべきじゃないし、新しいことはどんどんやっていって欲しいな。できる人材はいるはずだし、あとは「やろう!」って決断だけだと思うんだけどなあ………。

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