「閉じられた環」

表紙

ロバート・ゴダード 著/幸田敦子 訳
アートディレクション&デザイン 岩郷重力
イラストレーション 久保周史(資料提供/ユニフォト・プレス)
講談社文庫
ISBN4-06-264672-2 \648(税別)
ISBN4-06-264705-2 \648(税別)

 詐欺師稼業にケチがつき、ほうほうの体で英国に帰国しようと豪華客船"エンプレス・オブ・ブリテン"号に乗り込んだガイとマックスの詐欺師コンビ。船上、ひょんなことから知りあった美女、ダイアナは英国の投資家の娘。新たなもうけ話の匂いを嗅ぎつけ、さっそく彼女にアプローチをかける詐欺師コンビ。だが、首尾よくダイアナをモノにしたかにみえたコンビの片割れ、マックスには微妙な変化が………

 希代のストーリー・テラー、ゴダードの邦訳最新作。たとえばSFにとって一番大切なのがアイデアであり、推理小説のそれがトリックであるように、冒険小説にとってもっとも重要なファクターはプロットであると思うわけですが、ゴダードさんはそのプロットを考えるのが生きがいな作家なんだそうで、この作品でもその魅力は存分に味わうことができます。とにかく二転三転するストーリーがラストに向かって収束していく、その手綱捌きの鮮やかさこそゴダードの真骨頂なわけですが、その手練手管が読者である我々のほうにも充分染み渡ったせいか、逆に「こんなもんでは済まんやろ、ゴダードなんだから」てな意地の悪い読み方ができてしまうのもちょっとゴダードさんにとっては不幸かも知れないですね(^^;)

 そういえば翻訳を担当された幸田さんは、後書きでこんなことを書いておられます

 今や押しも押されもせぬ英国の人気作家ロバート・ゴダード。『希代の語り部』がその代名詞ともなるほどに、どの作品でも、次々と謎を仕掛けて読者を楽しませてくれます。そのあまり−サーヴィス精神がやや過ぎて−筋書きのために置き去りにされるものもある。時に「心」が。本書にも、その傾向が全くないとは言い切れません。

 全く同感で、ゴダード作品、特に最近になって次々と訳出されるそれには、構造としてのミステリの技巧を追求するあまり、人の心というか、気持ちの流れの機微みたいなものの描写がどんどん希薄になってきているような感じがあります。初期の名作、「リオノーラの肖像」や「蒼穹のかなたへ」にはあった、人の心の微妙な揺らぎみたいなものが、最近の作品からはちょっと感じにくくなっているかも。

 ページターナーとしての魅力は充分で、読み始まると途中でやめるのがもったいなく思える、大変面白い本なのですが、結構この、訳者、幸田さんのコメントが腑に落ちすぎちゃって、諸手を挙げて大絶賛、とまでは行かないあたりが辛いところでしょうか。うーん、惜しい(^^;)

99/9/24

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