オウム法廷(11)

坂本弁護士襲撃犯

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降幡賢一 著
カバー装幀 神田昇和
朝日文庫
ISBN4-02-261406-4 \1,200(税別)

停止する思考、止まらない暴走

 1989年、顕在化しつつあったオウム真理教と信徒の家族たちの対立問題に関わっていた若い弁護士一家が突如消息を絶つ、という事件が発生する。坂本弁護士一家失踪事件。それはオウムが初めて、教団の外に向けてゆがんだ信仰心から来る攻撃性を発揮した事件となった。この事件以後、彼らの暴走は次第にエスカレートし、ついには6年後の地下鉄サリン事件を引き起こす事になる。深夜、坂本氏宅に侵入し、坂本氏、その妻、生まれて間もない赤ん坊までもなんのためらいもなく殺害し、その遺骸も別々な場所を選んで遺棄した実行犯たちに、いよいよ求刑と判決が言い渡されるときが来た。

 地下鉄サリンと違い、こちらはいくつかの小さな「IF」が働けばもしかしたら起きなかったかもしれない事件。もし坂本氏宅の鍵がちゃんとかかっていたら、もし近所に聞こえるぐらいの悲鳴なり叫びなりが一度でも発せられていたら、そして、なにより(坂本氏一家にとっては悲劇に変わらないのだけど)警察側がもう少し敏速かつ念入りな捜査を行っていたら…。そうしたらもしかして、その後のオウムの暴走は起きなかったのではないかと思えてしまう事件に対する公判、求刑、そして判決をおっていく。いつものようにここで見られるのは、逮捕後、我に返って取り返しのつかないことをしたと悔やむもの、今もなお信仰を、あるいは他では生きられないが故にオウムに残ること、松本智津夫を信じることでしか自らを安心させることの出来ないものたちの言葉。

 ずっとこの裁判を追っている著者、降幡氏はしばしばこのシリーズの中で、「なぜ(取り返しのつかない事件に手をつける前に)立ち止まり、冷静にもう一度考えられなかったのか」という問いを発しているわけだが、正直それは意味をなさない問いのような気がする。彼らは自らの理屈や心に秘めていた希望、他者に認めて欲しいという欲求が、今の社会ではことごとく否定され、残る逃げ場がオウムしかない状態になってしまった人々な訳で、今までなんだかわからないけど苦労して、でもその苦労がほとんど報われない毎日を送ってきたときに、「考えなくていいんだよ、尊師の言うとおりにしているだけでキミはいいんだよ」といわれ、しかもそこで出会うシステムがRPGでおなじみの経験値が自分のレベルを上げていく、という実にわかりやすいものであったら、そりゃあ誰だって思考が止まってしまうんじゃないかな。考えなくてもいい、言うとおりにやって、それがうまくいったらみんながちやほやしてくれる、その気持ちよさを今まで感じることが出来ないまま悶々としてきた若い人たちにとって、そこは夢みたいな世界だったんだろう。ROみたいなゲームに耽溺してしまう心地よさと同じモノのような気がする。

 降幡氏は「なぜそれが出来ない」というけど、1945年生まれの降幡氏にそれは、本当に不可解なことなんだろうな、と思いつつも1959年生まれの私は、ある程度彼らの気持ちがわからなくもない。というか、彼らが立ち止まれない、立ち止まることをしようとしないことには一定の理解を示せる、というべきか。

 戦後の高度成長を支えた世代の多分しっぽの方に位置する降幡氏と、そういう世代を親として持ったワシら(麻原は私と4つしか歳が違わない)では、多分世の中を見る目の、その視点が違うのだろう。「がんばれば何とかなる」という視点を私は持てない。「何とかなるようにがんばるしかない」という視点はあるけれど。私は基本的にネガティブな人間で、かつ信仰心もないのでそうなるんだけど、ここで何かの間違いで宗教的体験をした、あるいはしたと思いこんだ人間が、「がんばるも何も、これを信じればそれで完璧だ」と思いこみ、他人も巻き込んでいこうとする、という流れに乗ってしまう可能性は充分あるんじゃないかな。いわゆるマルチにほいほい乗っちゃう思考パターン。

 で、そういう世代を親に持つのがオウムの実行犯たちなんだよな。彼らは「そうであって欲しい」親の像を松本智津夫に見いだしたのではなかったんだろうか、とふと思ってしまった。微妙に、モーレツといい加減の狭間の世代を親に持ってしまった若い連中が、初めて信頼できる(いいことをすれば褒めてもらえ、ダメなことをすれば叱ってもらえる)「親」の姿を松本智津夫=麻原彰晃に見いだしたんではなかろうか、と。で、この感覚は私にもわからないし降幡氏にも理解できないモノなんではなかったんだろうかな、と思うわけです。

 んー、ちょっと支離滅裂ですね。出来たらちゃんと考え直して、もう一回書き直します。できたらな。

03/05/11

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