刑事エイブ・リーバーマン
スチュアート・カミンスキー 著/棚橋志行 訳
カバーデザイン 亀海昌次
写真提供 PPS
扶桑社ミステリー
ISBN4-594-03831-X ¥933(税別)
ミア・シャヴォット教会堂はシカゴにあるいくつかのユダヤ教徒のための教会堂の一つ。ある夜何者かがここに侵入し、内装をめちゃくちゃにし、ユダヤ教徒を罵倒する落書きを書きなぐり、そして歴史的に見てもきわめて価値があるといわれていた
シカゴのじいさま刑事、エイブ・リーバーマンを主人公にした渋い警察小説第五弾。心ない過激派の仕業に見えた事件の背後に潜むアラブとユダヤの長年の確執、移民の国にやってきた中国人、韓国人、ラテン系アメリカ人たちのそれぞれの闇の部分、そしていつものように刑事稼業と家庭問題に苦労させられるリーバーマン、酒が元で一度は家庭を崩壊させた相棒ハンラハンの再出発に向けての苦労話と盛りだくさん。だけど詰め込みすぎの感じはしない。主人公とその相棒が60過ぎのじいさまだってことで、平行して語られる筋が4つか5つあるんだけど、どれもが適度に枯れた味わいがあってくどくないんだな。この辺のお話の組み立て方、うまいなあ。
今回のお話のメインになる部分は、ユダヤ(イスラエル)とアラブの長年の確執の中で生まれる憎しみ、ってことで、これは大変に扱いが難しいもの。リーバーマン自身ユダヤ系アメリカ人であり、事件があった教会堂のある教区の責任者は彼の妻であったりするわけで、自分の信仰のよりどころを蹂躙されたことへの怒りはなみなみならないものがあるだろう。でもそこで、このじいさまはその怒りを向ける先を、「信仰の敵」に向けることはせずに、(信仰によって得られる)安らぎを求める人々を蹂躙したものに据え、淡々と捜査を進めていく。この辺がこのじいさんのカッコいいところなんだよな。
信じる神様の敵は殲滅しなくちゃいけないんだ、という狭い熱狂ではなく、神様の近くにいることで心の安らぎを得られる人々の、その拠り所を無神経に踏みにじっていくものは許さない、という気持ち。うん、神様大嫌いな私だけどそれは理解できる。つらい人生を送っていく人たちが、つかの間心に平安を取り戻す場所として「神様の近く」ってものがあるんなら、それは決して悪いものじゃあないと思うし、そこを守りたいと考える主人公の気持ちにも同意できるんだな。リーバーマンも歳をとってその境地に達したのだろうけど、この押しつけのなさはいいなあ。世の中のすべての宗教が、一度押しつけることをやめてみれば、世の中はずいぶん過ごしやすいものになるだろうにね。
なんて小難しいこと考えてないで、いつもの渋いじじい、愉快なじじい、じじいを気に入ってる若造ら、おなじみのメンバーの活躍ぶりを堪能するだけでも十分に楽しめる本。シリーズならではのレギュラーメンバー、同じくシリーズ故、この先も登場するんじゃないかと思わせる新キャラ、どいつもこいつもいい味出してるんだけどやっぱりこのシリーズはじいさまたちが魅力的だわ。おなじみリーバーマンの兄貴とその仲間のじいさまたちも相変わらずかわいらしいし、ほんの3ページぐらいしか登場しない、エイブのかつての同僚でさえ、さらりとこんなことを口にしてのける。
「人生ってやつだ。そういうもんさ」ヴィトはいった。「二十年近い年月が二言三言で要約できる。体に気をつけてな、エイブ」
くう、かっこええなあ。
03/04/16