永久帰還装置

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神林長平 著
カバー写真 アマナイメージス ©Science Photo Library
カバーデザイン 安彦勝博
ソノラマ文庫
ISBN4-257-76990-4 \648(税別)

事実は解釈から生まれる

 深宇宙から火星に向けて漂流していたその救命ポッドには、男が一人乗っているだけだった。ポッド自体が既知のどのそれとも異なるものであったことも謎だったが、さらに謎なのはその乗客だった。一見して人類と同じに見えるその人物が携行していたものは、千年近く前の地球の日本と呼ばれていた国で警察官が所持していたとおぼしい手帳、同時代の自動拳銃、それから薄っぺらいセロファンでできたメロンパンの袋。そして意識を回復した男は、自らを"永久追跡刑事"であると名乗り、時空を超えて逃亡している犯罪者を追跡中なのだと告げる。その犯罪者の名はフヒト・ミュグラ。その名は現在の火星の大統領の名前と同じものだった…

 いかにも神林長平らしい、「認識」をテーマにしたサスペンス・アクションSF。そうだな、ディックの原作を神林長平が脚本、監督を担当して「ターミネーター2」を作ったらこんな話になるんじゃないかな、と思った。時空を超え、行き着く先で「世界」を構築できる力を持った犯罪者と、その相手を倒す手段のみを持たされた追跡者との追いかけっこに、突然訳のわからぬ"力"を目の当たりにして混乱し、思考のやり直しを余儀なくされ、その過程で得体の知れぬ追跡者に感情移入していく人々。圧倒的な力を持っているはずの相手を前に、案外普通な連中がその持てる力を結集したときに見せる予想も付かないパワー、なんてあたり、上質のエンタティンメントの条件をしっかり押さえてる。その上でさらに、しっかり神林SFしているあたりがたいしたもんだ。

 ノリだけ紹介すれば前述のような感じで、なんだかワクワクする追いかけっこアクションが展開するんじゃないかと思ってしまうわけだけど、で、まあ展開するんだけどそれでもこれは神林SFなので、登場人物はどいつもこいつもエキセントリック過ぎんじゃないかと思うくらい、今自分が置かれている状況という物に対して一言言わずにはいられない。このあたりでこのお話は、自らサスペンスフルな部分を否定してしまっているようにも感じられる。神林SFはいつもそうだけど、重要な部分は行動ではなく会話で表現されるわけで、そこでお話を読んでいく上でのギアチェンジのタイミングを失してしまう人もいそうだなあ、って感じ。神林SFをそこそこ読んでいれば「フムン」で済む話なのだけれどもね。

 そこらへん、いかにも神林長平らしい妥協のなさが気持ちがいい反面、新しいお客さん付きますかそれで、などと心配になってしまったりもするところな訳ではあるんだけど、そこで変なファンサービスしないから神林長平だとも言えるわけで、逆に「オレのスタイルはこれなんだからしょうがねえじゃん」と言わんばかりに同じネタを繰り出してくるこの作家、応援したいなあと思っちゃうのも確かなところな訳なんでありました。わたしゃそれほどしっかりと現在ただいまの日本SFの状況を把握しているとは思っていないけど、でもこの人は"極北"で"孤高"な人だなあと思うです。お見事。

 お見事と言えばこの文庫版、500ページを超える本で活字も小さめ。非常に密度の濃い本になってる訳なんだけど、これでお値段税別648円ってのはものすごくお買い得感がある訳なんですが、こういうのはやっぱり版元の体力に関係するってことなんでしょうかね。

03/01/09

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